エンターテインメント業界には欠かせないイベント。実は、企業活動においてもイベントは欠かせない存在だ。1000人規模のイベントを開催すると、約2トン以上の廃棄物が発生し、CO2の排出量は約100トンにも上ると算出されている。(※1)その背景には、イベントで必要な機材や装飾の調達に始まり、不足しないように余剰に作られた備品や食事が、結果的にイベントが終われば大量廃棄されるという業界の「あたりまえ」がある。
この現状を変えるべく動き出したのが、イベント産業全体を持続可能に作り変えるためのプラットフォームSustainable Event Networkだ。1959年に設立したマーケティング会社である株式会社ジャパングレーラインの新事業として2021年12月に立ち上がった。同社はもともと、モチベーションマーケティングを軸に、企業向けに社員のモチベーション向上の手法として社員向けイベントやツアーを手掛けてきた。
数々のイベントを企画・運営してきた同社がイベントのサステナブル化を推進すべく、具体的にどのような取り組みを目論んでいるのか、推進担当の西崎龍一朗さんにお話しを伺った。
西崎 龍一朗 氏
サステナブルイベントネットワーク、株式会社ジャパングレーライン
イベント産業全体を持続可能にするための「サステナブルイベントネットワーク(SEN)」発起人で運営者。老舗イベント会社の立場からこれまで国内・海外で数々の報奨旅行や表彰イベント、ミーティングなどのMICE案件を手掛け、その中で見えてきた課題やネットワークを生かしてSENを発足。イベント・ディレクターとして企業イベントの企画・製作などを担当するとともに、SENを通して産業全体でごみゼロ、CO2ゼロのイベント業界実現を目指す。
捨てられる予定のコーヒーかすや茶葉を活用
2022年3月に開催されたサステナブル・ブランド国際会議の会場に、開発中のプロダクトが展示されていた。見慣れないそのブロックを、ブースの傍を通る人々は思わず立ち止まって興味深く見ている。
これは、Sustainable Event Networkがイベントをサステナブル化する手法のひとつとして試験的に作った「きのこブロック」。炭素を含む化合物である有機物の残渣(ざんさ)の再利用を目的にイベントの資材として使えないかと、きのこの菌床をブロックにしたものだ。
「きのこの菌床を活用したブロックは、製造過程で環境負荷が低く、菌を植え付けて一定の環境下に置き、そのまま放置するだけで作ることができます。利用用途を増やしやすいようブロック状にしており、崩れたり、使わなくなったりしたら微生物や虫どを使って堆肥化することで、土に返し地球に還元できます」
このプロダクトは「イベントをきっかけに循環を生む」というコンセプトで開発された。サステナブルイベントネットワークは、堆肥化したきのこブロックを農家で堆肥として活用し、その土から収穫された野菜をイベントで調理することで、循環の輪を閉じることを描いている。資源の循環に留まらず人や情報もつながり、イベントを開催すればするほどその好循環が生まれるような仕組みを構想している。
「今回はアサヒ飲料株式会社より、研究開発における試作時に発生する有機残渣を提供してもらいました。工場から出る残渣は100%再資源化しているそうです。今後も、あらゆる廃棄物を有効活用したい企業さんにご協力いただきながら、コンセプトに合ったプロダクトを作っていきたいと考えています」
また、同社は2021年に開催された環境とエネルギーの未来展「エコプロ」では環境負荷の低い、サステナブルなイベント資材を紹介した。例えば、廃棄される衣類から制作されたパネル。
「日本国内だけでも年間約50万トンもの衣類が廃棄されている(※2)と言われ、その多くが焼却処分されることにより大量の温室効果ガス排出にもつながっています。『PANECO®』はこの深刻なファッションロス問題に、ディスプレイ・デザインの視点からアプローチした、廃棄衣料品を原料とするサステナブルな循環型繊維リサイクルボードです。役目を終えたパネルは粉砕して繊維に戻し、再びパネルとして利用することができます。廃棄されるものを資源として再利用することで、社会課題の解決と資源の循環を同時に達成することができます。」
ほかにも、イベントで使用した廃棄予定のものを使った影アートなども披露し、廃棄物にもスポットライトを当てることでサステナブルな未来を映し出すことができることを伝えた。
モチベーション向上を目的としたイベントから見えてきた課題
Sustainable Event Networkの主体であるジャパングレーライン社では、総会や会議、国際会議、展示会などMICE事業と呼ばれる業界の中でも、主に企業向けに社員のモチベーションを上げる、いわゆるインセンティブイベントやツアーを企画してきた。
「販売の最前線にいる営業や、販売代理店の方々の代表者に対して成績を評価し、モチベーションの向上を目的にした表彰式やインセンティブツアーを行っていました。年に1度、1年間の功績をたたえる場になっており、来年も、あるいは来年こそは表彰されたいと意識を高めていただく場です。ですので、企業としても社員には最大級のそのおもてなしの場を提供する機会になってます。こうした形のイベントはMICEの中でも一番豪華絢爛かつ非日常的なイベントでなくてはいけない側面があります」
しかし、一方でこうした豪華なイベントは会場の装飾から提供するものに至るまで華美にすればするほど環境負荷が伴ってしまう。年々深刻化する環境や社会問題を解決するためには、一社だけが変わるのではなくイベント産業全体が変わる必要があると考えた。そこで、MICEに関わる全ての企業や団体が参加し、情報が循環するプラットフォーム「Sustainable Event Network」を構築した。
イベントを開催するほど、環境や社会に貢献できる仕組みを
廃棄物を活用したプロダクトの開発とは別に、同社はSustainable Event Networkを立ち上げた。SDGsやサステナビリティ、CSV(共有価値創造)やESG(環境・社会・ガバナンス)の視点をイベント、事業計画、ブランディングやマーケティングに取り入れたい企業に対して、情報収集からアクションをワンストップで支援するというものだ。
「我慢をして魅力が損なわれるようなイベントではなく、楽しみながら自然環境の保全や、地域経済の支援ができるイベントを開催したいと考えています。プラットフォームには主催者であるイベントプランナーから企業のCSRやSDGs担当、経営企画、イベント会場のべニューの方々、宿泊業や飲食業、交通、物流、イベント制作会社などイベントに関わる全ての人に参画していただきたいです」
加盟するとサステナビリティにまつわる勉強会・セミナーの開催や、国内外のサプライヤーの視察などのビジネスマッチングの機会を得ることができる。また、イベントの企画から、実施後はイベントの実施結果をレポーティングするという一連の流れを全て支援するプランも提供可能だ。
「イベントで使った資源の量や会場を訪れるまでの参加者の交通手段、廃棄物などあらゆる情報をまとめ、CO2の排出量、廃棄物の排出量、再エネ使用率などの環境の軸と、社会や経済の軸を含めた幅広いレポートを提供します。数値化することで企業は具体的な改善に向けた施策や目標設定が可能になり、イベントを通じた自社のサステナビリティ推進にも取り組めます」
現状、さまざまな企業がサステナブル化を推進しているが、根本的にサステナビリティを実現するためには企業間の連携が欠かせない。あらゆる業界や企業・団体同士をつなぐハブのような役目が必要であるとし、Sustainable Event Networkでは企業同士をつなぎ、循環を生み出す「循環プロバイダー」という役割として機能していきたいと語った。
イベントを起点に、業界を超えた大きな変化を生み出したい
環境の側面だけを見れば、オンラインでイベントを開催すれば廃棄物も少なく、環境負荷が少ないという意見もある。しかし、リアルのイベントを実施することによって社会貢献や地域経済の活性化にもつながるため、Sustainable Event Networkではリアルで実施する意義も同時に伝えているのだという。
「我々が長年取り組んできたモチベーションマーケティングは、商品や商材がなく、アイデアだけで企業の売り上げや販売を促進するためのイベントやツアーを企画してきました。なかなかイベントをサステナビリティと結びつけることは容易ではありませんが、企業活動において、社内外に向けた発信や一体感を持つ場としてイベントは今後も求められてくると考えています。今までと同じくサステナブルかつ希望に沿う形を柔軟に実現できるよう、新たなイノベーションのお手伝いをしていきたいです」
サステナブルなイベントを実現するには、まだまだハードルが高い。今後は、同社が理想とするゼロエミッション型のイベントを企画し、すべてを一から作り上げていく予定だ。一度、理想を実現させたイベントを実施することによって、多くの人々が動き出すきっかけになればと意気込んでいる。
編集後記
「イベント産業はどうしても過剰生産、大量廃棄をしないと採算が合わないビジネスモデルになっている」と、西崎さんは業界の根本的な課題を話してくれた。例えば、廃棄物がでないぎりぎりの備品の数だけを用意すると、製造者側には利益が出ず、ビジネスが成り立たない構造となってしまっている。
環境に配慮したイベントにするための手法や技術はあるが、一部だけを切り取って比べてしまうと現時点ではコストがかかってしまう。しかし、全体を適正化し無駄をなくし、使い回せる形で仕組み全体を変えることで同水準で開催が可能になる。
イベントを起点に環境に配慮した提供方法を模索することで、それに関わる企業が持続的に経営し続けられるビジネスモデルへと変革していく可能性が感じられた。イベントに留まらず、あらゆる業界関係者をプラットフォームに巻き込み、だれもがメリットを享受できるような持続可能なエコシステムを構築するハブになることを期待したい。
※1 Sustainable Event Network独自調査
※2 環境省 令和2年度 ファッションと環境に関する調査業務
【参照サイト】Sustainable Event Network
【参照サイト】株式会社ジャパングレーライン
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