海の問題に国境はない。国連が初めて「公海」を保護する条件案を採択

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私たちが呼吸するための空気、命をつなぐための水を提供してくれる「海」。地球の表面の70%以上を覆う海洋は、野生生物の最大の生息地でもある。

しかし悲しいことに現在、海の生態系に危機が訪れている。国連事務総長のアントニオ・グテーレス氏は「海洋生物多様性は、過剰な漁業、過剰な開発、海洋酸性化からの攻撃を受けている」と語る。そんな海洋環境およびそこに暮らす生態系を守るために重要な役割を担う「国連公海条約案」が国連で採択された。

2023年6月、国連が採択したのは、どの国にも属していない「公海」を保護するための初めての条約案だった。この条約が承認されると、海洋の約6割を占める公海における海洋生物保護が行われるようになり、さらに公海に海洋保護区域を設ける新たな機関が創設されることになる。また、海洋での商業活動に対する環境影響評価の基準を設定することも決められている。

海の中に境界はない。この条約案では、「公海」全体の環境保護を包括的に行う点も画期的だが、さらに各国間の経済的な格差がこれ以上広がらないよう、資源の公正な分配が意識された点もポイントだ。それが反映された点の一つは、「海洋遺伝資源」の取り決めだった。

深海にある海底熱水鉱床、熱水噴出孔、海山、冷水性サンゴ礁などには「極限環境生物」と呼ばれる生物などが多く生息していることがわかってきており、また、それらの生物の遺伝素材は医薬品の開発などに応用できる可能性を秘めている(※)。その素材こそが「海洋遺伝資源」と呼ばれるものだ。一部の国々は「裕福で技術のある国々だけが遺伝資源を獲得する」状況を問題視し、その主張の結果、富裕国が遺伝資源発見の成果を独占しないよう取り決めがなされたのだ。

Wild dolphins

このような条約案ができたことを「地球上の全ての生命にとっての勝利」と表現する環境団体もいる一方で、加盟国の意識が揃っていないのも事実だ。

気候変動と海水面の上昇で自国が消滅する可能性がある小島嶼国連合は、「我々の生計、文化、経済に深遠な影響を与える」と強く主張し、何十年にもわたって条約を推進してきた。一方で、ロシアは「合意文のコンセンサスから距離を置く」と述べ、条約は「海洋の資源の保全と持続可能な利用が合理的なバランスになっていない」と指摘した。(※今回、条約案の採択には193ヵ国が合意したが、条約の発効には60ヵ国による正式な批准が必要になる。)

2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全しようとする目標「30by30」を達成する鍵は、この公海条約が握っているとも言われている。目標を達成するには各国の領海での対応だけでは事足りず、この条約で国際水域である「公海」の保全を進めることが必要になるからだ。

私たちには「海洋環境をこれ以上破壊しない」という明確なミッションがある。しかし同時に、海は私たちの経済活動を支える大事な資源を提供してくれる場所でもあり、今後もその資源への依存は続いていく可能性が高い。社会的に公正で、海洋環境も破壊しない解決策はどこにあるのか。この条約の行く末を引き続き注視していきたい。

海洋遺伝資源とは何?
【参照サイト】UN adopts world-first treaty to protect marine life in seas outside national boundaries
【参照サイト】地球上の「公海」保全のための国際条約「国連公海条約案」を採択。2030年までに公海の30%を保護するほか、エコシステム尊重、汚染防止等を目指す。2025年半ばの条約発効へ(RIEF)
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