もうGDPで豊かさは測れない。EU主催「経済成長のその先」会議の論点まとめ【多元世界をめぐる】

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特集「多元世界をめぐる(Discover the Pluriverse)」

私たちは、無意識のうちに自らのコミュニティの文化や価値観のレンズを通して立ち上がる「世界」を生きている。AIなどのテクノロジーが進化する一方で、気候変動からパンデミック、対立や紛争まで、さまざまな問題が複雑に絡み合う現代。もし自分の正しさが、別の正しさをおざなりにしているとしたら。よりよい未来のための営みが、未来を奪っているとしたら。そんな問いを探求するなかでIDEAS FOR GOODが辿り着いたのが、「多元世界(プルリバース)」の概念だ。本特集では、人間と非人間や、自然と文化、西洋と非西洋といった二元論を前提とする世界とは異なる世界のありかたを取り上げていく。これは、私たちが生きる世界と出会い直す営みでもある。自然、文化、科学。私たちを取り巻くあらゆる存在への敬意とともに。多元世界への旅へと、いざ出かけよう。

GDPを指標とした経済成長は、本当に私たちを豊かにしてくれるのか──これが今回の国際会議の出発点だ。

2023年5月、EU議会議員が主体となり「Beyond Growth Conference(以下、ビヨンド・グロース会議)」が開催された。「Beyond Growth」とはつまり「成長を超えて」という意味。現在、私たちが当たり前としている経済指標・GDPが、私たちを良い場所に導いてくれるのか。それを問い直しながら、その先にある概念が模索された。

戦後、経済成長は多くの国々や地域に変化をもたらした。人々の生活水準は向上し、貧困は減り、公共政策の資金提供につながる税収も増加した。しかし、良いことばかりだっただろうか。「経済成長」の焦点は、往々にして社会的および環境的な悪影響を見落としているという批判が増えてきたのだ。

それでは、私たちは今後何を見据えて生活し、ビジネスに関わっていけば良いのだろう。本記事では、ビヨンド・グロース会議で触れられた「新しい経済」の概念と、IDEAS FOR GOOD編集部が注目したセッションの内容をみていく。

「ビヨンド・グロース会議」とは?

ビヨンド・グロース会議は、経済、社会、環境の持続可能性と、ヨーロッパにおける持続可能な繁栄をもたらす政策を策定するためのイベントだ。この会議を通じて、主催者はEUにおける標準的な政策形成をし、社会全体の目標を再定義することを目指している。期間は2023年5月15日から17日まで、場所はブリュッセルのヨーロッパ議会所在地にて執り行われた。

Beyond Growth Conference

Image via Beyond Growth Conference

今まで開発モデルの基盤には「経済成長」があった。ビヨンド・グロース会議では、GDPの成長だけを追求する「有害な」視点から脱却しようと、地球の資源の限界を尊重しながら、社会福祉と経済開発を組み合わせる新しいアプローチを採用することで、経済成長時代後のEUの新たなビジョンを具体化しようとしている。

ビヨンド・グロース会議は、3日間にわたり開催され、20人の欧州議会議員が党派を超え、多くのパートナー組織からの支援を受けて実現したものだ。EUと国家の政策形成者、アカデミア、企業、市民社会組織からの利害関係者が参加した。また同会議は、経済成長時代後の世界を描く「Post-Growth Conference(2018年)」の成功を受けて開催されたものでもある。

「成長のその先」を考える際に知っておきたい概念

「ビヨンド・グロース(成長のその先)」と言っても、そこに何を見据えるかは人それぞれだ。ここでは、ビヨンド・グロース会議にて経済成長の「代替の概念」として紹介されていたもの、さらにそれらを「政策に落とし込む際のフレームワーク」として触れられていたものの概要を見ていく。

「成長」概念に代わるもの

ポスト成長

ポスト成長の理念は、経済活動とその影響が地球の生態系の制約内に収まるような社会を目指すものだ。これは経済の規模の縮小や安定を含むこともあり、ポスト成長の視点では、GDP成長率だけが社会的な成功の指標ではなく、その主な焦点は、社会全体の福祉、公平性、環境の持続可能性の向上にある。

▶︎誰のための「経済」?資本主義の向かう先【ウェルビーイング特集 #33 新しい経済】

脱成長

脱成長は、物質的な豊かさよりも生態系の幸福を優先し、大量生産・大量消費のパターンから脱却しようとする動きだ。これには「資源の再分配」「物質の削減」「ケアと連帯の価値観の普及」などが含まれる。その結果、生態系への負荷軽減や社会的な不平等の是正が提案されるようになっている。脱成長を目指す社会では、物質的なものの蓄積ではなく、充実した生活や社会的な革新が価値観の中心になる。

脱成長の考え方は、21世紀初頭から南ヨーロッパで広まり、消費社会による生活の質の低下を改善するための理論として展開されてきた。そして、気候変動や新型コロナウイルス感染症のパンデミックなど、現代の問題によって再び注目を集めており、さらに世界情勢の不確実性も、よりローカルな活動を求める動きを加速させている。

▶︎デ・グロース(脱成長)とは・意味

政策に落とし込むためのフレームワーク

ドーナツ経済学

ドーナツ経済学は、経済学者ケイト・ラワースによって提唱された新たな経済理論で、地球の限られた資源の範囲内ですべての人々の社会的公正を実現することを目指す。

ドーナツ経済学の名前は、この理論を象徴するドーナツの形状から来ている。ドーナツの内側の輪は「社会的基盤」を、外側の輪は「環境的上限」を示す。社会的基盤とは、すべての人が適切な生活を送るために必要な最小限の資源やサービスのことで、環境的上限とは、地球の生態系が持続可能な状態を保つために守るべき環境の限界を指している。人々の生活水準を向上させつつ、地球が提供できる資源やサービスの範囲を超えないようにすることが、ドーナツ経済学の目指すところだ。

▶︎ドーナツ経済学とは・意味

ケアエコノミー

ケアエコノミーとは、家事や育児、介護、看護などのケアワークに関する経済活動のことを指す。ケアワークは、報酬の有無やフォーマル、インフォーマルにかかわらず、あらゆる場所に存在している。

高齢者やその他支援が必要な人への介護サービス、保育士や看護師、障がい者支援など、有償の公的なケアワークから、家庭内での家事や育児、身内の介護など無償の労働(アンペイド・ケアワーク)まで、幅広いケア関連活動が存在し、それらすべてがケアエコノミーを構成している。ケアエコノミーの推進は、ジェンダー平等の他、雇用の創出や貧困削減など持続可能な経済・社会づくりに貢献すると期待されている。

▶︎ケアエコノミーとは・意味

ウェルビーイングエコノミー

ウェルビーイングエコノミーとは、経済成長を絶対的な目標とするのではなく、社会全体の福祉や幸福、すなわち「ウェルビーイング」を最優先に置く経済の形態を指す。ここでは、GDPや経済成長率だけでなく、健康、教育、公平性、環境の健全性など、より幅広い指標が用いられることによって社会全体の福祉が評価される。また、持続可能性や社会的公正性を重視するため、地球の生態系の限界と社会的なニーズのバランスを考慮した政策が求められる。

▶︎人々の生活と地球環境を豊かにする「ウェルビーイング・エコノミー」とは【ウェルビーイング特集 #37 新しい経済】

「ビヨンド・グロース会議」での注目セッション

それでは、これらの知識を前提としたカンファレンス自体の内容はどんなものだったのだろう。編集部の注目セッションを4つ紹介していく。

Beyond Growth Conference

Image via Beyond Growth Conference

01. ケアエコノミー:「成長のその先」に向けてジェンダーの視点を見落とした政策を廃止する

このセッションでは、気候変動、介護政策、賃金の平等性における「見落とされた問題点」について議論された。特に、これらの問題点が女性や介護労働者を含むマイノリティグループの社会経済的状況にどのように影響を与えるか、そして福祉重視のアプローチがどのようにより持続可能で平等な社会を作り出すことができるかに焦点が当たった。

EU内では、ケアワーカーの90%が女性であることが分かっており、その労働に対していまだ正当な賃金が払われていないことが指摘される。将来的には高齢化に伴い、ケアを必要とする人々が増加することが予測されているため、ケア労働に対する再評価は急務だ。ケアの問題は女性に限定されるものではなく、移民もその対象になる。例えばドイツでは、ポーランドからの移民が多くケアワークに従事しているという。

近年、グリーンエコノミーに対抗して、「パープルエコノミー」という概念が浮かび上がってきた。パープルエコノミーは、「ケアワークの重要性、女性の権限と自律性が経済の機能、社会の幸福、生活の持続性に与える影響を認識する」という新たな経済の考え方だ。これによって、ケアワーカーの仕事がより評価され、女性の力が経済や社会の持続可能性における重要な役割として強く認識されるようになっている。

02. ブルー・ドーナツ:健全な海洋経済のための枠組み

海は地球の70%以上を覆い、野生生物や生物多様性にとって最大の生息地。また、最も重要な二酸化炭素の吸収源であり、私たちが呼吸する空気や飲む水を提供する「欠かせない存在」だ。

しかし近年、過剰な漁業、海上再生可能エネルギーのブーム、数十年にわたる船舶の増加、そして深海採掘の脅威といった課題があり、危険な「青いゴールドラッシュ」が生じているという。いま改めて海洋の経済システム「ブルーエコノミー」の枠組みを再定義する時が来ているのだ。

ドーナツ経済学の概念に基づいた「ブルー・ドーナツ」は生態系にとって安全であり社会的に公正な海洋の在り方を考える。セッションには、ドーナツ経済学の提唱者であるケイト・ラワース氏も参加した。

海の持続可能性を考える際、EUでは「技術」に関する議論に終始する傾向があるとケイト・ラワース氏は語る。しかし、技術そのものは解決策にはならず、大切なのは、私たちが技術をどのような目的で使用するのかを考えることだという。

また、セッションで強調されたのは、鉱物や鉱石を採掘するマイニングが、陸地と同様に海でも廃止されるべきであるという意見だ。ブルー・ドーナツを目指す上では、やはり大小問わず企業の取り組みが大きな鍵を握る。「そもそも資本主義が自然資源に支えられて成立していることを私たちは認識する必要がある」とケイト・ラワース氏はセッションを締め括った。

03. 福祉国家から社会生態系モデルへ:成長に依存せず福祉の財源を確保する方法とは

このパネルセッションでは、持続可能な経済において、福祉システムがプラネタリーバウンダリーの中に収まりつつも市民の生活基盤を支えられる仕組みを、どのように構築し財源を確保できるかが議論された。

はじめに、福祉システムが経済成長に依存していることによる課題点が指摘された。福祉サービスの需要が高まる現状に対し、その財源として経済成長が必要であると考える人も少なくない。しかし、そもそも福祉サービスの需要増加の一因は、その経済成長であるという。利益追求型の資本主義経済が普及したことにより、社会的弱者は貧困に陥り、環境汚染の深刻化が健康被害につながり、結果として福祉サービスのコストを押し上げているのだ。子育てや高齢者の生活支援も経済の一部に取り込まれたことで、市民にとって福祉分野のコストが増えているといえる。

ただし、福祉システムが経済成長への依存から脱却できる可能性は十分に存在するようだ。現在の財源規模において、本来必要な福祉サービスのコストは賄えると指摘された。課題は規模ではなく、今ある財源をどの分野にどれくらいの量を分配するかである。したがって新たな福祉システムは、不平等を予防するために、資源を「事前分配」する役割を担うようデザインされることが重要だ。

こうした新しい福祉の必要性は、エネルギーのグリーン化が進むと共に高まっているという。さまざまなセクターが脱炭素化に取り組む一方、その変化の中で職を失う人々も少なくない。エネルギー分野の変化に対して、人々を取り残すことがないよう政策を通した支援が欠かせず、こうした考え方は「Just Transition(公正な移行)」として提唱される。

成長に依存しない社会では、一体どのような暮らしが営まれるのか。会場では、人々が仕事を通して社会のウェルビーイングに貢献することに意欲を持ち、市民の目によって事業の透明性が確保され、資源分配のあり方は民主的な話し合いから決定される、という意見が出ていた。この未来像はまだ曖昧に感じられたものの、自然環境の破壊を防ぎつつ、人々の生活ニーズが満たされるシステムの構築に対し、EUが先例となって動くべきであるという全体の姿勢が見られた。

04. エコロジカルリミット(生態学的制限)に適合するエネルギーセクターの構築

化石燃料からの脱却を目指し、各国で風力・太陽光発電を中心に再生可能エネルギーへの移行が進むヨーロッパ。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻やエネルギー価格の高騰を通して、いまだヨーロッパが資源の供給を外部に依存している状況が垣間見られる。より平等で持続可能なエネルギー利用の実現に向けて、どのようなアプローチがとられるべきだろうか。

このセッションで特に強調されたのが、エネルギー需要量の低減に働きかける重要性であった。現在の社会構造は、石油燃料の使用がクモの巣のように張り巡らされた状態であり、その基盤を前提として成長を続けた結果、今や資源が枯渇する状況に陥っている。この過去から学び、ビヨンド・グロース(成長のその先)を考えるならば、エネルギーの需要を減らし管理することは欠かせない。

エネルギー需要の減少には、まず人々にとっての「充足」に足るサービスやモノの質を捉える必要がある。続いて、それを実践するために必要最低限の資源を無駄なく使用する。その資源には再生可能エネルギーを利用する。このような優先順位を持って取り組むことが求められているのだ。

エネルギー分野の変革と聞くと政策レベルの議論が多い印象だが、市民からのボトムアップの動きも強まっているという。セッション内では、市民が組成するエネルギー協同組合なるものが紹介され、企業からの供給に頼らない仕組みを築くことが提案された。ただし、EUというトップダウン式の組織のもとでボトムアップでの変革が影響力を持つのか、という指摘も挙がった。

需要側つまり市民の行動を変えることは容易でない。セッション内でも、ライフスタイルを変えるためには、システムを変えなくてはならず、それには政府を取り込むことが重要であると議論された。EUの法整備において、エネルギー需要の減少にはまだ議論が及んでいないのが現状だが、今回のような欧州全体のカンファレンスにおいて需要の減少が言及されることは大きな一歩に違いない。

▶︎脱炭素に求められる「公正な移行」とは?仕事を失う人々の現状と、世界の事例から考える

編集後記

今回のビヨンド・グロース会議は、高齢化、エネルギーの輸入依存、所得格差といったヨーロッパが直面する問題に対し、既存の枠組みにとらわれず、新しい視点とアプローチによる解決策を探求する場となった。これらの問題は全世界が直面している課題であり、その解決の糸口を探る意義は大きい。産業革命を先導し、大規模な植民地化を進め、結果「世界の歪み」を生み出してきたヨーロッパという地域からこれらの議題が出てきたことには、批判もあろうが、同時に意味もあるだろう。

「ドーナツ経済学」や「脱成長」といった概念が繰り返し登場したことも興味深い。これらはまだ国家やEUの政策、企業の活動に実質的な影響を及ぼすには時間が必要だろう。しかし、それらは新たなパラダイムの萌芽でもあり、既存の経済学の枠組みを超えた未来を提示するものとして、今後高い注目を集めていくはずだ。

ビヨンド・グロース会議そのものに対する賛否はあるものの、このような新しい試みが一つのうねりを生み出し、社会全体の思考の枠組みを変える可能性を秘めている。新しい視点や概念が現実の政策や活動にどのように取り入れられ、どのように社会を変えていくのかをウォッチすることが、これからの我々の課題になるだろう。

Image via Beyond Growth Conference

【参照サイト】Beyond Growth Pathways towards Sustainable Prosperity in the EU
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Written by Megumi, Natsuki Nakahara

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