普段は聞けない「自然の声」を聴き、生物多様性を守る世界のテクノロジー5選

Browse By

誰でも一度は、動物や植物と話をしてみたいと思ったことがあるのではないだろうか。これまで、多くの児童書や漫画で動植物と人間が会話をする世界が描かれてきた。近年では、実際に犬や猫の鳴き声を翻訳するアプリも出てきており、テクノロジーの発達で想像の世界が現実になる日も近いのでは、と期待が膨らむ。

そんな中、動植物の声を生物多様性の測定に取り入れ、保全やガバナンスに役立てる動きが活発になってきている。現在、気候変動と共に注目を集めるキーワードとなっている「生物多様性」は、私たちが生きていくために不可欠な空気や水、食べ物や快適な気候などの基盤となってきた。しかし、人間の活動によって自然状態の約100~1000倍ものスピードで生き物が絶滅の危機に瀕しているという(※1)

目覚ましいテクノロジーの進化により、地球の状況をより正確にリアルタイムで把握できるようになった現代。自然を守る動きが加速すると同時に、無責任な人間活動も監視され、厳しく追及されるようになってきている。本記事では、自然界の音を解析する先鋭的な取り組み事例と、生物多様性をめぐる最新動向をご紹介する。

自然界の音を利用して生物多様性を守る事例5選

生物と音のかかわりに関する研究は、生物学および音響学として異なる学問分野で成熟してきたが、近年ではそれが融合した生物音響学(Bioacoustics)が新たに発展しているという。世界の科学者や民間企業が、最新のテクノロジーを用いて生物多様性を守るべく自然の音に耳を傾けている事例を紹介する。

水中生物音のグローバルライブラリー(GLUBS)

世界中の水中の音を収集分析し、データベースの構築を目指す「水中生物音のグローバルライブラリー(GLUBS)」は、世界9ヶ国の専門家が取り組んでいるプロジェクトだ。海洋生物に関する国際的な科学プログラム「International Quiet Ocean Experiment(IQOE)」のイニシアチブの一つである。

このプロジェクトに参加する科学者は、海に生息する哺乳類126種すべての他、水生無脊椎動物100種以上、魚類約1000種が音を出すと考えている。生物多様性が世界中で減少している中、消滅する前にその鳴き声を残していきたいとの思いが、このプロジェクトの背景だ。人工知能を利用し、音の解析を進めることで、水中生物が発する音の意味を理解するとともに、同じ種類の魚でも、生息地域の差で音にも差異があるかどうかといった比較研究を進めることが可能になるという。

アース・スピシーズ・プロジェクト(ESP)

ESPは、動物とのコミュニケーションに対する理解を深め、人工知能を利用して人間以外の言語を解読することに取り組む非営利団体だ。現在、世界中の科学者や研究者と協力して、クジラ、アザラシ、イルカ、カラス、その他多くの種類のデータを含むベンチマークと基礎モデルを作成している。

そのノウハウをすべて公開することで、人間が他の生物種とのつながりを深め、それらの保護に貢献するというのが、この団体の目的だ。ESPのプロジェクトには、Googleの音声言語モデリングチームも協力しているということで、動物の言葉をインターネット上で翻訳できる日も近いかもしれない。

ホエール・セーフ

クジラは泳ぐ大樹ともいわれ、気候変動に大きな役割を果たしている。体内に何トンもの炭素をため込んだり、排泄物がプランクトンの成長を促し光合成による炭素吸収をもたらしたり、死んだあとは炭素と共に海底に沈むなど、人類に提供する「生態系サービス」の価値は、1頭当たり200万ドルと試算されている(※2)

しかし、船舶とクジラの衝突事故件数は年々増加し、それによるクジラの減少が問題となっている。そこで、カリフォルニア大学サンタバーバラ校のベニオフ海洋科学研究所が、クジラの監視システム「ホエール・セーフ」を開発した。音響データ、観察情報、モデルデータを統合したプラットフォームを通じ、リアルタイムで近くの船に警告を発することで、船舶とクジラとの衝突を防ぐ。ちなみに、ベニオフ海洋科学研究所は、顧客管理プラットフォームの米セールスフォース社の創業者マーク・ベニオフ氏の寄付金により運営されている。

富士通株式会社

富士通は、2012年から日本野鳥の会が実施する北海道の絶滅危惧種シマフクロウの生息域調査に、音声認識ソフトウェアを提供している。同社のICTとAI技術により、録音データからシマフクロウの鳴き声を自動認識し抽出することで、解析時間の大幅な短縮と音声検出精度が向上を実現した。

少ない人数・費用で情報の収集が可能となるため、調査地点を拡大し新たな生息地を見つけやすくなり、保全地域が拡大している。この取り組みは、「国連生物多様性の10年日本委員会認定連携事業」や、経団連と環境省の「生物多様性ビジネス貢献プロジェクト」にも認定されている。

グリーン・プラクシス

グリーン・プラクシスは、自然を基盤とした解決策 (NbS) を活用した持続可能な生態系の回復および管理ソリューションを提供するテクノロジー企業だ。サービスの一つとして、植物や動物が発する音を測る生物音響技術を利用して、投資家に生物多様性の現状を示す方法を提供している。

例えば、英資産運用大手フィデリティ・インターナショナルや野村アセットマネジメントと提携して実施した、インドネシアのパーム油植林地内の生物多様性の測定がある。パーム油植林地では昆虫の音しか確認できなかったが、同じ地域の森林ではテナガザルなどの霊長類から発する音も捕らえられ、違いは明確だったという。事業活動における生物多様性の影響を測定する方法が開発されたことは、ESG投資の拡大を後押しするだろう。

生物多様性をめぐる動き

世界経済フォーラム(WEF)によると、世界全体のGDPの半分以上に相当する44兆ドルの経済的価値の創出が、森林、土壌、水などの自然資本に依存している(※3)。そして、自然資本を形成するうえで重要な柱となるのが生物多様性だ。しかし、WEFの「グローバルリスク報告書2023年版」では、今後10年でその生物多様性の損失や生態系の崩壊が急速に深刻化すると予測している。

生物多様性は、気候変動と比較するとまだまだ企業や投資家の関心度が低く、具体的な取り組みやその価値を測るための指標も少ない状況と言われていた。しかし、2022年の国連生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組」では、2030年までに陸と海の30%以上を保全する「30by30目標」のほか、ビジネスにおける生物多様性の主流化が定められた。これにより、自然をプラスに増やしていくネイチャーポジティブの実現が、世界共通の目標として認識されるようになってきた。

日本でも、2023年3月に「生物多様性国家戦略 2023-2030 ~ネイチャーポジティブ実現に向けたロードマップ~」が発表され、生物多様性・自然資本を守り活用しながら、2030年のネイチャーポジティブの実現を目指している。また、2023年2月には民間金融機関によるアライアンス「Finance Alliance for Nature Positive Solutions (FANPS)」が発足し、企業における事業活動のネイチャーポジティブ転換を促進する動きが加速している。

生物多様性の認知が高まるにつれ、企業内にサステナビリティ担当部署を設ける動きや、TNFDのフレームワークに沿った情報開示をサポートするコンサルティングサービスが登場するなど、地球規模の視点で経済活動を見直す動きが高まってきた。また、投資家など企業を評価する組織においても、ポートフォリオ企業の自然分野の対応状況をより正確に把握するため、生物多様性を測定するスタートアップへの投資や協業も目立ってきている。

まとめ

ここで紹介した、自然界の音を生物多様性の保護に活用するテクノロジーの利点は、自動化、再現性、スケーラビリティ、周囲の生態系へ大きな影響を及ぼさないことだという。既存の衛星ベースの地球のモニタリングを、生物音響測定で補完することも期待されている。

進化が止まらないテクノロジーにより、地球規模のガバナンス形成に動植物の生の声が反映される日も近いかもしれない。今後、企業や個人においても、生物多様性を意識した活動が強く求められていくだろう。

※1 生物多様性に迫る危機(環境省)
※2 自然界が示す気候変動の解決法(IMF)
※3 自然関連リスクの増大:自然を取り巻く危機がビジネスや経済にとって重要である理由(WEF)
【参照サイト】International Quiet Ocean Experiment(IQOE)
【参照サイト】Listening To The Creatures Of The World(NOEMA)
【参照サイト】グローバルリスク報告書2023年版(WEF)
【関連記事】世界の「都市×生物多様性」クリエイティブ・アイデア5選
【関連記事】なぜ今、生物多様性なのか?世界が注目するネイチャー・ポジティブへのヒント
【関連記事】国連が初めて「国境外」の海洋生物を保護する条約案を採択

Climate Creative バナー
FacebookTwitter