真新しいエントランスにポップでカラフルな内装。オランダ・アムステルダム市中心から電車で10分の場所に位置し、一見するとボウリング場のようにも見えるこの場所が、「ザ・ソーシャルハブ」だ。見渡すと、高校生らしい子どもたちがテーブルの上に教科書を開き何か話し合っている。
ここは、ホテルでありながら学生寮であり、オフィス、イベントスペース、フィットネスセンター、水泳プール、レストランバーなども備わる。このザ・ソーシャルハブはいま、ヨーロッパ全体で拠点を急拡大しており、その立ち位置のユニークさから注目を集めている。ここは一体どのような場所なのだろうか。
様々な人をつなぐ、開かれたハブ
このザ・ソーシャルハブは、2012年に「Student Hotel(スチューデント・ホテル)」という看板のもと一軒目の施設をオランダ・ロッテルダムに開業した。当時は完全に学生向けの居住施設だったが、「学生の両親が訪ねてくるときに一緒に泊まれたらいいのでは」という発想から、ゲスト用の客室を用意するためにホテルを併設する形が考案されたのだ。
その後、宿泊の仕組みや、短期的に訪れるホテルの宿泊客と長期的に暮らす学生の割合、拠点としての役割を再考し続け、現在では、旅行客のためのホテル、学生のための住処、ビジネスパーソンのためのコワーキングスペース、起業家のための遊び場、そして地元住民やその友人にとってのたまり場となった。学生たちが長期休暇を過ごす夏の3ヶ月間は、学生の住居部分もホテルとしてゲストを迎える。
学生とホテルゲストの割合は拠点によって異なるが、例えばアムステルダムにあるThe Social Hub Amsterdam Cityでは、住居の8割が学生用住居、2割がホテルゲスト用の客室となっている。学生だけの施設ではないことから、2022年に「ザ・ソーシャルハブ」という名前へ変更。現在ではヨーロッパに16拠点を展開するまでに拡大し、2030年までにはヨーロッパ中で全50拠点に拡大する達成する見込みだ。
ビジネスモデルを変えることで、ホテルの課題と社会の課題を同時に解決
ザ・ソーシャルハブが必要とされ、拡大を続ける理由は、そのビジネスモデルの革新性にある。このビジネスモデルは従来型のホテルの価値を問いつつも、社会や業界に存在する次の二つの課題を解決する。
まず一つめは、アムステルダムをはじめとするヨーロッパ都市部の課題だ。オランダやヨーロッパ大都市では、人々が長年慢性的な住宅不足に苦しめられてきた。2008年の経済危機以降、住宅需要に対して供給が追いつかず、家を借りたり買ったりするのが難しい状況が続いており、特にこの数年深刻さを極めている。雇用契約書などを用いて収入の証明ができない、あるいは決して大きな金額を払えない学生は特に大きな影響を受ける。
二つめは、ホテル業界の課題だ。通常ホテルビジネスはシーズナリティ(季節性)による影響を受ける。シーズナリティとは、閑散期は街全体に来訪者が少なくホテルが空室になり、繁忙期は街が来訪者で賑わい通常よりも高い価格に設定してもホテルが満室になるといった、季節による収益率の差のことを指す。ホテルはこの影響を緩和するため、休暇や祝日の時期が異なる様々な出身国からの旅行者のバランスを考えたり、レジャーや出張目的など、滞在目的の異なる旅行者をバランスよく誘致するなどの対策をしている。
ザ・ソーシャルハブが利用者から受け入れられ、拡大を続ける理由は、従来型の旅行者以外にも目を向け、学生への賃貸やコワーキングスペースの賃料などといった、複数の収益源からなるビジネスモデルにシフトすることで、学生にとっての住宅不足というまちの課題と、ホテル業界のシーズナリティの課題を同時に解決する点にある。
実際にザ・ソーシャルハブの、サステナビリティ・ソーシャルインパクトダイレクターのアンバー・ウェステルボーグ氏は「観光客だけに場所を閉じてしまうのではなく、より様々な人がビジョンや才能を持ちこんでくれるとき、よりよい社会が形作られると信じているんです」とも教えてくれた。ホテルのロビーが高校生たちにとっての居場所・学習机になっていることからもそれは見て取れる。
徹底したサステナビリティへの取り組みと行動変容を生み出す仕組み
ザ・ソーシャルハブが光るもう一つの点がある。それは、全社を挙げてのサステナビリティへの取り組みだ。
ザ・ソーシャルハブのサステナビリティ戦略は、「環境へのネガティブなインパクトを最小化し、コミュニティへのポジティブなインパクトを最大化すること」。同社にとって、サステナブルなホテルに欠かせない条件として、建物自体が環境負荷をかけない設計であることは重要だが、それ以上に彼らはその建物を「どのように使っているか」という視点を欠かさない。エネルギー・水などの使用量の削減、食料廃棄の削減、二酸化炭素排出量削減などについて綿密な目標設定と行動計画を策定している。
さらに2022年4月にはCO2削減のためのサイエンス・ベースド・ターゲット(SBT)を導入。2030年までにスコープ1とスコープ2のエミッションを80%削減する計画だ。2030年までにすべての拠点でゼロ廃棄を達成する計画で、すでに各拠点の廃棄物量の把握が進む。
具体的には、オレンジの皮やコーヒーかすを資源として市内の起業家に引き取ってもらったり、ネスプレッソのアルミカプセルをリサイクルしたり、オランダの全拠点で食品ロスのレスキューアプリ「TooGoodToGo」を導入することで、その日食べられなかったおいしい朝食を誰かに買ってもらい、食料廃棄を削減したりするなどの取り組みを実施している。
オランダ・フローニンゲンの拠点では、家具を扱う企業・Vision Furnitureと連携し、既存の家具をそのまま使いながらもロビーを新しく改装することにも成功している。合わせて現在Bコープ認証取得のために準備を進めているという。
加えて、ホテルを利用する人々にグリーンなマインドセットを浸透させることも重要だ。シャワーの時間を少し短くすることや不要な電気をこまめに消すこと、水筒を持ち歩くこと、不要な資源の再資源化のための分別の徹底などだ。ウェステルボーグ氏はこの取り組みについて次のように語る。
「通常のホテルゲストは数日しか私たちのもとに滞在しないため、私たちが促すことのできる行動変容は限られています。一方で、学生は年間9〜10ヵ月もの期間をここで過ごします。その間に働きかけ、動機付けてあげることで、環境負荷を減らすための行動を理解して実践できるようになります。つまり、ここに暮らすことで、環境にとってポジティブな生活習慣を持ち帰ってもらうこともできるはずなのです」
さらに、食材などの仕入先に対しても目標を説明した上で、ともに足並みを揃えることを依頼。「サプライヤーにアンケートで二酸化炭素排出量、廃棄物管理、労働環境などについての質問をし、回答のベンチマークを設定しています。これを満たさない場合にはどのように改善できるか対策を考え、実行してもらいます。このベンチマークは関係者の足切りをするためではなく、サステナビリティについての対話を始め、改善を促すことが目的なのです」とウェステルボーグ氏は話す。
ソーシャルハブがここまで勢いを持ってプロジェクトを進められる理由
まだ、ザ・ソーシャルハブがここまで振り切った方針を徹底できるのには、その体制が寄与するところも大きい。
多くの場合、ホテルビジネスはオーナー企業と運営企業がマネジメント契約を結ぶ形で成り立っている。しかしこのモデルだと、オーナー企業がサステナビリティについて理解が乏しい場合に、長期的価値を見据えたサステナビリティについての投資が理解されづらい、予算をつけにくい、といった課題が生じる。短期的な利益を上げるために長期的な投資やコミットメントの優先順位が最下位にきてしまう。
対して、ザ・ソーシャルハブは自社で不動産開発・運営会社の両方を行っているため、長期的な投資や経営判断を徹底できるといえるのだ。
取材後記
大手ホテルチェーンらが客室数の拡大という一軸に注力し、多くの街の一等地は旅行客向けの施設で埋めつくされてきた。しかしそもそも、街は誰のためのものなのだろうか。旅行客だけでなく、起業家、学生、地元住民が増えることで、街自体が開かれた場所になり、有機的な関わりや関係性が生まれ、結果それが価値になるはずだ。
近視眼的な結果にだけとらわれるのではなく、ホテルの役割を問い、環境負荷を減らし、社会へのポジティブな影響を拡大するために様々な仮説を立て実験と実践を重ねるザ・ソーシャルハブの挑戦には、これからの社会へのヒントが隠されているだろう。
【参照サイト】The Social Hub
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Edited by Megumi