美しい海岸や神秘的な遺跡の残る山間、世界屈指の美食を誇る街──そんな場所への旅行を考えたとき、多くの人が心躍らせることだろう。しかし、もしも旅先で、「歓迎されていない」と感じるような言葉や扱いを受けたらどう感じるだろう。ましてや、自分や自分の愛する人が暴力の対象となったり、いつも通りの自分でいるだけで逮捕されてしまうとしたら。
旅行先でも自分のジェンダー・アイデンティティを隠さずに、パートナーの性別を問わず自分が愛する人と思い出に残る旅をしたいと考えるのは誰しも同じだ。そんななか、いま旅行業界でも注目されているのが「LGBTQ+ツーリズム」である。LGBTQ+ツーリズムとは、ゲイ・レズビアン・バイセクシュアル・トランスジェンダー・クイア・クエスチョニングの旅行者に向けた旅行サービスを指す。そこには、目的地や宿泊、移動なども含まれる。
Ipsos LGBT+ Pride 2023の調査では、世界の成人のうち「自身をLGBTQ+である」と認識している人の割合は9%に上るという(※1)。また、LGBTQ+ツーリズムの市場規模は2032年までに6,100億米ドル(約88兆円)にまで拡大するとも予測されている(※2)。
一方で、まだまだLGBTQ+の旅行客を想定したサービスやコミュニケーション、受け入れ側のマインドセットは足りていない。そもそも多くの旅行サービスが、伝統的な家族観やジェンダー観のみを想定していることも多いのが現状だ。そしてそれは、旅行者にとって孤立感や不安感を生む上に、サービス提供事業側のスタッフによる理解不足や決めつけから「受け入れ拒否」といった事態をも生む場合もある。
また、旅先によっては、現地の法そのものが同性愛や男性・女性に分類されないアイデンティティを持つ人に対して不寛容であったり、罰金や警察による拘束、同意の上であったとしても同性間の交際を犯罪とみなし終身刑などの厳しい罰則を設けたりしている国すらある。また、法律が禁じていない場合でも宗教・文化によってこうした人たちが暴力の対象になることも少なくない。
LGBTQ+トラベラーにとって、旅行は安全か?
旅行者にとっての旅先の安全度を調査する旅行ウェブサイトAsher & Lyricは2023年6月に「LGBTQ+トラベラーにとってのワースト(と安全な)国203カ国 (The Best and Worst Countries for LGBTQ+ Travel 2023)」と題したランキングを発表。そのなかで、LGBTQ+トラベラーの安全指数を公開した。
LGBTQ+トラベラーにとって最も危険であると結論付けられた国は、ブルネイだ。同国には、同性愛者を処罰する法律が現存しており、当然同性婚は認められていない。ごく最近の2019年まで、同性愛は石打ち死刑に該当する犯罪であると定めた法律が存在していたほどだ。
次いで2番目に危険だとされたのはサウジアラビア。国内の法律により、同性間の性行為に対して、程度によって死刑・鞭打ち100回・1年間の追放といった厳しい罪が処せられる。女装といった、身体的性別とは異なる性別の服を着るだけでも鞭打ちの罪が課せられることもある。
ワースト3位はナイジェリアだ。同性間の性行為に対して、最大14年の懲役や死刑とった処罰を設けているのみならず、LGBTQ+の権利について話すことやジェンダーを表現すること自体を違法とした。近年警察による国内LGBTQ+コミュニティの大量逮捕が相次ぎ、国際的な非難を集めている。
続いて、LGBTQ+トラベラーにとって安全だと評価されたトップ3カ国も紹介したい。安全な国第3位に輝いたのはオランダ。2001年に世界で初めて同性婚を合法化しており、同性パートナーでも養子を迎えることができる。憲法によって、LGBTQ+の人々への差別を禁止するなど、国としてどんなアイデンティティを持つ人も守る姿勢を明らかに示している。
第2位はスウェーデン。同性婚合法はもちろんのこと、ヘイトからくる暴力を罰する法律も存在する。性別適合手術を受けたトランスジェンダーの人の法的な性別変更を認めたはじめての国でもある。
そして、最も安全な国トップに輝いたのはカナダだ。ジェンダー・アイデンティティとセクシュアル・オリエンテーションによる差別を法律で禁止。LGBTQ+雇用の均等も定められている。更にパスポートには、「男性」「女性」の選択肢に加えて、どちらでもない「X(エックス)」を記すことができる。
ちなみに日本は73位だった。同性婚も合法化されておらず、その他の権利も保証されていると言えないことが理由とされる。
LGBGQ+トラベラーのニーズに対応する様々なサービス
こうした背景があるなか、世界ではLGBGQ+トラベラーのニーズに対応する様々なサービスも生まれている。
LGBTQ+トラベラーへの理解を深めて可視化するプログラム「Travel Proud」
旅行サイト大手Booking.com(ブッキングドットコム)は2022年9月、「Travel Proud」プログラムをローンチ。このプログラムを通じて、同社は世界の宿泊施設運営事業者に対して、LGBTQ+の旅行者が直面する特有の課題に関する理解を進めるための無料のオンライン研修を提供している。修了した宿泊施設に対しては同予約サイト上で「Travel Proud」バッジを表示することで可視化し、旅行客にとってこうした宿泊先を選びやすくなる仕組みを取り入れている。
LGBTQ+フレンドリーな賃貸宿泊施設のデータベース「misterb&b」
「misterb&b (ミスタービーアンドビー)」は、主にゲイ男性を対象とした、部屋、アパート、ホテル、ホームステイなど、LGBTQ+フレンドリーな賃貸宿泊施設のデータベースを提供する。美しい旅先での同性カップルの旅行写真を投稿するソーシャルメディアも反響が大きい。
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LGBTQ+のトラベラーを対象とした旅行サービス「ITLM Proud Experiences」
ラグジュアリートラベルをテーマに世界各地で開催される世界最大手の商談会「ITLM」にも、2018年よりLGBTQ+のトラベラーを対象とした旅行サービスとトラベルエージェントを一挙に集めるエディション「ITLM Proud Experiences」が登場。以降、毎年6月のプライド月間に合わせて開催されるなど、LGBTQ+トラベルがすでに市場として確立していることもわかる。
誰もが安全に旅行を楽しめるように
LGBTQ+トラベラーを取り巻く環境は依然として課題を抱える一方で、このように確実に前進しているイニシアチブもある。
誰もが安全に旅行を楽しめるように、その社会を形づくる個々人も担うものがあるはずだ。目指すのは、レインボーパレードのように一年に一日だけ祝うのではなく、365日一年中、私たちが私たちらしく生きられることを祝うことができる社会なのだから。
※1 Pride month 2023: 9% of adults identify as LGBT+
※2 LGBT Tourism Market Report
【参照サイト】The 203 Worst (& Safest) Countries for LGBTQ+ Travel in 2023
【関連記事】LGBTQ+の歴史を保存する博物館、NYにオープンへ
Edited by Erika Tomiyama