世界のカフェ文化の中心地の一つ、オーストラリア・メルボルン。1950年代にイタリア系移民によってカフェ文化が広がり、エスプレッソを主流とするのが特徴だ。街を歩くと大型チェーン店より個人経営のお店が圧倒的に多く、それぞれが個性を持ち、独自の文化を作り上げてきた。
メルボルンに住む人々にとって、カフェは欠かせない存在。朝の仕事前、お昼休憩、友達とのおしゃべり、仕事のミーティング……カフェは様々な利用方法で楽しむ人々で賑わい、日々の暮らしの中に浸透している。今回はそんなメルボルンの数あるお店の中から、顔の見える循環型フードシステムの構築に取り組むコーヒーロースター、Small Batch Roasting Co.(以下、スモールバッチ)を取り上げる。実際にスモールバッチで勤務していた筆者が、その取り組みを紹介していきたい。

筆者撮影

筆者撮影
直接生産者との関係性を築き、ストーリーをつなぐ
中心地から程近い、ノースメルボルン。倉庫だった場所を改装し、2010年にコーヒーの焙煎所を構えたのがスモールバッチだ。コーヒー豆の仕入れ、焙煎、卸売りに加え、入口にはエスプレッソマシーンが設置され、淹れたてのコーヒーと地元の食材を使ったペイストリーが並ぶコーヒーショップとして、地元の人々に親しまれている。そんなスモールバッチのユニークな点は、飲食業界におけるフードシステムを向上させたいというオーナーの熱い想いだ。
コーヒーが私たちの手元に届くまでには、多くの人が関わっている。コーヒー農園を管理し、豆を育てる人、収穫する人、運ぶ人、焙煎する人、抽出しお客さんに提供する人。それほど長い過程を経るため、生産者の想いや背景が見えにくくなりがちだ。
そこでスモールバッチのオーナーであるアンドリューは自分で直接コーヒー豆を調達できるよう、コーヒー生豆の商社を立ち上げた。アンドリューは事業を始めた想いをこう語る。
「開業当時(2010年から2012年)のオーストラリアは、焙煎される前の状態の生豆を仕入れる選択肢が少なかったんです。コーヒーロースターが収穫年を公表することはほとんどなく、正確な生産地は隠され、コーヒー生産者に適切な報酬を支払うこともありませんでした。しかし、自分の信頼する生産者から直接仕入れれば、生産者の情報を消費者に届けることができ、さらに仲介業者を挟まないため、生産者に直接お金を支払える。これまでかかっていたコストを品質向上や労働者に充てることができます」
コーヒー豆のパッケージからは、信頼する生産者へのリスペクトが感じられる。一般的に商品名には、コーヒー豆の生産地や品種の名前を使うことが多いが、スモールバッチは生産者の名前を大きく掲げているのだ。

販売しているコーヒー豆のパッケージ|筆者撮影
「生産者の名前を書く理由は、同じ地域のコーヒー豆を取り扱うことも多く、生産地の地名や農園名を使うことが合理的ではないと思ったからです。もっとダイレクトに生産者のストーリーが消費者に届くように、お客さんとの会話のきっかけになるように、という想いを込めています」
土壌から始まるストーリー、公平な調達の裏にある思い
そんなスモールバッチの店舗に向かうと、お店の入口にはこんなメッセージが書かれている。

筆者撮影
We source equitably from small producers who care about their soils.
私たちが取り扱う食材は、その土地の土壌を大切にしている小規模生産者から公平に調達している。
このメッセージからもアンドリューの店作りへの想いが伝わってくる。コーヒーだけでなく、地元農家の野菜や乳製品なども販売しているスモールバッチ。その全ての食材の調達において大切にしているのが、「土壌」である。
「健康な土壌がなければ、私たち人間も生きていけません。良質な土壌で育ったミネラル豊富な農作物は、私たちにとっても自然環境にとっても健康的です」
農薬や化学肥料に頼らず、農作物が本来持つ力を引き出す健康な土壌環境を保つことが、コーヒーの美味しさにも直結するのだ。その上で、買い付けをするのはあまり名の知られていない小規模生産者に絞っているという。
「知名度の高い生産者にはすでに多くの買い手がいて、私たちを必要としないからです。逆に市場へのアクセスがほとんどない生産者こそ、私たちの力が必要です。彼らがスペシャルティグレードのコーヒーを生産できるよう、技術的なアドバイスをしたり、無利子の融資を行なったりしています」
スモールバッチは、そうして生産者と深く関わり、少しずつ信頼関係を築いていくのだ。

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地域で循環する取り組み
それでは、スモールバッチは具体的に店内でどのような取り組みを行なっているのだろう。コンポストの仕組み、地元の食材を楽しめるシェフこだわりのペイストリー、使用するミルクについて紹介していきたい。
店内のごみはほとんどが「コンポスト」に

店内のごみ箱|筆者撮影
スモールバッチの店内に設置されたごみ箱は、コンポスト用ごみ、一般ごみの2種類。持ち帰り用のコーヒーカップ、フード容器は全てコンポスト可能なものを使用しているため、1日に出るごみのほとんどはコンポスト行きとなる。コンポスト用ごみは、週に一度オーナーのアンドリューが自宅に持ち帰り、庭の堆肥場で発酵・分解処理している。
「廃棄物を効率的に、かつ自然に優しい方法で分解するために、まず糖蜜を触媒にして発酵させ、促進剤としてコーヒーの籾殻(コーヒー豆の焙煎時に出る副産物)に染み込ませます。これは、廃棄物を『腐敗』させるのではなく『発酵』するアプローチです。
そして嫌気的な環境で発生させることができる『有用微生物(Effective Microorganisms)』を活用し、通気性が十分でないコンポストシステムにおけるメタンガスの生成をできるだけ抑えるようにしています。処理後の栄養をたっぷりと含んだ土は、家庭菜園の肥料として使っています」

アンドリューの自宅の庭|筆者撮影
地元の食材に徹底してこだわった「ペイストリー」
エスプレッソバーの隣にはコーヒーと一緒に楽しめる、出来たてのペイストリー(※)がショーケースに並ぶ。
※小麦粉にバターあるいはショートニングなどの油脂、塩、砂糖、卵などを加えて、パイ状に焼き上げたお菓子や料理の総称

季節のフルーツデニッシュ|筆者撮影
ペイストリーシェフであるチャーリーが率いるチームが、毎朝一つひとつ心を込めて作っているものだ。使う食材はチャーリーの信頼する地元農家の野菜、果物、乳製品が厳選され、季節の新鮮な素材を活かした美しいペイストリーが出来上がる。オーストラリアに古くから生息する植物・ワトルシードを使用したペイストリーも人気商品の一つだ。

オーストラリアに古くから自生するワトルシードを生地に混ぜ込んだ、チョコレートクロワッサン|筆者撮影
幸せで健康な牛から「牛乳」を調達
コーヒーと合わせるミルクにももちろんこだわる。店内で使用する牛乳は、メルボルンの市内から車で約3時間ほど離れた、小さな町の酪農ファーム ・シュルツ・オーガニック・デイリー(以下、シュルツ)から仕入れる。
3代続く酪農家族が経営するシュルツは、1,044エーカーの肥沃な土地にあり、土壌、牧草、家畜の生命力を高めるために有機農法を40年以上続けている。化学薬品、ホルモン剤、農薬は使用せず、製造工程で脂肪球を小さくする「ホモジナイズ」の工程を経ていない「ノンホモジナイズ」の牛乳だ。静置しておくと上にクリームが浮かぶ、一番自然な状態の牛乳が出来上がる。
「幸せで健康な牛から美味しい牛乳ができる」という彼らの思想は代々引き継がれ、メルボルンに住む人々にも伝わっている。

Image via Schulz Organic Dairy
最近では、カフェ営業用ミルクの樽売りや、再利用可能なガラス製のボトルを使うなど、積極的に包装廃棄物の削減に取り組んでいる。

使用済みのミルク容器。18L入る営業用の容器と、1Lのガラス製のボトルは回収され、再利用される。|筆者撮影
自社で手作りする「チョコレート」
スモールバッチでは、店舗で提供するホットチョコレートやチョコレートクロワッサンに使用するチョコレートも、自社で手作りしている。コロンビアの小規模カカオ農家から仕入れたカカオを焙煎し、練り上げ、成形まで、一連の工程を少量ずつ、オーナーのアンドリュー自らが行なっている。

Andrew‘s Chocolateのパッケージ|筆者撮影
ファーマーズ・マーケットでの疑問から生まれた、「スモールバッチ」の哲学
生産者にフォーカスし、地域で循環するようなフードシステム。スモールバッチで日々体現されるそのシステムは、ゆっくりと時間をかけて出来上がっていったのだという。アンドリューは以下のように語る。
「私はファーマーズ・マーケットに行く度に、『なぜレストランは農家から直接食材を買わないのだろうか』『お店は最高の産地の最高の食材を使うべきではないのか』といった疑問を抱くようになりました。食材はお店にとって一番重要なもの。これに手を抜くことはオーナーとして考えられないと思ったのです」
この問いを追求していく中で、小規模で顔の見える調達方法「スモールバッチ」の概念をコーヒーにも適用し、さらにカフェで用いる他の全ての食材にも当てはめるべきではないかと思うようになったという。アンドリューは「スモールバッチで試行錯誤を重ねる過程で、本質的に搾取的な資本主義のビジネスモデルや、消費社会に反対する自分、それを少しでも変えたいという情熱に気づいた」と語っている。
最後に、アンドリューの今後の野望を聞いてみた。
「『どうしたら小規模な生産の中でも安定した生産量を増やすことができるのか』『どうしたら生産者側にインパクトを作り続けることができるのか』を追求し続けたいですね。また個人的には生産者に農場の土づくりや、コーヒー豆の生産に関する有益な情報を共有し、一緒に実践していくことに興味があります。そうすることでコーヒー豆そのもののポテンシャルが上がり、利益を生み出すことができると思っています」

Image via Small Batch
編集後記
最高の一杯のコーヒーは生豆から始まる。表面的なコーヒー豆の価値よりも、コーヒー豆そのものが持つ価値を高めることに重きを置くアンドリューからは、生産者はもちろん、コーヒーを取り巻く人々、自然環境への大きな愛情とリスペクトを感じる。
筆者から見たスモールバッチは、コーヒー農園の人々をはじめ、酪農家、野菜農家の方といったコーヒーを通してつながるさまざまな生産者のストーリーを消費者に届ける、そんな媒介役のようだった。かといって、消費者にそのフィロソフィーを主張はせず、あくまでコーヒーロースターとして地域に根ざしているのも特徴だ。そこから地域のスモールビジネスや人々のつながりが生まれ、地域全体で「競争」ではなく、「共創」していく雰囲気がつくられている。
今日も彼らは「自分たちが信頼する生産者の、最高の食材を最高の状態で消費者に届けたい」という信念と、敬意を持って調達から焙煎、販売、廃棄物の処理まで、循環する仕組みづくりに取り組み続けている。スモールバッチを一例に、街のコーヒーショップから、自然環境にも私たちにとっても健康的なフードシステムの連鎖が広がっていくことを願う。
【参照サイト】Small Batch Roasting Co.
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Edited by Megumi