私たちの感情は、AIに左右されている──地球環境研究の権威であるストックホルム・レジリエンス・センターが、2025年3月に発表したレポートのなかで「AI(人工知能)とSNSが、気候変動に対するヒトの感情に、前例のない規模で影響を与えている可能性がある」と明らかにした。
レポートでは、AIが気候変動への絶望を深める可能性があると指摘。SNSではAIがヒトの感情的な反応に基づいてコンテンツをキュレーションし、怒りや恐怖といった感情を強く喚起するような投稿を優先して表示する傾向にあると述べた。
デジタルコンテンツが私たちの感情を揺さぶる例として挙がっているのが、2024年11月にスペインのバレンシアで起こった洪水だ。集中豪雨による洪水で200人以上の命が奪われたこのニュースは、スペイン全土に広がった。被害の状況が拡散されるほど、怒りや悲しみ、喪失感などの感情の伝播が起こり、地元政府の災害対策に対する抗議活動にもつながったとされている。FacebookやXなどでは、ハッシュタグ「#EjercitoYA」でその様子が見られる。
また、レポートではAIが説得力のある偽のデジタルコンテンツを容易に作成できることにも言及している。アメリカで2024年に発生したハリケーン「ミルトン」と「ヘレン」、そして2025年2月のロサンゼルス火災発生後に、感情に強く訴えかけるフェイク画像や映像が多く拡散された例を挙げ、これが気候変動に対する社会的な分断を深める可能性があると指摘した。
一方で、AIやそれを活用したSNSの存在が、気候変動対策を促すことがあるという点にも触れられている。スウェーデンの国会前に一人で座り込みをしていた当時15歳のグレタ・トゥーンベリ氏による運動「Fridays for Future」は、レポートによると、科学的な事実だけでなく、感情的な訴えが特徴的で、それがSNSを通じて多くのデジタル世代に届いたと分析されている。現在、Fridays For Futureの気候マーチは世界的なムーブメントとなっており、日本でも全国34地域に活動が広がっている(※)。
AIのもう一つのポジティブな側面として、AIが自然界における動物の鳴き声の伝達や受信を研究する生物音響学(バイオアコースティクス)のデータ分析の助けになることも挙げられてる。これを元に作られたデジタルコンテンツを用いて、ヒト以外の動物への共感を生むことができ、私たち自身がより多様な生物に目を向ける機会を作れるというのだ。
ストックホルム・レジリエンス・センターは、リリースで「気候変動との闘いはもはや科学だけの問題ではなく、感情の問題でもある」と述べており、今回の研究を主導したヴィクター・ガラズ准教授が「感情は、気候政策への世論形成から、カーボンフットプリントの削減といった個人の行動に至るまで、あらゆるものを形づくっている」とコメントした。
オランダのユトレヒト大学にある持続可能な開発研究所の助教授、クリスティナ・ボグナー氏は、同大学のブログで「感情を無視すれば、日常生活における(気候変動対策の)移行が、どのように起こるかを完全に誤解することになる」と主張。移行期において、「私たちは感情を通して自分自身、他者、そして世界と意味のあるつながりを築く」と語った。
誰の声を聞き、何に感情的に共感し、どんな行動を取るか。その多くがAIによって設計されうる時代になった。だからこそ私たちは、誰よりも自分の「感じ方」に自覚的でいる必要がある。「感情は変革の機会だ」とボグナー氏も語るように、これからはその気候感情をいかにポジティブな行動に移していくのかが試されるのかもしれない。
※ Fridays for Future Japan 公式インスタグラム
【参照サイト】Artificial intelligence, digital social networks, and climate emotions
【参照サイト】New paper: How AI influences climate emotions and actions
【参照サイト】Understanding transitions: Why emotions matter in shaping change