また、花粉の季節がやってきた。日本気象協会によると、2025年は2月下旬からスギ花粉の飛散が始まっており、3月下旬から4月下旬にはヒノキ花粉の飛散がピークを迎えるという(※1)。
花粉症に対し、毎日マスクをつけたり窓を閉め切ったりと、個人レベルでできることをしている人も多いだろう。避粉地(ひふんち)という、スギの分布が道南の一部に限られている北海道や、本土とは植生が大きく異なる沖縄などに出かける旅行プランも存在する。
厄介な春の風物詩である花粉症は、なぜここまで深刻化したのか。「アレルギー体質だから」「日本にはスギがたくさんあるから」という一言では収まらない、もっと大きな視点から環境やまちづくりに関する要因を解説するとともに、花粉症に苦しむ人を減らすための研究について紹介する。
「花粉症になる人」が生まれる原因
花粉症の原因は、遺伝的・環境的な要素が複雑に絡み合っていることにある。対策について考えるにあたり、まずは基本的な部分を理解しておきたい。
人が花粉症になる仕組みは、体の免疫システムが花粉を有害物質だと認識し、過剰に反応することにある。体内でヒスタミンなどの化学物質が放出され、くしゃみや鼻水、鼻づまり、目のかゆみといったアレルギー症状が引き起こされるのだ。
遺伝的要因として、親がアレルギー体質の場合、子どもも花粉症を発症しやすいことが分かっているが、そもそもなぜ現代は「花粉症になる人」が増えているのだろうか。環境省によると、日本において花粉症にかかっている人の正確な数は判明していないものの、全国調査での花粉症の有病率は1998年が19.6%、2008年が29.8%、2019年には42.5%で、10年ごとにほぼ10%増加したことがわかっている(※2)。
まさに「国民病」とされる(※3)花粉症のうち、一番多いのがスギ花粉によるものだ。スギの大量植林が国の主導で行われたのは1950年代から1970年代。戦後の日本で、住宅再建や経済復興のために木材需要が急増したタイミングである。その後、輸入木材の方が安価になったことで国内木材の需要は激減。そのまま伐採されずに残ったスギやヒノキの樹木が成熟し、数十年経って花粉を大量に放出する時期を迎えている。

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ただし、1963年にブタクサ花粉症、1964年にスギ花粉症がはじめて報告されており(※4)、花粉の飛散量が単純に増えたことだけが、花粉症の原因だと断定はできない。埼玉大学工学部の研究室は、花粉が大気中の汚染物質(黄砂や排気ガス、PM2.5など)と接触することで引き起こされる作用が、花粉症を発症しやすくするとしている(※5)。空気が汚れるほど、人は花粉症になりやすいのだ。
スギの人工林が多くある山間部よりも、コンクリートやアスファルトに覆われた都市部のほうがより厄介だと考えることもできる。空気中の花粉が土などに吸収されることなく、風を受けて何度も舞い上がり、それが大気汚染物質と接触した状態で私たちの体に入ってくるからだ。英国のレポートでも都市部に住む人の方が花粉症が重症化しやすいことが示されている(※6)。今の日本のように都市に人が集中することも、間接的には花粉症が増えている要因と言えるのではないか。
また、コラム記事「花粉症と気候変動、そのフクザツな関係性をひも解いてみた」にもあるように、気候変動の影響も考えられる。スギ花粉は、日中の平均気温が10度程度になると飛散するとされており、温暖化によって春の気温が上昇すれば、それだけ花粉が飛散する時期も早まり、長期化するのだ。
日本だけでなく、1990年から2018年にかけて、アメリカとカナダの60カ所の観測拠点で得られた花粉関連の指標を調査した研究によると、北米の住民が花粉にさらされる時期は20日早くなり、飛散日数も8日長くなったこともわかった(※7)。

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気候システム自体が揺らぎながら気温が上がったり下がったりする仕組みはあり、身近な事象をなんでも気候変動に結びつけるつもりはない。しかし長期的には、人の活動が今の気候変動の要因になっていることは、過去のデータや専門家への取材からも明らかになっている(※8)。これから花粉症になる人がさらに増えるという事態を防ぐためにも、気候変動への対策はやはり急がれている。
厄介な花粉症に挑む専門家たち
では、花粉症に関して実際にどのような研究・対策がされているのだろうか。
医療の分野では、抗ヒスタミン薬の開発のほか、舌下免疫療法(ぜっかめんえきりょうほう)が進んでおり、患者の約70~80%に有効性が認められている(※9)。花粉やダニなどのアレルギーの物質が含まれた薬を少しずつ体内に吸収させることで、免疫システムの過剰反応を抑える治療法だ。
しかし治療期間が2〜3年と長いにもかかわらず、これまで30%程度には効果が見られなかった。そこで近年は、東京都医学総合研究所が「治療の効果が見られない」人を事前に推測するため、その体質を見極める研究を行なっている(※10)。
国立成育医療研究センターでは、幼少期から始まるアレルギー疾患の連鎖(アレルギー・マーチ)を防ぐために、早期診断や早期介入の研究が進められている(※11)。子供のアレルギーはアトピー性皮膚炎から始まり、食物アレルギー、気管支喘息、そしてアレルギー性鼻炎(花粉症)へと続いていくので、花粉症になる前に発見し、予防するという考えだ。

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国の政策としては、林野庁が「2033年度までに花粉の少ないスギ苗木の生産量を、全スギ苗木の生産量のうち約9割にする」という目標を掲げている(※12)。いま花粉を多く飛ばしているスギを伐採し、より花粉の少ないものに切り替えていこうという施策だ。世界でも、北米地域ではブタクサ、北欧地域では白樺、地中海地域ではヒノキなどが花粉症の原因植物とされており、それぞれの地域で刈り込みや駆除などが行われている。
植え替えが計画通り進めば、スギ花粉の飛散は大幅に減ると考えられるが、実際には課題も多い。新たに植えたスギが成木、つまり林業で使えるようになるまで20〜30年はかかることや、一気に伐採を進めて木材の供給量を大幅に増やすことで木材価格が暴落し、産業に打撃を与える可能性があることを考えると、慎重に進める必要がある。
花粉症の問題を、より大きな視点で捉える
花粉症の対策についてはまだまだ困難が多いが、希望も見える。花粉の少ない樹種への植え替えは一部地域で進み、舌下免疫療法の普及率も上昇している。近年は、気象情報会社のウェザーニュースが独自のIoT花粉観測機「ポールンロボ」を使い、花粉予測の質を高めるなどの取り組みも進んでいる。
根本的な問題の解決、つまり「そもそも花粉症になる人が出ない仕組み」を作るにはどうしたらいいのか。花粉症を単なるアレルギーと捉えるのではなく、地球の症状と捉えて、大気汚染が起こりにくい街づくりや、気候変動への対策には何ができるか、という目線からも考えていきたい。インドネシアやベトナムでは都市鉄道システムの整備が進められているほか、フランスやスペインなどの一部の都市では車両の通行を規制することで、バイクや自家用車への依存を減らす取り組みが行われている(※13)。
花粉症は、現代の厄介な問題だ。その背後にある要因を知り、よりシステミックなアプローチを模索して実践し続けることで、ようやく私たちは春のつらいアレルギー症状から解放されるのかもしれない。
※1 日本気象協会 2025年 春の花粉飛散予測(第4報)~花粉シーズンは2月末から本格化 多くの所で3月上旬からピークに~
※2 環境省 花粉症環境保健マニュアル2022
※3 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会 花粉症の治療法最前線
※4 厚生労働省 花粉症Q&A集(平成21年花粉症対策用)
※5 国立大学56工学系学部 花粉症と大気汚染の原因物質との関連性を化学的に解明
※6 A comparison of experience sampled hay fever symptom severity across rural and urban areas of the UK
※7 学術誌PNAS Anthropogenic climate change is worsening North American pollen seasons
※8 何が問題?解決できるの?「そもそも」の問いから学ぶ、気候変動
※9 日本アレルギー学会 アレルゲン免疫療法の手引き
※10 東京都医学総合研究所 花粉症プロジェクト
※11 国立成育医療研究センター アレルギーについて
※12 林野庁 花粉の少ない苗木生産量について
※13 車の「通過」はお断り?渋滞や大気汚染を防ぐ、パリ中心部の新交通規制