誰かに悩みを打ち明けたい、じっくり話を聞いてもらいたいと思っても、タイミングや相手への気遣いが邪魔をする。ましてセラピストに話すには費用もかかる。「話したくても話せない」人は、実は多いのではないだろうか。しかし、ただ「聞いてくれる」誰かが存在して話すことができたら。そして、それがどれほど人の心を支えるかを実感できる機会があるとしたら。
カナダでは、全国をめぐり、各地で通りがかりの人の話を無料で聞くという70歳の男性がいる。彼の名はポール・ジェンキンソン。彼は、長年ノバスコシア州でソーシャルワーカーとして働き、かつてブリティッシュコロンビア州ソーシャルワーカー協会の役員も務めた。高齢者介護の現場でも、環境改善を目指す広報担当として活動してきた人物だ。
私生活では、離婚や娘の突然死など辛い経験をしたというジェンキンソン氏。彼がいま実践しているのは、ひたすら「誰かの話を聞く」というボランティアだ。小さな木製のカフェテーブルと、二脚の折りたたみ椅子が置かれた場所には、「You are not alone. I will listen. Sit down, Relax(あなたはひとりじゃない。私が話を聞きます。座って、リラックスしてください)」と書かれた立て看板が設置されている。
イベントでもカウンセリングでもなく、話題の制限やプレッシャーもない。ただ、話し手が自分や他人に危害を加えない限り、すべての秘密を守るという約束があるだけ。そこは、ただ話したい人のための居場所なのだ。As It Happensの取材で、ジェンキンソン氏はこのように話している。「人と人とのつながりを作るために、ここにいるんだ。もう二度と会うことのない飛行機の中の見知らぬ人のようにね」
立て看板を見た人々は、きまって「あの人はだれ?」という反応をする。しばらくジェンキンソン氏の目の前を行き来したあと、やがて彼の前に座りに来る。迷える大学生、離婚を経験したばかりの人、依存症から回復途中の人など、苦しみや迷いを抱えた人も多いが、それだけではない。
「自分がボランティアでやっている活動について誰かに話したかった」と言って椅子に座った女性や、「退職後に再び学び始めた自分を誇りに思う」と笑う男性も。人は悩みだけでなく、誇りや達成感も誰かに聞いてもらいたいのだ。
ジェンキンソン氏は行く先々で、目の前に座った人の言葉を待つ。アドバイスや解決策は提示せず、相手の話を否定することもない。だからこそ、話す方は余計な気遣いをする必要なく、目の前の見知らぬ男性に気持ちを吐き出すことができる。
長年培ってきた経験と知識でただ話せる場所を提供するジェンキンソン氏の「聞く旅」は、対話が失われがちな現代社会において、人々が思いを口に出すことの大切さを伝え、それがどれほどの意味を持ちうるかを示している。このシンプルな営みには、特別な資格も設備もいらない。日本でも、職場の片隅や駅前、公園など、はじめられる場所があるかもしれない。
【参照サイト】This Man Will Listen to You Talk About Anything, Won’t Charge a Dime, and Is Coming to a Town Near You
【参照サイト】This man will listen to you talk about anything, and he won’t charge a dime
【参照動画】#TheMoment a N.S. retiree embarked on a cross-Canada ‘listening tour’
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Edited by Megumi