世界には、読字や記憶、情報処理に困難を抱える人が少なくない。彼らにとって、文字がびっしり詰まったニュース記事や情報量の多い映像は、内容の理解を妨げる要因になりやすい。ニュースが生活の助けになるどころか、かえって距離を感じさせるものになることもあるのだ。
こうした状況に新しい風を吹き込んでいるのが、ノルウェー発のニュース番組・TV BRA(ティービー・ブラ)だ。記者やナレーター、編集者など、制作に関わる全員が、自閉症や学習障害などがあり、週1回1時間の番組を放送している。ニュースからエンターテインメント、スポーツまで幅広いテーマを取り上げた番組は、ノルウェー国内の主要プラットフォームで配信中だ。
TV BRAの最大の特徴は、障害のある人々が番組制作の「サポーター」ではなく、「主導者」である点だ。彼らは、専門的な映像制作のトレーニングを受け、プロのジャーナリストとしてスキルを磨きながら現場で働いている。さらに、他の放送局にも障害者の表現機会を広げる動きを促している。
番組の出発点となったのは、責任者カミラ・クヴァルハイム氏の個人的な経験だ。10年以上前、彼女は学習障害のある若者たちと映像制作を行った。カメラを通じて対話するなかで、彼らの言葉や視点が社会にとって重要であると実感したという。そうした気づきが積み重なって生まれたTV BRAは、今や数千人が視聴する番組へと成長したのだ。
13億人以上──世界人口の約16%が何らかの障害を抱えている(※1)。にもかかわらず、障害のあるジャーナリストが活躍するニュースルームは今なお極めて少ない。実際、メディア業界に限らず、障害者の雇用機会自体が限られている現状がある。たとえばノルウェーでは、20歳から69歳の知的障害者の雇用率はわずか24.5%。全体の雇用率(77.4%)と比べても、その格差は明らかだ(※2)。
TV BRAは、そうした現実を変える挑戦でもあるのだ。番組では、選挙制度のような複雑なトピックも、わかりやすい言葉と映像で解説される。実際、投票制度を取り上げた回は、多くの視聴者から「初めて意味が分かった」と高く評価されたという。
この番組の設計は、カーブカット効果(※3、バリアフリー化によって特定の人のために導入された設備が、他の多くの人にも便利になること)の好例とも言える。もともとは学習障害のある人のために設計された内容だが、ゆっくりとした進行や明快な構成は、ノルウェー語に不慣れな人や高齢者、認知的な困難を抱える人々にとっても理解しやすい。結果として、より多くの人に開かれたニュースメディアへと進化を遂げているのだ。
誰がニュースを伝える側になるのか。これまで表に出にくかった声や視点が、社会を変える力を持っているとしたら。TV BRAは、その可能性を静かに示している。
※1 Disability World Health Organization
※2 Work Inclusion for People with Intellectual Disabilities in Three Nordic Countries: The Current Policy and Challenges Scandinavian Journal of Disability Research
※3 社会を動かすカーブカット効果: マイノリティへの小さな解決策から生まれる大きな変化 スタンフォード・ソーシャルイノベーションレビュー・ジャパン
【参照サイト】The News Show Made by and for People With Learning Disabilities
【参照サイト】Inside the world’s first TV station run for and by people with learning disabilities
【参照サイト】Norway launches world’s first disability-run TV station
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Edited by Megumi