里山に息づく絹産業の美しさと希望。ドキュメンタリー『森を織る。』

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服を身にまとうとき、その背景にある自然や人々の営みに思いを馳せることはあるだろうか。

桑の葉を食べる小さな蚕の命、糸を紡ぐ職人の手、里山に根ざした暮らしや祈りの文化。絹のものづくりは、そうした多層的な「つながり」によって支えられてきた。しかし今、日本の絹産業はかつてないほどの縮小に直面している。

かつて養蚕業や製糸業を中心に、絹産業は近代化を支える基幹産業として隆盛を極めた。だが、全国の養蚕農家数は最盛期の1929年に221万戸を数えたのに対し、2024年時点ではおよそ130戸にまで減少。1959年に1,871工場を数えた製糸工場も、2024年時点ではわずか7工場にまで減り(※1)、国内絹産業の持続可能性が問われている。

そうした状況の中で、今回注目するのが、エシカルファッションの文脈から日本の染織技術を探求してきたデザイナー・小森優美さんだ。彼女が手がけたドキュメンタリー映画『森を織る。』は、養蚕や製糸、絹織物を担う産地の現状と、それを取り巻く地域・里山の姿を映し出す。映画を通じて浮かび上がったのは、日本のものづくりに宿る精神と文化だった。

話者プロフィール:小森優美(こもり・ゆみ)

小森優美ファッションデザイナー/株式会社森を織る代表取締役。2013年より草木染めシルクランジェリーブランド・Liv:ra(リブラ)のデザイナーとして活動。 2021年立ち上げから参画したEcological Memesあいだラボでは、コミュニティホストとして生態系における統合科学、森里海連環学やソーシャルイノベーション、サステナブルアントレプレナーシップ等を学ぶ実践的なプログラムを企画運営。 2024年春からは、日本の絹織物の服づくりで自然と人の生態系を育む共創プロジェクト ・MORI WO ORU(森を織る)をスタート。自身の自己表現を探求すると同時に、工芸文化を通して経済流域全体における生態系の連環デザインを展開する。

「絹」を通して見えてきた、地域を越えるつながり

大手アパレルブランドでデザイナーとして働いた経験を経て、ファッション業界の環境破壊に疑問を抱いた小森さんは、2013年に草木染めランジェリーブランド・Liv:raを立ち上げた。ランジェリーを製作する中で京都川端商店の草木染めの技術に触れたことで日本の伝統的な染織文化に関心を持った。

特に「絹」という素材の持つ長い歴史や素材自体の心地良さに惹かれた小森さんは、2021年に拠点を京都に移し、養蚕や絹織物文化についての学びを深め、2024年に丹後ちりめんをはじめとする日本の絹織物を用いたアパレルブランド・MORI WO ORUをローンチした。

Image via MORI WO ORU

「当初は『MORI WO ORU』の世界観を伝えるために、日本の絹織物のものづくりの背景を紹介する短編動画を製作する予定でした。ですが、職人さんの思いや産地に根付く文化や風土に触れるうちに、チームの全員が製作に真剣に向き合うことになり、結果として1年がかりで64分のドキュメンタリー映画『森を織る。』を完成させました」

この映画に登場するのは、日本の絹産業を支える養蚕農家や製糸会社、そして絹織物の職人たちである。まず、絹糸の原料となる繭を生産するのが、埼玉県秩父市で唯一残る養蚕農家・影森養蚕所。ここでは蚕を卵から孵化させ、自ら管理する桑畑で収穫した葉を与えながら、ひとつひとつの命を育てていく。40年前には地域に100戸あった養蚕農家も、今ではこの影森養蚕所1戸のみとなったという。

『森を織る。』より|高嶋綾也撮影

そこで生産された繭は、長野県岡谷市の製糸会社・宮坂製糸所に渡され、糸になる。岡谷市もかつては多くの製糸工場で栄えた一大絹産地であったが現在では宮坂製糸1社のみだと、岡谷蚕糸博物館の館長・髙林千幸さんは話す。

丹精こめて生産された糸は、京都府丹後の織物職人の手に渡り、織物になる。丹後の絹織物は1,300年以上もの歴史をもち、戦前から日本一の絹織物生産地となり、今ではそのシェアは全国の約70%にも上る(※2)。特に、この地域で伝えられてきた「丹後ちりめん」は強く撚りをかけた糸を用いて織られ、独特の凹凸のある風合いが魅力的な織物だ。

映画の中では、150年にわたって丹後ちりめんを織り続ける丸仙株式会社、伝統的な丹後ちりめんを継承する谷勝織物工場、難易度の高い柄物の製造にも取り組む田勇機業株式会社のように、絹織物に対してそれぞれ独自の視点と技術で継承する個性豊かな職人たちが登場する。

こうした養蚕・製糸・織物のつながりは、これまで分業的な生産体制ゆえに可視化されてこなかった。小森さんは、自身のブランドで生み出される衣服の背景やプロセスを丁寧に撮影し、分野を越えた絹の繋がりを捉えている。いわば「日本のシルクロード」をたどるような本映画の製作を通して、それぞれの職人の持つ「使命感」が印象に残ったと話す。

『森を織る。』より|高嶋綾也撮影

「撮影の中で養蚕農家の方が語った『自分の代で辞められない』という言葉が心に残りました。それぞれの職人たちは『生きる』ということに対して視野を広く持っています。単純に自己実現のために自分がやりたいことをやっているというのではなく、『自分は何世代もの間、継承されてきたバトンをつなぐ一員だ』という考えを持つ方が多かったのです。その姿がかっこいいなと思いましたね」

里山に息づく暮らしと伝統文化から「つながる感覚」を取り戻す

『森を織る。』より|高嶋綾也撮影

本映画では絹産業の姿のみならず、それらを取り巻く地域の風土や文化にも焦点が当たっている。絹という素材は生産工程の中で蚕の殺生を伴うため、蚕に対する供養の文化や、蚕に感謝を伝える祭祀が伝承されてきた。そうした日本における神社や寺の精神、そしてそれらを内包する里山や自然のつながりを大切にしながら撮影を重ねたと小森さんは話す。

映画の中では、長野県伊那市で農林業を通して森の資源の循環を目指す株式会社やまとわや、京都の京北でスタディツアーやローカルビジネスを通して里山の知恵を発信する株式会社ROOTSの取り組みも映し出されている。

「私自身、これまで京都大学フィールド科学教育研究センターと共同で里山でのプログラムを実施した経験もあり、『里山』という存在はものづくりを理解する上で重要だと考えていました。今回ROOTSの創設者・フェイランさんの取材で、『すべてが循環する中で自分が存在することが心地良い』という言葉がありました。そこには、日本に限らず世界の人々に共通する『心地よさ』の感覚が宿っているのだと実感しました」

『森を織る。』より|高嶋綾也撮影

絹の生産は、その土地の水質や温湿度などの環境に左右される。今回日本各地の絹産地を撮影する中で、あらためてその土地の風土と絹のつながりの強さが感じられたようだ。

「生糸は水が綺麗なところで生産されています。丹後ちりめんは乾燥していると織り上げるのが困難なので、湿度の高い丹後という地域だからこそ生産できるものです。こうした地域とものづくりの結びつきを知ると、何千年もの歴史における名もなき人たちとの時代を超えたつながりや、人や自然など全ての存在がつながって生かされているという感覚が芽生えます。これは、社会だけでなく自分自身も幸福になる方法だと思いますし、今回この映画を通して服の背景を知ることで、そうした『つながる感覚』を取り戻していきたいと思っているんです」

絹産業の美しさと希望を描く

『森を織る。』より|高嶋綾也撮影

小森さんらがこの映画を製作するにあたって意識したことは、絹産業が抱える課題や衰退している現場のネガティブな面ではなく、ものづくり自体や従事する職人たちの「美しさ」や今後の「希望」といったポジティブな側面を描くことだった。実際に、創作工房糸あそびのように、若手の職人が織物業界に入り、技術が次世代へとつながっていく姿が見られるという。

産地で醸成されている明るい機運を伝えていくことが、MORI WO ORUとしての表現だと小森さんは話す。

「今回映画の製作を通して職人さんに直接踏み込んで話すことができ、それぞれのパーソナルな部分が見えました。現代社会では『自分らしい生き方』が模索されていますが、絹産業の職人たちはそれをも超えた『覚悟』を持って従事しているという姿が心に残っています。

家族でものづくりしている姿も印象的でしたね。伝統産業に関する問題の一つとして家業の後継者問題がありますが、『森を織る。』に出てくる事業者さんには若者が後継者として継ごうとするケースが多いです。伝統文化を続けていきたいという意志のある若者がいるという事実は産地の希望だと思います」

『森を織る。』より|高嶋綾也撮影

映画の中では、観光を通して丹後の歴史や文化を発信する一般社団法人Tangonianの取り組みも紹介されている。小森さん自身もツーリズムの文脈で国内外の観光客と地域の人々や文化をつなげていく予定だ。

「今後はこの映画をコミュニケーションツールとして使っていきたいです。この映画を通して生産者のみなさんも今まで不透明だった絹産業の横のつながりを知って感動していましたし、映画を観て京都や岡谷の産地に訪問する人も増えており、新たなつながりが生まれています。

これから地域の文化や歴史、そこで従事する人々との出会いを通して、自己変容につなげていく『トランスフォーマティブ・ツーリズム(Transformative Tourism)』をテーマに、映画に出演した産地を訪問できるツアーを実施していきます。特に日本の伝統文化に関心のある国内外の方に向けて日本のものづくりの魅力を伝えていきたいですね。2025年秋からこうした産地のツアーを実施する予定なので、ぜひ関心のある方にお越しいただきたいです」

2025年には下記の日程と場所にて、映画の上映会と製作者・出演者によるトークセッションが行われる。ぜひ読者のみなさんに「絹」という日本の地域産業の奥深い世界を視聴してもらいたい。(今後の上映会の詳細はこちらのサイトから。)

  • 10月18日(土):​長野・岡谷 日本絹文化フォーラム2025
  • ​10月19日(日):長野・伊那 inadani sees
  • 11月3日(月・祝):埼玉・秩父 秩父宮記念市民会館大ホールフォレスタ
  • 11月8日(土):京都・京北 ツクル森フェス
  • 11月16日(日):東京 和敬塾

編集後記

「全ての服は生命でできている」

映画の予告編は、印象的なこの言葉から始まる。

蚕という生き物、それらを飼育し糸や織物にする人間、そして地域の風土……様々な存在がつながる世界の中で「絹」という文化は育まれてきた。同時に、絹文化は地域産業という「地縁」や家族の「血縁」といった、さまざまな縁の中で継承されてきたものだ。

現在、日本国内において若年層の都市への人口流出やそれに伴う後継者不足など、地域産業にはさまざまな課題が存在する。しかし、わずかでも現場にある「希望」の種に目を向け、日本のものづくりの現状を美しい映像で映し出すこのドキュメンタリー映画は、わたしたちの間にある目に見えない「縁」を再び手繰り寄せてくれるはずだ。

※1 農林水産省『蚕糸業をめぐる事情(令和7年7月)』
※2 丹後織物工業組合「丹後ちりめんとは」

【参照サイト】映画『森を織る。』ホームページ
【参照サイト】MORI WO ORU ホームページ
【参照サイト】MORI WO ORU Instagram
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Edited by Megumi

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