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強い日差しを避け、ふと足を止めた木陰。突然の雨をしのいだ駅前のアーケード。私たちの日常は、意識せずとも無数の「日陰」に支えられている。
それは暑い日には涼をくれ、雨の日には傘となり、ときには人々が集うコミュニケーションの場にもなる。もし、こうした日陰がただの偶然ではなく、都市全体でインフラとしてデザインされたものだとしたら、私たちの暮らしはどう変わるだろうか。
この「日陰」という見過ごされがちな資源の価値にいち早く目をつけ、半世紀以上にわたって国を挙げて投資してきたのが、赤道直下の都市国家シンガポールだ。
建国者であるリー・クアンユー元首相は、「湿気が国の経済生産性の足かせになる」という鋭い視点を持っていた。屋内はエアコンによって空調を調整するとして、屋外はどうするか。彼は屋外の快適さを、国民の幸福だけでなく、国の経済成長に欠かせない要素だと考えたのだ。
この哲学のもと、シンガポールは壮大な都市計画を進めていく。その核となったのが、徹底した「日陰づくり」だ。

シンガポールの「ファイブフット・ウェイ」|Image via Shutterstock
一つは、建築による人工の日陰である。19世紀の植民地時代にルーツを持つ「ファイブフット・ウェイ」と呼ばれる屋根付きの歩道を現代に蘇らせ、さらにバス停や駅まで人々が快適に移動できるよう、国中に約200キロメートルもの屋根付き通路を整備した(※1)。民間デベロッパーにも、建物の1階部分に歩行者用の張り出しを設け、屋外広場の座席エリアの半分以上を日陰にするよう義務付けている(※2)。世界の多くの都市が日当たりを良くするために建物の陰を規制するのとは対照的に、シンガポールでは「陰」そのものを公共の利益と捉え、都市計画で奨励したのだ。
もう一つは、自然がもたらす日陰、つまり木陰である。リー元首相はシンガポールの建国時から、徹底的な緑化を推し進めてきた。街路樹がしっかりと育つよう電線を地下に埋め、植物のためのスペースを確保。その結果、人口が急増したにもかかわらず、1974年に約16万本だった都市の樹木は2014年には140万本へと増え、今や国土のほぼ半分が緑で覆われている(※3)。

Image via Shutterstock
シンガポールの事例が示唆に富むのは、これまで「あれば良いもの」程度に思われていた「日陰」を、道路や水道と同じ社会インフラとして位置づけ、国のお金を投じてきた点にある。すぐには経済的な価値を測りにくい「自然資本」や「快適性」の中に、どうすれば長期的な価値を見出せるのか。「インフラ」はいまや、コンクリートや鉄だけではなく、生態系サービスや人々のウェルビーイングを含むものへと広げて解釈されていくべきなのかもしれない。
また、日陰を「インフラ」として捉える視点は、私たちが無意識に抱いてきた価値観をも揺さぶる。日陰との付き合い方を考えるということは、すなわち太陽との付き合い方そのものも見直すことだ。私たちは、温暖化が進む世界において、なおも「サンテラス」「南向きの日当たりの良い場所」を無条件に最良のものと考え続けてよいのだろうか。気候変動への適応を目指した建築や都市デザインでは、太陽光を「取り込む」ことだけでなく、「受け流す」「賢く避ける」という思想が大切になってくるのかもしれない。
シンガポールの挑戦が教えてくれるのは、日陰とは単なる偶然の産物ではなく、意図的に計画し、育むことができる戦略的な資源だということだ。日陰を偶然に任せるのか、それともすべての人々への公平な投資として計画するのか。私たちの街がどちらの道を選ぶのかで、未来の風景は大きく変わってくるはずだ。
※1 Under One Roof: How The Covered Walkway Conquered Singapore
※2 How Singapore became obsessed by shade
※3 Singapore a City in a Garden – A model for creating an integrated urban green walking network
【参照サイト】How Singapore became obsessed by shade
【参照サイト】Why Singapore Is Getting Serious About Shade—and Everything Else You Need to Know About This Week
【参照サイト】Combating hotter days with cooler building designs
【参照サイト】1963: The Greening of Singapore