なぜ今、デザインは「新しさ」から距離をとるのか。パリ最大級の見本市に見る“ポスト・トレンド時代”の思想

Browse By

2026年1月、パリで開催されたライフスタイル・デザインの祭典「メゾン・エ・オブジェ(Maison & Objet)」。会場となる広大な見本市会場「パリ・ノール・ヴィルパント」は総面積20万平方メートルを超え、実に東京ドーム4個分以上の広さに相当する。年に2度、そこに世界約150カ国から2,500以上のブランドが集結し、およそ7万人ものバイヤーやデザイナー、ジャーナリストが詰めかける。

今回のテーマとして掲げられたのは「Past Reveals Future(過去は未来を明らかにする)」という言葉だった。

Processed with VSCO with kc25 preset

インテリア・ライフスタイル業界の最大級の見本市であり、本来は最新のプロダクトがひしめき合うはずのこの場所で、なぜあえて「過去」が主役に据えられたのだろうか。

会場で繰り広げられた議論や展示の数々からは、これまで無限の更新と過剰生産を前提としてきた「トレンド」という概念そのものへの疑問符と、新しさを追うことから一歩引くことで見えてくる、デザインの新しい倫理観が浮かび上がってきた。本レポートでは、現地でのトークセッションや最新の展示から、デザインが新しさから距離をとり始めた背景を読み解く。

Processed with VSCO with kc25 preset

トレンドは「命令」から「収束」へ。スピードへの抵抗

見本市の中核となる3つのコンセプト空間「What’s New?」をプロデュースしたキュレーターたちは、トークセッションの冒頭から「トレンド」という言葉への違和感を隠さなかった。

左からHortense Leluc,Rudy Guénaire,Elizabeth Leriche,François Delclaux | Past Reveals Future: Three Ways to Rethink Tomorrow

今回のトレンド展示「What’s New? In Decor」を構成した、フランスのデザイン界を代表するトレンド研究家であり空間演出家でもあるエリザベス・ルリッシュ氏は、自身を「トレンドハンター」と呼ぶことを拒む。

彼女にとっての仕事は、流行を追いかけることではなく、社会の深層にある人々の行動や感情の変化を観察し、一つの立場・視点を提示することだという。

同様に、リテール戦略の専門家であり、デザイン代理店『Un Nouvel Air』を率いるフランソワ・デルクロー(François Delclaux)氏は、今回の展示「What’s New? In Retail」を通じて、現在の市場の変化を「コンバージェンス(収束)」という言葉で表現した。

フランソワ・デルクロー氏「今日起きているのは、誰かが決めたトレンドへの追随ではなく、無数の個人の選択が結果として同じ方向へ集まっていく“収束”や“出現”です。それは、消費者が自身のアイデンティティに基づき、バラバラに動きながらも、特定の価値観へと合流していくプロセスなのです」

新しさよりも、続いてきた時間に価値を置く展示。by François Delclaux

この視点は、過剰生産と過剰消費を煽ってきたこれまでのマーケティングモデルが、限界に達していることを示唆している。消費者はもはや「新しいから買う」のではなく、自分たちが直面している資源の有限性や、加速しすぎる時間への抵抗として、特定の価値観へと「収束」し始めているのかもしれない。

資源が有限な世界で、「過去」を再利用可能な言語にする

なぜ今、過去を参照する必要があるのか。フランソワ氏はその理由を「資源の有限性」と結びつけて語った。

私たちが生きているのは、文字通り「資源が尽きつつある世界」だ。新素材を開発し、新品を高速で生産し続けるモデルは、物理的に持続可能ではない。そこで、過去のデザインや技術、アーカイブを「生きた資源」として読み替える手法が、最も現実的なイノベーションとして浮上している。

フランソワ氏が掲げた4つの論点は、ポスト・トレンド時代の設計指針とも言える。

  • 共通言語としての過去: 文化を超えて認識できる形や物語は、人々に安心感を与える。
  • 創造とは「変換」である: 無からの創造はあり得ない。資源が有限な世界では、既存のものをどう変換するかが創造の核心となる。
  • 陳腐化への抵抗: 過去を参照することは、使い捨ての装飾や速さを競うデザイン文化にブレーキをかける。
  • 生きた素材としてのアーカイブ: 過去は固定された遺産ではなく、現代の文脈で読み替えられるべき「動的な素材」である。

これらは、サステナビリティをめぐる私たちの議論を、素材の置き換えといった表層から、デザインの時間軸そのものを引き延ばす「時間の倫理」へとアップデートさせるものだ。新しい形を量産するのではなく、既存の言語を編み直す。そのこと自体が、ポスト・トレンド時代における創造の作法となっているという。

大地、萌芽、融合、秘匿をテーマにした、 Elizabeth Leriche氏による展示。工房でのみ制作された一点ものや小ロット作品が置かれた。

大地、萌芽、融合、秘匿をテーマにした、 Elizabeth Leriche氏による展示。

「朽ちる美」と「素材の倫理」

会場内で行われた別のトークセッション「Organic cycles and design」では、より具体的な「素材の終わり(End of Life)」についての議論が交わされた。

デザイナーのマルチン・ルサク(Marcin Rusak)氏は、花や有機物を用い、時間とともに変化し、やがて朽ちていくオブジェを制作している。彼は、「永久に残るプラスチックで、短命な消費財を作る矛盾」を突く。

マルチン・ルサク氏「すべてを永久保存しようとするのではなく、朽ちることを設計に入れ、時間の経過を肯定する。それは、自然のサイクルとデザインのダイアローグ(対話)を回復させるプロセスです」

一方で、有機廃棄物を独自のアップサイクル技術でラグジュアリー市場へと繋げる『Nature Squared』の創設者、レイ・クーン・タン(Lay Koon Tan)氏は、サステナブル素材が陥る罠に警鐘を鳴らす。

レイ・クーン・タン氏「ある特定の自然素材が『サステナブルだ』として流行すると、今度はその資源への需要が集中し、新たな搾取が始まります。私たちは、たとえ需要があっても供給量を制限する『適量設計』の責任を持たなければなりません」

デザインの現場において、サステナビリティはもはや免罪符としての役割を終えた。問われているのは、素材の調達から加工のエネルギー、さらには市場の需要予測と制御に至るまでの一貫した循環のマネジメントである。モノを作るだけでなく、資源と需要のバランスを統治することまでが、これからのクリエイションの領域に含まれているのだ。

会場の一角に設けられた「ECO-MATERIALS CORNER」には、持続可能な建築・デザインを目指す専門家たちが詰めかけ、廃棄物から生まれた新しい壁材や被覆材を真剣に品定めしていた。

ラグジュアリーの再定義。時間を過ごすこと、記憶に残ること

「What’s New? In Hospitality」を手がけた、時代に左右されない普遍的な美しさを追求するインテリアデザイナーであり、デザインスタジオ『Night Flight』を主宰するルディ・ゲネール(Rudy Guénaire)氏が提示した空間は、デザインの主軸を見た目の新しさから滞在者の体験へとシフトさせた。

展示されたのは、「いつの時代のものか特定できない」空間。完璧に整えられたショールームではなく、あえてベッドを乱し、日常の遺留品を配置した、まるで直前まで誰かがいたかのような客室。流行のスタイルを追うのではなく、時代を特定させない普遍的な家具や什器を選ぶことで、一過性のトレンドに左右されない空間のあり方を提示した。

ルディ・ゲネール氏「私たちが求めるべきは、誇示的なラグジュアリーではなく、体験としてのラグジュアリーです。それは200年前の梁に触れ、そこで過ごした時間を記憶に刻むような体験です」

消費を急がせるのではなく、滞在時間を引き延ばし、モノとの関係性を深める。このスローダウンの設計こそが、リテールやホスピタリティにおける新しい差別化要因になりつつある。

「更新」から距離をとる。資源制約時代のデザインの成熟

2026年のメゾン・エ・オブジェを通して見えてきたのは、「新しさを追い続けること」以外の成長のあり方を、デザインが模索し始めているという兆しだった。

過去を参照し、アーカイブを編み直し、あえて成長や拡大のスピードを落とす。それは一見すると停滞に見えるかもしれない。しかし、資源が有限であり、私たちの精神が加速する情報の濁流に疲れ果てている今、デザインが「新しさ」から距離をとることは、極めて理にかなった生存戦略である。

更新し続けること以外の「豊かさ」を、私たちは過去の智慧や手仕事のなかに、どう再発見できるのか。ポスト・トレンド時代のデザインは、もはや流行を作るものではなく、私たちが失いかけていた「時間」と「記憶」を取り戻すための抵抗の手段なのである。

【参照サイト】Maison & Objet Paris
【関連記事】地元市民も行き交う、パリのウェルネスホテル・Hoy。「今ここ」を感じる滞在体験デザインの秘訣は?
【関連記事】【パリ現地レポ】AIから都市、鉱物、アートまで。私たちを取り巻く「変化」の意味を問うChangeNOW 2025

FacebookX