前回大会の13倍。激化するW杯のSNS誹謗中傷に、FIFAが投じる「AI防壁」の実効性は

2026.07.07

4年に一度、世界中を熱狂させるサッカーのワールドカップ。ピッチ上で熱いドラマが繰り広げられる一方で、選手たちが直面している深刻な闇がある。それが、SNS上の誹謗中傷だ。

現在開催中のサッカー・ワールドカップ北中米大会の裏で、選手たちを襲うデジタル上の暴力が深刻なフェーズを迎えている。国際サッカー連盟(FIFA)が2026年7月1日に発表したデータによると、グループステージ期間中だけで、選手や監督らへの誹謗中傷と特定された投稿は8万9,000件に達した(※)。これは前回カタール大会の同時期と比べて実に対13倍の数字であり、そのうち10件に1件以上が人種差別的な内容だったという。

日本代表の敗退に伴い、国内の選手たちが標的になるなど、この問題は決して他人事ではない。試合直後、更衣室でスマートフォンを手にする選手たちの心の健康をいかに守るかは、今や大会の成否を左右する重要な人権課題となっている。

こうした状況を受け、FIFAは大きな動きを見せている。2026年6月に開幕した北米ワールドカップにおいて、選手やチームを悪質な投稿から守るため、AIを活用した「ソーシャルメディア保護サービス」の導入拡大を決定したのだ。このシステムは2022年のカタール大会後に試験導入されたもので、今大会ではすべての参加協会に対して無料で機能が提供される。

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この取り組みを支えるのは、AIプラットフォーム「Respondology(リスポンドロジー)」の技術だ。システムはFacebookやInstagramなどの主要SNSを監視し、3万語以上のキーワードをもとに、攻撃的なコメントをわずか2秒以内で自動的に非表示にする。

興味深いのは、そのアプローチのあり方。投稿者本人には自分のコメントが表示されているように見えるため、規制されたことに気づかれにくい。しかし、選手や一般の閲覧者の画面からは完全に隠される。さらに、これらの投稿データは管理者側で記録され、スタジアムへの入場禁止処分や法的調査へと繋げられる仕組みだ。同社のCEOによると、このAIは地球上のあらゆる言語に対応しており、文化的なニュアンスや皮肉まで理解するという。

スポーツベッティング(賭けスポーツ)が多くの地域で合法化された現代、選手へのネット上の攻撃はさらに激化することが予想されている。選手がミスを恐れずにプレーに集中するためには、テクノロジーによる保護が不可欠だという意見は強い。

一方で、今後考えるべき点もある。批判をする権利と誹謗中傷の線引きを、一企業のAIに委ねてしまってよいのだろうか。また、大手テック企業が「自らはプラットフォームであり発行元ではない」という立場から自主的な規制に慎重である中、外部のAIに頼らざるを得ない現状は、根本的な解決と言えるのだろうか。

悪意が拡散しやすいネット社会において、人間の尊厳を技術でどう守るか。ワールドカップにおけるこのAI利用は、単なるスポーツ界のニュースに留まらず、これからのデジタル社会における適切な「配慮のあり方」を私たちに問いかけている。

※ 【ワールドカップ】絶えない選手への誹謗中傷 FIFAが「53万件」の投稿を削除 投稿者特定に多くの壁『開示請求』に応じないSNS事業者も「攻撃的な投稿は伸びる」
サッカー=W杯、SNSの誹謗中傷が前回から13倍増 FIFA調べ
【参照サイト】Fifa expanding AI use at World Cup to reduce amount of abuse seen by players
【参照サイト】FIFA Increases Use of AI at World Cup in Bid to Reduce Player Abuse
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この記事を書いたライター

伊藤 恵(いとう めぐみ)。京都生まれ、東京育ち。大学院では都市社会学を学び、シンガポールを対象としたフィールドワークを通じて、大都市における人々の暮らしと都市の緑との関係を探究。現在はロンドンを拠点に、イギリスをはじめとする欧州のサーキュラーエコノミーに関する情報発信、レポート執筆、講演などを行っている。関心テーマは、まちづくり、ジェンダー、新しい経済や働き方。認定ファシリティマネージャー、CSRリーダー。(この人が書いた記事の一覧