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山奥に住んでいると、ときに車で買い物に行くには遠く時間がかかりすぎるため、オンラインで日用品を注文することもある。罪悪感に苛まれるのは、その商品が即日で届いたときだ。正直なところそこまで急いでいないのに、どこかで誰かが急いで準備してくれたことに申し訳なくなることがある。
できるならば「お急ぎ便」の対極の配送方法として「今月中ならいつでも良い便」があれば良いのにと願ってしまうほどだ。なぜそこまでして「速さ」が価値を持つ暮らしが当たり前になっているのだろうか。私たちはその「速さ」から、本当に豊かさを得ているのだろうか──。
こうして時間について考えをめぐらせるきっかけとなったのは、大阪・関西万博を訪れたことだった。国を問わず至るところで「循環経済(サーキュラーエコノミー)」が取り上げられ、ここまで浸透するに至った流れを振り返っていたのだ。廃棄のないデザインや資源の無駄のない利用を促す姿勢は、この数年で広まったように感じられるが、ここで見落とされやすい視点がある。それが、循環の「速度」である。
たとえ廃棄物が出ない仕組みを作っていても、再生素材を使っていても、モノがあまりに速いスピードで流れ続ければ、環境負荷は低減しない。生産、輸送、再生に必要なエネルギーの総量が膨らみ、結局は自然への負担が高まってしまうからだ。今の経済は、まるでモノの循環を閉じることだけでなく、それを「もっと速く多く回すこと」までも必要とされているかのようである。本当はどれくらいの速度が適切なのだろうか。
自然界に目を向けてみると、自然には独自のリズムがある。川は雨水を集めて海へと流し、海水はやがて蒸発して再び雨となり、ゆっくりとした循環を繰り返す。土壌は長い年月をかけて栄養を蓄え、生態系の基盤となっていく。
そんな自然が土台となって生きるにもかかわらず、人間の経済は自然の流れと比べてあまりに速い。リサイクル素材が使われても、短期間で新作が登場し、すぐに手放されるサイクルが続けば、結果的に生産と消費の総量は減らないままだ。コンポストも似ている。食材を燃やすより堆肥にした方が二酸化炭素の排出は減るかもしれないが、そもそもの廃棄量が多ければ、自然の再生速度を超えてしまい、良い堆肥は生まれない。
循環経済への移行は、前向きな兆しである。ただし、経済の速度を自然のそれに近づけるために「スローにすること」をどこまで許容できるか。それが本質的な問いである。
「スロー」と聞くと、不便さや停滞を思い浮かべ、雇用が失われるのではないかと懸念する人も少なくない。たしかに、貨幣を獲得し続けなければ生活が苦しい現代社会のシステムにおいては、「スロー」は危うく見える。
しかし、その社会システムの前提にもテコ入れをすることで、遅さは必ずしもマイナスではなくなる。たとえば、フルタイム労働や貨幣経済への過度な依存から離れ、多様な働き方や地域内での助け合いを広げることで、「スロー」はむしろ暮らしの安心を支える選択肢になり得る。
それは、物質的な豊かさから体験的な豊かさへのシフトでもある。モノの所有に価値を置きすぎると、いち早く手に入れることが重要なためスピードが必要になる。一方、体験的な豊かさに価値を置くとどうだろうか。自分で作った発酵食品が熟成するのを楽しみながら待つとき、海外から数週間かけて帆船で届く荷物をオンライン投稿で見守るとき──スピードが速すぎると、むしろもったいないのだ。
つまり「スロー」の享受は、ローカルに閉じて世界から距離を置くこととは異なる。人やモノの動く範囲を制限するのではなく、その生産全体で必要とされるエネルギーの種類と総量に意識を向けることが重要である。そのため、グローバル経済は必ずしも悪ではない。
筆者自身、学生時代に海外を訪れて得た学びや、海外から届いた本が、人生を大いに豊かにしてくれた。だからこそ、将来世代にも自然と調和した形で人・モノが国境を越える社会を残したいと願っている。
リニア経済から循環経済への移行が急がれる今、「ループを閉じる」という目先の目標だけではなく、「どの速度で回すのか」に目を向けてみるべきである。自然の時間に寄り添い、経済が自然の栄養の一部として機能する社会。そんな社会が実現するならば、そこには即時的な便利さではなく、時間をかけることの豊かさがあるはずだ。
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Featured image created with Midjourney (AI)
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