「足るを知る」を国策に。脱成長と公正な移行の起点となる「十分政策(Sufficiency Policy)」のいま

Browse By

本コラムは、2026年2月5日にIDEAS FOR GOODのニュースレター(毎週月曜・木曜配信)で配信されました。ニュースレター(無料)にご登録いただくと、最新のコラムや特集記事をいち早くご覧いただけます。

▶️ニュースレターの詳細・登録はこちらから!

有限な地球で、無限の成長を続けることはできるのか。

そんな根源的な問いとともに、「脱成長(Degrowth)」という言葉が、気候危機をめぐる議論の中でたしかな存在感を放つようになってきた。脱成長とは、社会全体におけるエネルギーや資源の使用量を計画的に減少させる、政治的・経済的な変革を指す言葉だ。

しかし、その理念への共感とは裏腹に、脱成長はしばしば「思想」にとどまり、社会を具体的に動かす力を持ち得ないという批判も根強くある。どうすればGDP以外の「豊かさ」に向かって、社会を具体的に動かしていけるのか。そのための道筋、とりわけ政策レベルの処方箋が、これまで明確ではなかった。

この状況に変化をもたらす可能性を秘めているのが、「十分政策(Sufficiency Policy)」だ。これは単に「成長を止めるための政策」ではない。むしろ「社会として、どこで“足りている”と合意するか」を制度化しようとする試みである。

十分政策は資源やエネルギーの「需要そのもの」に目を向け、過剰な消費や生産をいかに抑制し、人々の幸福に必要な水準を確保するかに焦点を当てている。十分政策は、脱成長という抽象的な理念に、具体的な政策の言葉と実装の可能性を与えるアプローチなのだ。

その具体的な姿は、近年のヨーロッパにおけるエネルギー政策に現れている。フランス政府は2022年、「エネルギー十分性国家計画(Plan de sobriété énergétique)」を発表した。これは短期的な節電要請にとどまらず、建物の断熱改修や交通インフラの整備までをも視野に入れた、構造的な変革を目指すものだ。同様に、ドイツ政府の気候専門家評議会も、2045年の気候中立という法的目標の達成には、「十分性」の観点が不可欠だと提言している。

これらは、エネルギー問題の解決策を供給サイドだけに求めず、「そもそも、私たちはどれだけのエネルギーを必要とするのか」という問いを公の議論に乗せた点で画期的だった。十分性はもはや個人の倫理や節度の問題ではなく、国家が戦略的に取り組むべき政策課題となりつつある。

十分政策の射程は、私たちの消費行動を形づくる社会環境そのものにも向けられる。フランスでは、化石燃料に関する広告を段階的に禁止する法律が成立した。この規制は、消費を「個人の自由な選択」の結果としてのみ捉えるのではなく、一部の広告がいかに過剰な欲望を喚起しているかを問うものだ。もちろん、こうした規制は「表現の自由」との緊張関係をはらんでおり、誰がどのような権限で規制するのかという問題から逃れることはできない。

さらに議論は、住居というプライベートな領域にまで及びつつある。一人当たり居住面積の拡大は、暖房や建設に伴う環境負荷を増大させる。これまで個人の選択とされてきた「どのくらいの広さの家に住むか」が、政策の射程に入り始めたのだ。しかし、何をもって「十分な広さ」とするかは文化や家族構成によって大きく異なり、新たな社会的排除につながらないよう、慎重な制度設計が求められる。

このように議論が進む十分政策だが、希望とともにその「影」にも目を向けなければならない。十分政策は、常に管理・規律・排除の危険性を内包している。「誰が、何を基準に『十分』を定義するのか」という権力性の問題は、避けては通れない問いだ。

また、十分性という思想はヨーロッパ固有のものではないことにも、留意しておく必要があるだろう。南米の先住民思想に由来する「ブエン・ビビール(よく生きる)」は、自然との調和やコミュニティの関係性を中心に据える世界観だ。日本にも「足るを知る」や「身の丈」といった、過剰を戒める文化が根付いてきた。これらの価値観は、十分政策を人々の暮らしに結びつけ、「何をもって十分とするか」を市民自身が考えるための土台となるはずだ。

グアテマラ先住民族に学ぶ、善き生き方「ブエン・ビビール」とは?

十分政策は万能な答えではない。それでもなお重要なのは、経済成長でも市場原理でもない「第三の判断軸」を、公共政策の世界に打ち立てようとしている点にある。「どのような社会で、何をもって“足りている”と見なすか」という、より本質的な問いを私たちに投げかけているのだ。

この記事を読み終えたあと、ぜひ一度考えてみてほしい。あなたの生きる社会では、一体何が過剰で、何が不可欠なのだろうか。そして、その「十分」のラインは、どこに引かれるべきなのか。その問いの輪郭を、私たち自身の言葉で描き出すこと。それこそが、次なる社会を構想する始まりとなるはずだ。

【関連記事】脱成長とは何か。世界で広がる“成長神話”への懐疑
【関連記事】「なーんもない」が、何よりの豊かさの源。沖縄の「今帰仁ウェルネスツアー」体験レポート

ニュースレターの無料登録はこちらから

IDEAS FOR GOODでは週に2回(毎週月曜日と木曜日の朝8:00)、ニュースレターを無料で配信。ニュースレター読者限定の情報もお届けしています。

  • RECOMMENDED ARTICLE: 週の人気記事一覧
  • EVENT INFO: 最新のセミナー・イベント情報
  • VOICE FROM EDITOR ROOM: 編集部による限定コラム

編集部による限定コラムの全編をご覧になりたい方はぜひニュースレターにご登録ください。

FacebookX