成長を前提としないビジネスは可能なのか?研究者が語る「脱成長ビジネス」の基準と現在地

2026.08.18

日本のビジネス界でも、環境や社会問題への関心の高まりとともに「脱成長」という概念が語られる機会が増えている。しかし、その議論の多くは依然としてアカデミアの域を出ず、現実のビジネスにおいて「成長を追い求めない経営が成立するのか」という具体的なイメージを持てずにいる人も多いだろう。

「サステナビリティを掲げながらも、なぜ企業は成長の呪縛から逃れられないのか」──この構造的な課題に正面から挑み、脱成長の理論と実務の橋渡しを試みる実践者たちがいる。 International Degrowth Network(脱成長を研究・推進する人々や組織のオンライン・コミュニティ・ネットワーク)のビジネス・実践サークルで活動するイェンドレク・ナドルニ氏とジョシェル・ラグイポ=ストシャコフスカ氏だ。二人は現在、脱成長を「現場で使えるビジネス基準」へと落とし込むプロジェクトを推進している。

本記事では、そもそも脱成長ビジネスとはなにか、所有権のあり方や評価ガイドライン、そして拡大に依存しない「スケール」の再定義まで、二人に話を聞いた。

話者プロフィール:Jędrek Nadolny(イェンドレク・ナドルニ)

Jędrek Nadolnyポーランド出身。生物学および神経科学を専攻後、欧州委員会や欧州の産業団体にて、「欧州グリーンディール」における製品サステナビリティやサーキュラーエコノミー政策に従事。その実務経験を通じて、従来の「グリーン成長」アプローチでは必要なシステム転換をもたらすことができないと痛感する。その頃に脱成長の思想に出会い、バルセロナ自治大学(UAB)の脱成長修士課程へ進学。国際脱成長ネットワーク(IDN)に加入し、ビジネス・実践サークルの一員としてオルタナティブなビジネスモデルの研究・探求を行っている。

話者プロフィール:Jochelle Laguipo-Strzalkowska(ジョシェル・ラグイポ=ストシャコフスカ)

Jochelle Laguipo-Strzalkowskaサステナビリティおよび再生可能エネルギーの研究者・実践者。2024年にダブリンシティ大学にて博士号(PhD)を取得。博士研究において、再生可能エネルギー事業を単なる財務的観点だけでなく、環境・社会・長期的経済価値から多角的に評価する「True Value Framework」を開発。専門分野は再生可能エネルギー(グリーン水素)、循環型経済、ドーナツ経済学、脱成長、気候変動政策など。2023年には「Young Engineers Cork」を共同設立し、リサイクル品やブロック教材等を用いたSTEAM教育を通じて、次世代のエンジニア育成にも取り組む。IDNでは脱成長ビジネス基準策定の共同リードを務める。

現場の違和感から脱成長へ──政策と工学、それぞれの軌跡

脱成長という概念を現実のビジネス現場で機能する評価基準へと落とし込もうとする二人のアプローチ。その背景には、既存の制度や技術の限界を現場で身をもって知る、彼ら自身のキャリアがあった。

ナドルニ氏「私は以前、欧州委員会やコンサルティング会社において、大手繊維企業をはじめとする産業界とともに、循環型経済や化学物質規制といったサステナビリティ政策の策定に携わっていました。ですが、3年ほどその現場で経験を積む中で、強い批判的な意識が芽生えてきたのです。リサイクルを主とした従来の循環型経済アプローチだけでは、現代の環境危機に対してまったく不十分であるという現実に直面し、もっと根本的なアプローチを探求したいと考えていたときに脱成長の思想に出会いました」

一方、機械工学の博士号を持つラグイポ氏は、再生可能エネルギーという「技術的解決策」の最前線にいたからこそ、経済システムそのものが抱える構造的なバリアに突き当たっていた。

ラグイポ氏「私の専門は、グリーン水素システムをはじめとする再生可能エネルギー技術の設計でした。脱炭素化を通じて気候危機に立ち向かうための『解決策』とされる技術を長年研究していたのですが、研究を深めれば深めるほど、ある疑念を抱くようになったのです。私たちが直面している持続可能性の危機は、決して技術的な問題ではなく、極めて構造的な問題。気候危機に対処するための技術自体はすでに存在しています。ですが、『化石燃料に比べて高すぎる』『投資回収の競争力がない』といった理由で導入が阻まれてしまう。

成長を求められ続ける限り、どれだけ効率的なグリーン技術を導入しても、搾取的な成長経済を動かし続けるだけで本質的な変化は起きません。だからこそ、効率性だけでなく『私たちはどのような世界を望み、そのためにどのようなエネルギーや経済システムが必要なのか』というまったく別の問いを立てる必要がありました」

こうして現場での構造的な限界に突き当たった二人は、国際脱成長ネットワークで合流。学術的な理論と、現場で手探りの実践を続ける人々の知恵を往復させながら、脱成長ビジネスの評価基準を構築するプロジェクトを開始した。

なぜ「利益」と「権限」を切り離す必要があるのか?

二人はまず、ポスト成長ビジネス研究者であるジェニファー・ヒントン(Jennifer Hinton)氏の研究に基づく分析フレームワークを提示する。これは、脱成長型のビジネスモデルへとシステム構造を転換するにあたり、企業が考慮すべき「5つの組織的次元」をピラミッド型で整理したものだ。

ピラミッドの最上部には「規模や範囲」、その下にミッションの反映やリソースの運用方法を示す「戦略(サステナビリティ戦略などもここに位置する)」があり、中層に「ガバナンス構造」、そして最も深い土台に「法人形態」と「利益との関係性」が位置する。上層の戦略や規模は表面的な変更が容易であるのに対し、土台となっている「利益との関係性」や「所有構造」ほど、変えることが困難であり、同時にビジネスの本質を決定づける。

現在主流となっているビジネスにおいて、サステナビリティの取り組みがグリーンウォッシングに陥る一因は、最下層にある「利益追求の動機」を変えないまま、最上層の「戦略」だけを変えようとするからだ。ナドルニ氏は、この構造こそが企業を成長の呪縛に縛り付ける根本原因だと説明する。

ナドルニ氏「従来の企業構造では、経営権と利益の受給権が一体化しています。小規模な会社であれば、非常に強い倫理観やサステナビリティへの明確なミッションを持ったオーナーも存在するでしょう。ですが、意思決定と自分自身の得られる利益が直結している以上、自意識的であれ無意識であれ、利益を抽出したくなる潜在的な誘惑からは逃れられません。さらに規模が大きい企業になれば外部投資家を募ることになりますが、金融セクターの投資家が求めるのは主に短期的な資金の回収です。結果としてミッションは二の次になり、コストカットや利益追求へと追い込まれていく。だからこそ、意思決定の権限と、利益を得る権利を法的に分離することが何よりも重要になります」

この「権限と利益の分離」を実現する具体的な法的選択肢として、二人が注目しているのが「スチュワード・オーナーシップ」だ。議決権は企業を実際に運用しミッションを守る人々に限定され、株式の配当金は売却・抽出されることなく、社会還元やミッション達成のために再投資される。 ラグイポ氏は、この所有構造の変更こそが、脱成長ビジネスを単なる一時的なトレンドで終わらせないための絶対条件であると強調する。

ラグイポ氏「企業がどれほど美しく意義のあるミッション声明を掲げていても、あるいはどれほど労働者協同組合のような民主的なガバナンスを備えていたとしても、ある日投資ファンドに買収されてしまえば、一瞬で無力化されてしまいます。所有構造そのものを変更し、企業のパーパスを法的にロックしない限り、他のどのような持続可能な取り組みも常に脆弱であり続けます。スチュワード・オーナーシップのように、利益追求の動機を構造的に抑え込む仕組みがあって初めて、脱成長へ向けたチャレンジは持続的なものになるのです」

アパレルブランドのパタゴニアは「脱成長ビジネス」と言えるのか?

二人は脱成長の価値観に基づき、ヒントン氏のフレームワークを拡張させる形で、この「利益との関係性・所有構造」を含む「8つの評価基準」を提示している。

  1. 利益との関係性・所有構造(Relationship to profit / ownership):利益の最大化を求める圧力を構造的に抑え込む法的セットアップや所有形態をとっているか
  2. ガバナンス(Governance):意思決定の権限が、働く労働者や地域コミュニティに開かれ、共有されているか
  3. 地域性(Locality):グローバルな拡大ではなく、地域社会のニーズを満たし、地元の資源や素材を活用しているか
  4. 目的(Purpose):単なる商品の販売ではなく、ケアの活動に焦点を当てているか
  5. 充足性(Sufficiency):地域のニーズが満たされた段階で生産や成長を自ら制限し、生物圏への負荷や物質の消費フローを最小限に抑えているか
  6. コンヴィヴィアリティ(Conviviality):人々やコミュニティの間に温かな繋がりを生み出しているか。労働者が疎外されず、商品やサービスが過度に「商品化」されていないか
  7. 自律性(Autonomy):既存の資本主義的代替品に関して、消費者へ便利で魅力的な選択肢を提供し、志を同じくする事業者同士で自立したネットワークを形成しているか
  8. 脱植民地性(Decoloniality):グローバル・サウス(途上国・先住民地域)コミュニティの経済的主権を支援し、南北問題の構造的搾取を助長していないか

この基準に照らし合わせたとき、避けては通れない事例が存在する。2022年に創業者が所有権を非営利団体と信託へ譲渡し、実質的なスチュワード・オーナーシップへと舵を切ったことで世界に衝撃を与えたアウトドア衣料大手「パタゴニア」だ。 環境配慮型ビジネスの象徴である彼らは、果たして「脱成長ビジネス」の完成形と言えるのだろうか。

取締役を「自然」にする会社と、株主を「地球」にするパタゴニア。二つの事例から考える、企業のあり方

ラグイポ氏「パタゴニアの取り組みは非常に刺激的であり、革新的な一歩であったことは間違いありません。所有権を信託に移して全利益を気候変動対策に直結させた法的なパーパスの変革や、修理ガイドをオンラインで公開して他社とも共有する『知識のコモンズ化』の実践は、脱成長の基準に照らしても高く評価できます。

ですが、彼らがどうしても超えられていない最大のギャップは『充足性』の観点にあります。どれほど環境に優しい取り組みを行っていても、彼らは本質的に『新しい服を売り続けること』で成り立っているアパレル企業です。かつて彼らは『Don’t buy this jacket(このジャケットを買わないで)』という有名な広告を出しましたが、結果としてその広告はブランドの価値を高め、売上を伸ばすマーケティングとしても機能してしまいました。

もし本当に充足性を追求する脱成長ビジネスであるならば、年間の生産量に制限をかけたり、成長を抑止するプロトコルを導入したりする必要があります。また、グローバルな巨大サプライチェーンを維持している以上、人権課題や中間搾取といったリスクを完全にコントロールすることは極めて困難であり、高価格帯ゆえに裕福な層しかアクセスできないという階級的な問題も残されているでしょう」

一方、ナドルニ氏は、製品を新しく作って売ること自体を目的としない、より先進的な変化を起こしているオルタナティブな実践者の存在を明かす。

ナドルニ氏「パタゴニアのような大企業が現在の枠組みから脱却するのは構造的に極めて困難です。一方で、私たちが協働しているドイツのKreislerのような事例は、まったく異なるアプローチをとっています。彼らは新しい製品を製造して売る代わりに、会員費を払った人々が集まり、熟練した修理人の指導のもとで手持ちの道具を自分で修理したり、修理してもらったりできる、プロシューマー(生産消費者)コミュニティ『修理ショップ』を提供しています。モノを販売するのではなく、関係性やコミュニティを構築することで、社会に必要な製品の絶対数を減らしていくという思考の転換です。

また『Re-Action Collective』のように、バージン素材を一切使用せず、既存の廃棄衣料のみを再利用し、パラアスリート向けなどの1点物ウェアをカスタムメイドしている組織や、イギリスの『Wildish』のように年間の生産量に制限を設け、得た利益をローカルなコミュニティ活動へ還元する企業も存在します。過剰に存在する廃棄物ストリームのみを活用したり、利益を地域の繋がりに還元したりする姿勢こそ、枠組みの外に出た脱成長ビジネスの姿だと感じます」

「拡大」ではなく「深耕」へ──スケールの捉え直し

製品の製造量を制限したり、特定のローカルコミュニティに密着したりするビジネスモデルを聞くと、「それでは規模が小さすぎて、社会全体を変えるインパクトを持てないのではないか」という疑問を抱く人もいるだろう。しかし、ナドルニ氏とラグイポ氏は、その疑問自体が「成長至上主義のパラダイム」に捉われているものだと指摘する。

ナドルニ氏「『インパクトを拡大したい』と考えたとき、主流のビジネスは単一の組織を巨大化させようとします。ですが、脱成長の文脈においては、ローカルな関係性やコミュニティとの結びつきこそが重要です。規模が大きくなりすぎると、地域の本当のニーズが見えなくなり、サプライチェーンとの距離も離れて透明性が失われてしまう。だからこそ、単一の企業を大きくするのではなく、地域に根ざした類似の小規模なビジネスモデルを水平方向に普及させていく『社会的分散』のようなアプローチが有効になります。そうすることで、ローカルな関係性を保ったまま社会的なインパクトを拡大することができるのです」

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続いてラグイポ氏も、ビジネスにおける「成功」の定義を「拡大」から「深耕」へと移し替える必要性を説く。

ラグイポ氏「主流のビジネスにおけるスケールとは、売上高、市場シェア、従業員数、生産量を常に大きくすることを意味します。ですが、脱成長におけるスケールとは、組織の物理的なサイズを大きくすることではありません。私たちが目指すスケールとは、自分たちが果たすべきミッションや、地域社会・生態系との関係性を『より深めること』へと意味を転換させることなのです。大きさを競うのではなく、深さを追求すること。この視点の転換があって初めて、ビジネスは肥大化の呪縛から解放されるでしょう」

日本の文脈から紡ぎ出す、脱成長の未来

所有構造の転換、質の高い充足性の追求、独立拠点の分散拡大、そして「深さ」としてのスケーリング──彼らが提示するフレームワークは、従来のビジネスの前提を根底から揺さぶる。しかし、これらを現実のキャリアや自国の社会の中でどのように具体化していけばよいのだろうか。

インタビューの最後、日本の読者や起業家に向けたアドバイスを求めると、ラグイポ氏は西洋の理論をそのまま持ち込むことに対する警戒感を示し、日本の文化的な手触りに目を向けるよう呼びかけた。

ラグイポ氏「無理に外国から脱成長の新しいアイデアを輸入したり、ゼロから何かを作り直したりする必要はありません。日本にはすでに、脱成長やサステナビリティの精神と深く共鳴する素晴らしい文化的価値観が豊かに存在しています。例えば、割れた陶器を隠すのではなく漆と金で美しく修復して愛でる『金継ぎ』の思想は、まさに製品の寿命を大切に引き延ばし、今あるものを尊重する充足性の実践そのものです。大切なのは、自分たちの足元にある文化的知恵と脱成長の理論を重ね合わせ、自らの社会が抱える独自の課題に対してアジャストさせていくことなのです」

ナドルニ氏もまた、足元の地域社会や自分自身の働く動機に向き合うことの大切さを強調し、次のように結んだ。

ナドルニ氏「自分たちのビジネスが、マーケティングによって『不必要なニーズ』を人工的に作り出していないか、それとも地域社会の本当のニーズに応え、人々の主体性を高めているかを素直に問い直すことから始まります。正直に言って、脱成長の文脈でビジネスを行うことは、短期的に大きな金銭的富をもたらすわけではありません。私たちが対話してきた実践者たちも、決して大金を稼いでいるわけではないのです。ですが、彼らは従来の資本主義的な労働では決して味わえない、まったく別の質の報酬──地域との深い繋がり、自分の仕事に対する心からの納得感、そして本当の意味での生きがいを手に入れています。その価値に気づくことこそが、新しい働き方への一歩になるはずです」

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編集後記

脱成長ビジネスとは、単に従来のビジネスの「環境配慮バージョン」ではない。それは、私たちが自明のものとして受け入れてきた「稼ぎ続け、拡大し続けること」のゲームそのものから一旦降りるという根本的な転換である。

もちろん、長年身体に染みついた「成長」を手放すことには、少なからぬ不安や恐怖が伴うだろう。しかし、その手放すストレスを恐れて現状維持にしがみつき続けるならば、私たちはいずれ地球環境の破壊や人間性の喪失という、比較にならないほど巨大な代償を支払うことになる。

筆者の身近には、「自分の給料はもうこれで十分だ」と語る人たちがいる。そもそも、私たちに無限の富や無制限の成長は本当に必要なのだろうか。どのような生活を送り、どれくらいの蓄えがあれば、自分にとっての「十分」と言えるのか。この問いに個人として、そして企業として向き合い、上限を見極める覚悟を持たない限り、過剰な膨張が引き起こす破綻からは逃れられない。

無限の拡大という幻想を手放し、自らにとっての「十分さ」を定義すること。その果敢な一歩を踏み出すための思考のフレームワークこそが、彼らの提唱する脱成長ビジネスなのかもしれない。

【参照サイト】International Degrowth Network
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この記事を書いたライター

伊藤 恵(いとう めぐみ)。京都生まれ、東京育ち。大学院では都市社会学を学び、シンガポールを対象としたフィールドワークを通じて、大都市における人々の暮らしと都市の緑との関係を探究。現在はロンドンを拠点に、イギリスをはじめとする欧州のサーキュラーエコノミーに関する情報発信、レポート執筆、講演などを行っている。関心テーマは、まちづくり、ジェンダー、新しい経済や働き方。認定ファシリティマネージャー、CSRリーダー。(この人が書いた記事の一覧