取締役を「自然」にする会社と、株主を「地球」にするパタゴニア。二つの事例から考える、企業のあり方

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2022年9月、イギリスのエジンバラに本社を置く美容ブランド「Faith In Nature」は、世界で初めて「自然」を取締役に任命したと発表した。一見すると、何かの悪ふざけか、世間の注目を集めるためのメタファーと疑われるかもしれないが、法的根拠を持った至って真剣な取り組みだ。

Faith In Natureは、物言わぬ「自然」に代わって意見を述べ、議案への賛否を表明する人物を取締役会のメンバーに加えるための定款変更を行った。この新たな取締役会メンバーは、法的には未成年者に代わって法律行為を行う後見人のようなもので、いわば「自然の守護者」と呼ぶべき存在である。その初代「自然の守護者」として、エセックス大学ロースクールで教鞭をとるBrontie Ansell氏が取締役に就任した。

「自然の守護者」が機能するための3つのカギとは?

今回の決定にあたり、Faith In Natureでクリエイティブディレクターを務めるSimeon Rose氏は、「我々はこれまでも『自然』を企業活動の中心に据えてきた。今回の決定はこれまでの取り組みを一歩先に進めるものであり、『自然』へのポジティブな影響をもたらすと同時にネガティブな影響を最小化するにはベストな方法だ」公式サイトで述べている。

この世界初の「自然の守護者」が機能するためのカギが3つある。第一にその独立性を確保することだ。企業の取締役の報酬は、「固定部分」と「業績連動部分」の二階建てとなっている。Faith In Natureは、「自然の守護者」が業績などの要素に左右されず「自然」の立場を代弁できるよう、他の取締役とは異なる報酬体系を用意した。

次に、その責務を果たすためのサポート体制だ。「自然の守護者」としての取締役ポストには環境問題に詳しい人物が就任することが想定されているが、一口に「環境」と言っても生物多様性、環境汚染、省エネルギーから水資源まで幅広く、すべてに精通しているとは限らない。そこでFaith In Natureは環境分野の専門家で構成する専門委員会を設置し、「自然の守護者」が委員会の助言を参考に判断を下せるようにした。

最後、3つ目のカギは透明性だ。Faith In Natureは、「自然の守護者」の主張に沿うものであってもなくても、取締役会での決議内容をその理由とともにすべて社外に開示することを約束した。これにより「自然の守護者」が単なるお飾りではないことを示し、グリーンウォッシングといわれるリスクも回避することができる。

パタゴニアの創業者の決意「地球が唯一の株主」

Faith In Natureとは違ったアプローチで、企業の環境問題へのコミットメントを高めようとしているのが、環境問題への熱心な取り組みで知られる米アウトドア用品会社パタゴニアだ。

同社は2022年9月に創業者であるイヴォン・シュイナード一族が保有する株式をすべて信託とNPO団体に譲渡したことを公表した。これにより、パタゴニアの議決権株式(発行済株式の2%)は新設した「Patagonia Purpose Trust」、無議決権株式(同98%)は環境保護活動を目的とするNPO団体「Hold Fast Collective」がそれぞれ保有することになった。

株式譲渡の狙いは2つ。第一に、創業者一族の意向に関係なく永遠に環境保護を目的とする営利企業としてビジネスを行う環境を確保すること。83歳となった創業者イヴォン・シュイナード氏の死後を考えれば非常に重要な点だ。

もう一つが、最終利益から事業に再投資する金額を控除した額、およそ1億ドルが毎年配当金としてHold Fast Collectiveに支払われ、環境保護活動に充てられる。パタゴニアは売上高の1%を環境保護活動に寄付しているが、それに1億ドルが上乗せされるわけだ。

パタゴニア

Image via Patagonia

国内外で広がる役員報酬とESG指標の連動

紹介したFaith In Natureとパタゴニアはかなり先進的な事例だが、機関投資家からの強い要請を背景に、上場企業の間で取締役の報酬とESG指標を連動させる動きが広がっている。

2022年3月の調査によると、英国では主要企業の66%、米国は51%が役員報酬をESG指標と連動させている。一方、日本では日経225企業の19%にとどまっているが、東証プライム市場上場企業を中心に欧米にキャッチアップすることが期待されている(※1)

日経ESGの調査によると、日本企業では業績連動部分の5〜10%、報酬全体の2〜4%をESG指標に連動させている(※2)。短期的な利益の追求と長期的な環境問題や社会課題の取り組みを両立するサステナブル経営が求められているが、やはりインセンティブがなければ人間は本気にならないということであろう。

Faith In NatureのSimeon Rose氏は英ガーディアンの記事「我々を先例として『自然の守護者』を採用する企業がどんどん現れてほしい。制度導入のノウハウを喜んで共有したい」と述べている。

グリーンウォッシングの問題や、まだまだ仕方なくESGに取り組んでいる企業も少なくない。このFaith In Natureやパタゴニアの事例が、企業として環境問題・社会課題の解決のために今何ができるかを考えるきっかけとなれば幸いだ。

※ 1 一般社団法人信託協会 ESG版伊藤レポート
※2 日経ESG 【日経ESG調査】役員報酬にESGを組み込む企業 課題解決と連動、日本にも
【参照サイト】Faith In Nature ホームページ
【参照サイト】The Guardian Eco beauty company ‘appoints nature’ to its board of directors
【参照サイト】パタゴニア プレスリリース PATAGONIA’S NEXT CHAPTER: EARTH IS NOW OUR ONLY SHAREHOLDER

Edited by Erika Tomiyama

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