アンコール・ワットで有名なカンボジアのシェムリアップには、地元の人や観光客に大人気のサーカス団がある。それが Phare(ファー), the Cambodian Circus(以下、Phare)だ。実はこのサーカス団は、Phare Ponleu Selpak(PPS)というNPOによって運営されている、社会的企業(ソーシャルビジネス)である。
今回、このサーカス団が拠点とするシェムリアップと、NPOが運営するサーカス学校があるカンボジア第二の都市バッタンバンを訪れ、サーカス団の成り立ちから運営の仕組み、学校の様子まで話を聞いてきた。これからカンボジアに行かれる方は、シェムリアップでサーカスショーを鑑賞することをぜひ検討してみてはいかがだろうか。
サーカス団の母体となるNPO
サーカス団Phareの母体は、PPSというNPOである。このNPOは、1994年のカンボジア内戦時に、難民キャンプで絵を描くアートセラピーを経験した9人のカンボジア人青年によって設立された。内戦終了後、子供たちが絵を描くことで言葉にはできない感情を表現する場を提供するコミュニティスクールとしてスタートした。
当初は戦争のセラピー目的で設立されたが、アートの才能を発揮する生徒にさらなる機会を与えるために、絵画に加え、音楽やサーカスクラスも開講されるようになった。現在では、幼稚園、小学校、中学校、ビジュアルアートスクール、パフォーミングアートスクールを運営している。
貧困や孤児だったり、人身売買、DVを経験したりと、さまざまな家庭の子供たちが通っている。サーカスを学べるパフォーミングアートスクールは試験も授業料もなく、現在約1000名ほどの生徒がそこで学んでいる。
村の小さな学校から、シェムリアップのサーカス団Phareで活躍するアーティストたちが日々生まれているのだ。
サステナブルなソーシャルビジネスPhare
NPOのミッションである「アートを通した子供たちの支援」を実現するうえで、サーカス団Phareは主に3つの役割を担っている。まずNPOの財政的なサステナビリティを担保している点だ。
PPSが運営する学校とサーカス団Phareは運営上、別の組織である。しかし、Phareの株式の75%はPPSが所有し、配当はすべて学校に還元される。他の投資家にはグラミン財団などが含まれており、配当を社会的大義に使うことが条件として掲げられている。
また、サーカスで上演されるショーの多くは学校で生徒と先生によって作られているため、Phareは配当金の還元とは別に、著作権料も支払っている。現在、学校予算の40%がサーカス団からの利益であるが、2030年までには80%から100%にまで伸ばすのが目標だ。
二つ目は、学校の卒業生や他のアーティストに雇用の機会を与えることだ。スキル・才能があってもそれを生かし評価してもらえる場がなければ、アーティストとして生きていくことは難しい。その点、Phareが学校の卒業生に仕事の機会とチャンスを提供していることは重要である。さらにPhareで働く劇団員の給料は月給400ドルほど。カンボジアの公務員の月給が 250ドルほどであることを考えると、かなり良い給料をもらっていることになる。
そして最後に、カンボジア伝統文化を促進する役割もある。サーカスショーでは、カンボジア人と外国人の習慣の違いや、カンボジアにおける米文化の重要性などについて楽しく学ぶことができる。
このように、財政面、雇用面、文化面でサステナビリティを提供している点が、Phareの強みであろう。カンボジアが自立し発展していくためには、Phareのようなソーシャルビジネスがさらに必要だと、セールス&マーケティング担当のCraig氏は言う。
「かわいそうという気持ちから物乞いにお金をあげることは、ネガティブなインセンティブを与えることになるので、結果として良くないと思います。なにもしなくてもお金がもらえるというメンタリティを生み出してしまう。でも、それではずっと同じ状態が続くだけでなにも変わらないです。これからは、ソーシャルビジネスが必要で、Phareのようにスキルを身につけた後にそれを生かす機会を作り出すことが重要です。」
小さなサーカス団が口コミで広まる
今でこそシェムリアップ観光の一大名物となっているサーカス団Phare。しかし2013年にサーカスショーが始まった当初は、観客が10名弱しかいなかったという。そこからどうやって周知し集客したのだろうか。
Craig氏は「口コミ」だと説明してくれた。SNSでのシェアやトリップアドバイザーでのレビューで自然に広まってきた。ハイエンド層はユニークかつ本物で、お金が大義に使われることを好むので、今後はそこを狙ってもっと広めていきたいと言う。ほかにも、メディア関係者やジャーナリストが泊まるホテルのスタッフなどとも関係性を築き、メディア露出につなげている。
もともとPhareの成り立ちの背景を知ってサーカスを見にきている人は多くないとCraig氏。つまりサーカスの実力でここまで有名になったのだろう。
異なる国と価値観のなかで、それぞれの生き方を考える
ここまでは主にPhareの成り立ちやビジネスの仕組みについて説明してきた。学校でサーカスを学んだ卒業生がサーカス団で働き、生み出した利益がまた学校へと還元される。田舎の学生がスキルを身につけ、表現する場に恵まれ、家族をサポートする十分な収入を得て、スターとなる。とても素晴らしいサイクルだ。
筆者もショーを鑑賞した。迫力満点のパフォーマンスに、ほぼ満席の会場からスタンディングオベーションが起きたほど、素晴らしいショーだった。
しかし実際にサーカス団で働いているアーティストたちにも葛藤があり、さまざまな生き方について考えさせられる。農村地域では、将来なにになりたいかを考えるよりも、今日の食べ物を心配し、なんのために働くのかという問いに対しても、「食うため」という人がまだまだ多い。
そのなかで、実用的ではないアートを学ぶことに対して家族の同意を得るのは簡単ではない。とくにカンボジアで女子が田舎を出て働くことは大きなプレッシャーとの葛藤である。また、家を出て一人暮らしをし、銀行口座も作ったことのない人が初めて自分で大金を稼ぐことは、私たちの想像以上に大きな変革であろう。
そして、海外で活躍できるほどの才能があっても家族と離れたくないという劇団員も多い。海外遠征をする際に食事代としてお金を渡しても使わずに、家族のサポートに残すほどだ。
ほかにも、プロのアスリートとして意識が足りなく、きちんと自分の身体をケアしたり、栄養補給を習慣化することが難しいという課題もある。
プロのアーティストとして海外で活躍する人、地元に残って家族のそばにいる人、サーカス団で稼いだお金で別のビジネスを始める人。どれが正解ではない。ただ人生でなにを大切にし、どう生きたいかが違うだけ。異なる国と価値観のなかで、それぞれの人生について考えてしまうひとときだった。
【参照サイト】Phare, the Cambodian Circus
【参照サイト】Phare Ponleu Selpak