シンガポールにあるエシカルなネイルサロン。その裏にある社会起業家の想いとは?

2019.07.06

Nagisa Mizuno

社会問題をビジネスで解決しようと、ソーシャルビジネスを始める人は多い。しかし、消費者の問題への関心の低さや、資金やスタッフの不足などといった壁にぶち当たり、どう広めていけばいいのかと悩んでいる団体や経営者は多いだろう。

筆者が訪ねたシンガポールでも、同じ状況にある社会起業家のCherylに出会った。彼女は、ライフスタイルストアとネイルサロンを経営しながら、シンガポールで環境や社会問題に対する人々の意識を高めようと活動している。今回、彼女の活動やソーシャルビジネスを運営するうえで大切にしていることについて話を伺ってきた。

創業者のCherly

身体も心もいたわるネイルサロン「The Nail Social」

彼女が運営しているのは、「The Nail Social」(ネイルソーシャル)というネイルサロンである。2014年にスタートしたソーシャルビジネスで、社会的・経済的に恵まれない女性たちに職業訓練を提供し、毒性がなく動物実験もおこなわない塗料を使用している。なぜネイルサロンで、ソーシャルビジネスを始めたのか。

「ネイルソーシャルを起業する前、自分のビジネスを長年やってきました。直近では、投資家のパートナーとバックパッカーホステルを運営していました。しかし、『お金儲けのため』という彼のモチベーションに、賛成できなかったんです。ビジネスオーナーとして社会に変化を生む機会がたくさんあることに気づいたので、もっと良い方向でビジネスをしたいと思っていました」

ネイリストがネイルサービスを施している

Image via the Nail Social

そこで当時、フェアトレードといえばコーヒーかジュエリーが一般的だったため、ジュエリーを使ったソーシャルビジネスを始めることにした。しかし、ジュエリーの知識もスキルもなかったため、トレーナーがいなければ自分は何もできずに、数ヶ月後には自分が何をやっているのかわからなくなったという。

そんなとき、10年前にオーナーかつトレーナーとして働いていたネイルサロンが頭に浮かんだ。

「ネイルサロンなら、ネイリストとしてのスキルを伝えられるし、なによりもネイルが大好きでした」

ジュエリービジネスをしていた頃、学歴や金銭的な余裕がないため、仕事がなかったり、低賃金な仕事しか見つからなかったりする女性たちを多く見てきたCheryl。美容業界で働きたい女性も多かったが、シンガポールでネイルコースに通うためには、数千ドル(日本円で約数十万円)の授業料が必要になる。そこでCherylは、実務訓練も含め4ヶ月ほど、女性たちに自社サロンで無料のトレーニングを提供することにした。

「いったんスキルを身につければ、誰もそれを奪い取ることはできません」

ネイルをしてもらって笑顔の顧客

Image via the Nail Social

また、雇用面だけではなく、サロンで使用している製品にもやさしさが溢れている。

「10年前にネイルサロンを経営していたとき、化学薬品が含まれている商品を扱っていたため、自分も含め多くのスタッフの肌が荒れ、なかには手術が必要になるほど悪化してしまう人もいました。そのため、ネイルソーシャルでは、毒性がなく、クルエルティフリーの商品を使うなど、材料や質を重視し、お客様とスタッフの健康を第一に考えています」

さらに、ネイルソーシャルでは、ネイルをしてもらうという経験をリラックスして楽しんでもらえるような工夫を施している。すべての席にはiPadが備え付けてあり、サービスを受けながらNetflixなどで映画を観たり、お茶やワインを楽しむことができる。

こういった一つひとつの丁寧な配慮から、リピーターや口コミ、知人からの紹介で訪れる顧客が多いという。

エシカル×おしゃれ×楽しいを体現するお店「The Social Space」

そんなネイルソーシャルが店を構えるのは、「The Social Space」(ソーシャルスペース)の店内だ。ソーシャルスペースは、2018年4月にシンガポールでオープンした、多様なコンセプトで社会問題に取り組む人たちが集まるカフェ併設のライフスタイルストアである。こちらもCherlyが共同創業者である。

ソーシャルスペースは、エシカル商品や日用品のリフィルステーションといった日常生活のなかで、社会問題やサステナビリティに関心を持つきっかけの場所となることを目指している。

夫Dannielの仕事の都合で、インドネシアのバリ島に住んでいた2人は、家の近くの浜辺を歩いたとき、プラスチックゴミのあまりの多さに驚いたという。それがきっかけで、社会や環境に対する関心がさらに高まった。

普段何気なく買っている洗剤やコスメ、食料品、またカフェでの一杯のコーヒー。生産者や製品をきちんと選ぶことによって、私たち一人ひとりが毎日の生活のなかで社会的に良い行動を取ることができる。だからこそ、Cherylは実際に商品の創業者と会って話したり、彼らのワークショップに参加したりするなど、自分たちの価値観と一致する商品を厳選している。

店内には様々な商品が並べられている

しかし、世の中にはエコやエシカルな商品を取り扱う店や、店主厳選の逸品を取り扱うセレクトショップは数多くある。そんな時代に、ソーシャルスペースを作ったきっかけや意図は何なのか。

「まだまだソーシャルビジネスが提供する製品やサービスは、質が悪いのではないかという誤解があります。誤解を解くには、ソーシャルビジネスも通常の会社と同じくらい質の高い製品やサービスを提供できると理解してもらうことが必要です。そのために、デザインの良いオリジナルな製品を、楽しい雰囲気のお店で実際に体験できるプラットフォームを作りたかったのです」

目指すゴールが一緒なら、お互いに助け合う

ネイルソーシャルもソーシャルスペースも、扱っている「物」だけではなく、そこで働く「人」をとても大切にしている。シングルマザーや、元受刑者、薬物依存者、メンタルヘルスを患っている人など、働いているスタッフのバックグラウンドは、多種多様だ。

スタッフが逮捕されるなど、時には、自分ではコントロールできない状況に出くわすこともある。それでも、このビジネスを続けているモチベーションは何だろうか。

「確かに、辛かったり落胆するときも多いです。ですが、自ら努力して人生を変えようとしている人にエネルギーを注ぎたいと思っています。自分のことを助けようとしない人を、他人が助けることはできません。そのため、スタッフにはいつもこう言っています。『あなたが諦めなければ、私も諦めないから』と」

併設されているカフェの様子

バックグラウンドがどうであれ、人生を変えようと努力する人を応援する。それは、直接的な雇用をとおしてだけではない。社会課題や環境問題の解決に取り組むソーシャルビジネスが作った製品の販売をとおして、彼らの活動をサポートすることも、彼女たちの大切な役割だ。一つひとつの商品やビジネス規模は小さくても、一緒のゴールに向かう仲間がお互いに協働しあって社会をさらに良くする。

そんな想いが伝わってくる場所である。

ソーシャルビジネスを広めるのに大切にしていること

経済が発展し、教育水準も高いシンガポールだが、ソーシャルビジネスについて多くの人が知っているかというと、そうとも限らないという。そんななか、多くの困難を乗り越えいくつものソーシャルビジネスを経営しているCherylの話には、ソーシャルビジネスを広めていくためのヒントがあるように思う。

  • 「おしゃれ」「リラックス」「楽しい」など、前向きな感情がわき起こる仕掛け
  • ソーシャルビジネスを知らない人にも受け入れてもらえる、妥協しない質
  • 目指すゴールが同じ仲間とお互いに助け合う、「お互いさま」精神

大切なことは他にもたくさんあるが、あなたが社会的企業で働いていたり、そういった活動に興味があったりするのなら、上記のことを頭の片隅に置いてみてはいかがだろうか。

【参照サイト】The Social Space
【参照サイト】The Nail Social
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この記事を書いたライター

水野 渚

Nagisa Mizuno

水野渚(Mizuno Nagisa)。元国家公務員として、安全保障分野で語学力を駆使し、翻訳・通訳を始め、国家間交渉に携わる。国内では、名古屋、東京、沖縄に住み、海外ではイギリス、デンマーク留学経験の他、世界40か国以上を旅している。サステナブル、環境、海、クリエイティブ、デザイン、アート、ヘルシー、フード、シェアが気になるキーワード。現在、参加型コミュニティアートを大学院で研究中。