ここ数年、個人や企業が自身の保有するモノやスキルを貸し借りできる「シェアリングエコノミー」のサービスが日本でも急激に浸透しつつある。民泊のAirbnbをはじめ、多くの大手企業やスタートアップ企業がシェアリングエコノミーに商機を見出し、次々と新たなサービスを展開しているが、それらのサービスとは一線を画し、独自の路線で非常にユニークなシェア・コミュニティを作り上げているアプリがある。それが、2018年8月にローンチした資産共有アプリ、「nukumo」だ。
「もったいないを減らす」をコンセプトに掲げるnukumoの特徴は、完全招待制であること、住居やモノ、食材、スキル、情報にいたるまでジャンルにこだわらずあらゆるものをシェアできること、そしてすべての交換が無料で行われるという点だ。nukumo自体も株式会社ではなく一般社団法人として運営されている。
誰でも登録でき、シェアできる対象ジャンルは絞り、資産の貸し借りにはお金が発生するというのがシェアリングエコノミープラットフォームの常識だが、nukumoの仕組みはその真逆を行く。
このnukumoを開発したのが、元Yahooのエンジニアで起業家の尾倉侑也さんだ。
やりたいことができない世の中に疑問を持った
「やりたいことは全部やる」をモットーに、もともと学生時代から広島でVRを活用したプロジェクトやハッカソンの開催など精力的に活動してきた尾倉さんは、周囲に自分よりもエンジニアスキルがあるにも関わらず、そのスキルを活かさずにアルバイトなどに明け暮れている人が多い現実を目の当たりにし、「どうすれば人はやりたいことができるようになるのだろう」と考えていたという。
そんな思いを抱きつつYahooのエンジニアとして働いていたある日、後にnukumoの共同創業者となる山田聡人さんと新宿のバーで朝まで飲み語らうなかで辿り着いたのは、「サラリーマンにせよ誰にせよ、やりたいことができないのはお金というものに縛られているから」だという結論だった。
それではどうすれば人はお金から解放され、やりたいことができるようになるのかを考えた結果生まれたのが、人々が自分の資産を信頼に基づいて無料で貸し借りしあうプラットフォームという、現在のnukumoの原型となるアイデアだ。
無駄な生産と消費をやめれば、やりたいことができる
なぜ、人々が自分の資産を無料でシェアしあえば、やりたいことができるようになるのだろうか。尾倉さんの問題意識は、今の世の中は無駄な生産と消費を繰り返しており、そのためにみんなが多くの時間を浪費しているという点にある。
「隣に誰が住んでいるかも分からない今の時代は、ある意味では経済が豊かになって、自分たちで生活が完結できるようになったとも言えるのですが、その反面、無駄が増えたとも言えると思います。」
「いまの世の中で起きていることは、同じものを生産して、無理やり消費しての繰り返しで、生産に意味があるものは多くありません。進化する生産というのはあってもよいと思うのですが、ただ同じものをひたすら作って同じものを買うという生産・消費は必要なのかというと、環境にも悪いし、人も働かなければならないし、本当にそれを求めている人は限られているのではないかと思います。」
必要なぶんだけ生産し、シェアすることで消費も最低限にすれば、時間のゆとりも生まれて人々はやりたいことができるようになり、社会もよりサステナブルになる。それがnukumoの目指す世界観だ。
Giveの精神を学びにニュージーランドへ
新しいアイデアの輪郭が固まった尾倉さんは、nukumoというプラットフォームの実現において最も重要となる「Give」の精神、誰かに何かを無償で与えるという考え方を学ぶために、約1年働いたYahooを辞めてニュージーランドへ渡ることを決意する。
ニュージーランドは、英国チャリティ団体のCharities Aid Foundationが発表しているWorld Giving Index(世界寄付指数:見知らぬ人を助けたか・寄付をしたか・ボランティアに時間を捧げたかの3要素に基づく指数」)で世界3位に選ばれるなど、Giveの精神が日常に浸透している国として知られる。また共同創業者の山田さんがもともと生まれてから19年間ニュージーランドで育った経験を持っており、データだけではなくリアルな実体験の話を聞いていたのも大きなきっかけとなった。
そして2018年8月、世界で最も進んだGiveの文化を肌で吸収した尾倉さんは山田さんと共に、日本とニュージーランドの2ヶ国で資産共有プラットフォーム「nukumo」の同時リリースにこぎつけた。
やりたいことを実現するためのシェアアプリ「nukumo」
nukumoは、自分が使っていないものやスキル、情報などを、自分の信頼できる人たちだけとシェアすることができるアプリだ。メンバーは自分の資産をカテゴリ別に登録・管理することができ、何を誰にシェアするかを自分で決めることができる。メンバー全員にシェアもできるし、自分が信頼できる一部のメンバーだけにシェアの対象を絞ることもできる。
メンバーは完全招待制となっており、ローンチから約1年でメンバーは150名以上、200以上の資産が登録されている。メンバーの居場所も東京、大分、広島、福岡、ニュージーランドのクライストチャーチと様々だ。
よく貸し借りされている資産のカテゴリは英語の翻訳やホームページの制作、魚をさばくといった「スキル」と、カメラやサッカーボール、サーフィングッズなどの「ツール」で、それぞれ全体の20%程度を占めている。また、それに続いてどんなアプリを使っているか、どのゲームがおすすめかといった「情報」や、「食べ物」なども多いという。
アプリの中では貸し借りによって生まれた心温まるストーリーを「nukumo」と呼んでおり、実際に「貸し出されたカメラを使って夫婦二人で旅行に行き、きれいな写真が撮れました」といったストーリーが溜まっていっているそうだ。nukumoの語源でもある「ぬくもり」のあるやりとりが流通し、お金を介さない信頼による経済が成り立っている。
尾倉さんは、nukumoで実現したいのは「みんなの生活コストを下げること」だと語る。「僕はカメラを持っていて、彼は家を持っている。また別の人は食べ物を持っていて、料理を作れる人もいる。これらをシェアすれば、家があるから住めるし、食べ物があるから生きていける。料理も作れるので美味しいごはんも食べられる。カメラもあるからインスタグラムで収益を上げられるかもしれない。このように、みんなが自分の持っているものやできることをシェアしあえば、誰もが生活コストを下げて、自分の欲求に従ってやりたいことができるようになるのではないかという想いで取り組んでいます。」
シェアすることで、自分の「好き」が明確になる
尾倉さんは、シェアをすることで時間のゆとりが生まれるだけではなく、自分の好きなものが明確になり、よりやりたいことの実現に近づけると、シェアの効用を話す。
「シェアしはじめると、自分のこだわりもより明確になります。服なども、これはシェアしたくないというものが出てくると思うのですが、それはそれでよいと思っています。自分は何が好きなのか、はっきり分からないという人も多いと思いますが、実際にはフィルタリングをかけているだけなのではないでしょうか。」
たしかに、自分の資産のうち、何をシェアするかを考えることは、自分にとって本当に大切なものが何かを考えるという作業に近い。人には、誰にでも気軽にシェアできるものもあれば、これだけは絶対にシェアしたくないというものもあるはずだ。シェアという仕組みは、その境界線を考えるきっかけになる。
シェアすることで信頼が可視化され、ありがたみが増す
また、その境界線は「何」をシェアするかだけではなく「誰」にシェアするかによっても変わってくる。自分にとって大切なものであればあるほど、本当に信頼できる人にしかシェアしたくないと考えるのは当然だ。
「お金がかからないということは逆に結構な精神的なハードルがあります。無料で相手に何かを貸すということは、信頼関係がないとできません。僕もミラーレスのカメラを貸していますが、仮にカメラを壊したらその人は全力で謝ってくれて、全額弁償してくれるだろうと信じています。貸し借りを無料にすることで、こうした信頼性が担保されるというのが一つの大きな特徴です。」
「無料での貸し借りの場合、貸す側は誰を信頼してよいかをしっかりと考えるようになります。逆に、借りる側も高価なものをシェアされたときの喜びは増すし、大切に使おうと思います。それがありがたみに変わっていくのです。」
いくら言葉で「あなたを信頼している」と言われても、実際の行動が伴っていなければ、その信頼を実感することはできない。しかし、nukumoであれば、実際のモノの貸し借りを通じて、自分が相手からどれだけ信頼されているかを肌で感じることができる。そのぶん感謝の気持ちが芽生え、これがGiveの循環を生み出すきっかけとなるのだ。
信頼はオンラインではなくリアルで構築するもの
そして、この無料だからこそ生まれる信頼は「完全招待制」というnukumoの仕組みにも関わっている。nukumoのプラットフォームにはメンバーから招待されない限り参加することはできず、招待する側には、ひとり招待するといくらもらえるといった経済的インセンティブも存在しない。むしろ、自分が招待した人には自分の資産が全てシェアされる仕組みとなっているので、招待する人は、今までの経験から本当に信頼できる人しか招待しないように動機付けされているのだ。
尾倉さんは、「nukumoはオンラインプラットフォームですが、信頼はオンラインで構築するものではなく、リアルで構築するもの、というのが前提にあります。」と語る。
「世の中にあるサービスの多くは、オンラインで信頼をどう構築するかを考えていると思うのですが、僕らはすでに構築されている信頼をどうエンハンスするかという考え方なので、スタート地点が全く異なるのです。」
この考え方は、実際にnukumoのプラットフォームの中でも体現されている。nukumoでは、他のメンバーが誰をシェアの対象としているか、他のメンバーが誰のシェアの対象に入っているかなどが一切見えないようになっている。
見えるのは、自分が誰をシェアの対象とするか、そして自分が誰からシェアの対象とされているかの2つだけ。つまり、自分の資産をシェアする相手を決めるとき、他者がその人をどう評価しているかではなく、あくまで自分がその人を信頼しているかどうかに基づいて決めなければならないようになっているのだ。
ここまで聞くと、他のシェアリングエコノミープラットフォームとnukumoの決定的な違いがより明確に見えてくる。たとえばAirbnbの場合、見知らぬ人同士が友達のように家を貸し借りしてもらうためには、オンライン上で信頼を構築する必要がある。だからこそレビューという機能があり、お互いの顔や評価が見えるようになっている。
ただ、当然ながらこれだけでは完全な信頼を担保することができないため、ゲストとホストの間でトラブルが発生した際にはAirbnbが仲裁役として金銭補償をするサービスなども用意されている。そしてこの信頼リスクに対する保険の意味合いも込めて、ゲストもホストもAirbnbに手数料を支払うのだ。
一方で、nukumoはすでに信頼ができているコミュニティのメンバー同士が、その信頼に基づいてより助け合いをしやすくするためのプラットフォームを提供しているだけで、メンバーは自分が信頼できる人にだけシェアをすればよい。だからこそnukumoのなかではメンバー同士がいちいち評価をしあう必要はないし、無料でも安心してモノを貸し借りできるのだ。
「nukumoの場合、そもそも与えることで得することは特にないですし、与えれば自分の欲しいものが手に入るという保証もありません。単純に『自分が使ってないからどうぞ』というのが一番にあって、それをしてもいいと思うメンバーだけが参加しているので、根本的な仕組みが違うのです。僕たちははじめから『評価』をするつもりがありません。大事なのは自分がどう思うであって、他人がどう思っているかは関係ない。自分が好きなら好きでいいし、他の人が誰かを嫌いだからといって、僕がその人を嫌いになる必要もないのです。」
オフィスをシェアの拠点に変える「nukumo box」
リリースから一年間で順調にユーザー数を増やし、信頼による経済を作り出すことで多くの温もりあるストーリーを紡いできたnukumoだが、同時にいくつかの課題も見えてきた。その一つが「場所」である。
いくらユーザーがGiveの精神でモノをシェアしたいと思っていても、それを借りたいユーザーが遠くにいる場合、わざわざ無料で貸し借りするためにスケジュールを立てて約束をとって会いに行くという手間がかかり、それが貸し借りの大きなハードルになってしまう。
この貸し借りする場所の問題を解決するためにnukumoが新たに始めるのが、「nukumo box」という事業だ。nukumo boxは、会社のオフィスに従業員が自分の持っているモノを預けられるボックスを設置し、そこで従業員同士がモノの貸し借りを行うというサービスだ。
毎日出社する会社を受け渡し場所にすることで、資産の受け渡しのために直接会いに行く、郵送するといった手間を省き、よりスムーズなシェアを実現する。nukumo boxの設置時に棚にQRコードを貼り、それを読み取るだけで資産の登録や、誰の資産を誰がいつ借りたかといった資産の動きをアプリ上で管理できるようにする。
導入企業は、従業員の福利厚生として活用できるほか、従業員から備品をシェアしてもらうことでコスト削減もできる可能性がある。また、従業員同士がnukumo boxを通じて貸し借りのやりとりすることで、社内における新たな繋がりの構築も期待できる。
尾倉さんは、nukumo boxを導入することで、その企業の信頼の流通状況が可視化されると考える。
「nukumo boxでは、信頼が構築されている企業とそうではない企業でシェアされるものが変わっていくと思うのです。だからこそ、僕らはそこを可視化することで、『社員同士の仲がよいほうがよいものが作れますよ』と提案することもできるようになります。」
まずは一つの企業内でnukumo boxがはじまり、将来的に複数の企業同士が nukumo boxを通じて連携するようになれば、取引先やパートナー企業など、お互いに信頼しあえる企業間同士のシェアもできるようになり、企業間の人材交流につなげることもできる。nukumo box が持つ可能性は無限大だ。
フードロスを活用した子ども食堂「Trash Kitchen」
また、nukumoはオンラインの世界を飛び出して実際にGiveの循環を肌で体感できるリアルな場所づくりにも取り組み始めている。共同創業者の山田さんが中心となって進めているのは、フードロスを活用してご飯を提供する食堂「Trash Kitchen」。大分県で10月中旬にオープン予定となっている。
Trash Kitchenでは、地域の企業などから寄付される余剰食品や農家から提供される規格外野菜などを使って調理する。国内だけで年間640万トンを超えるフードロス問題の解決に取り組みながら、将来的には子供に対しては無料で食事を提供し、店舗数も増やしていく計画だ。最終的には食の無料化を目指す。
Trash Kitchenの一番の狙いは、いままでシェアやGiveの文化に触れたことがない人にGiveの循環を体感してもらうことにある。いらなくなった廃棄予定の食材をGiveしてもらい、それを使ってシェフは自分のスキルをGiveして料理をつくり、子どもたちにGiveする。するとおいしいご飯を無料で食べられた子どもには笑顔が増えて、それを見た大人も元気になる。大人は、自分がお金をGiveすることで、めぐりめぐって自分に幸せが跳ね返ってくるというGiveの循環を体験できるのだ。
なぜシェアプラットフォームのnukumoがフードロス問題に取り組むのかと疑問に感じる方もいるかもしれないが、nukumoの出発点は、大量生産・大量消費という社会の仕組みが「やりたいこと」を実現しづらくしているという問題意識にある。その意味で、「フードロス」というまさに大量生産・大量消費が生み出した社会課題の解決に取り組むことは、nukumoにとって自然なことなのだ。
助け合いが増え、やりたいことができるようになる社会
これから次々と新しい展開を考えているnukumoだが、最終的にはどこを目指していくのだろうか。尾倉さんはこう語る。
「僕たちは、結局のところはみんながやりたいことをできる社会をつくりたいというのが根底にあって、そのための手段としてnukumoというプラットフォームをつくったり、Trash Kithenという飲食店をはじめたりしているだけで、根底にある想いはぶれていません。」
「いまは多くの人が資本主義という枠組みの中でしか物事を考えられていませんが、たとえば家族の場合は、料理を作ってもらったからいくら支払うとはならなくて、資本主義とは結びついていません。そういう関係性の人たちがどれだけいるかが重要だと思うので、助け合いの関係性を増やしつつ、それこそが誰もがやりたいことが実現できる社会につながっていくと信じて取り組んでいきます。」
最後に、完全無料のnukumo自体のマネタイズはどうなっているのかが気になって尋ねてみると、こう返ってきた。
「nukumo自体はマネタイズをしていません。そもそも、僕たちは利益があまりいらないのです。なぜなら、nukumoをやっていると、自分たちの生活コストも下がるからです。利益を出すよりもみんなに還元したほうが、そのみんなに自分も含まれているし、自分たちの幸福度も高まります。だから、売上をあげることはあったとしても利益を上げることはないのではないでしょうか。」
そう語る尾倉さんのすがすがしい笑顔からは、シェアによりお金の心配を減らし、自分のやりたいことに熱中している充実感がひしひしと伝わってきた。尾倉さん自身も、nukumoのメンバーの一人として、nukumoが描く世界のなかを生きている一人なのだ。
もちろん、現代を生きていくためにはお金が必要だし、私たちの日常は資本主義経済のおかげで生まれた恩恵で溢れている。nukumoでシェアされるものだって、多くはいまの資本主義のシステムから生まれたものたちだ。
だからこそ、それらを否定するのではなく感謝をし、その恩恵を独占するのではなくシェアすることで、Giveの循環を生み出していく。そうすれば、私たちの人生もより楽しく豊かになっていく。nukumoは、そんな新しい経済や社会のありかたを私たちに提示してくれている。
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【参照サイト】World Giving Index