ソニーが進めるサーキュラーイノベーション。もみ殻から生まれた新素材「トリポーラス」

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従来廃棄されていた素材を資源とみなし、新たな製品の原材料として活用することで、環境負荷を減らしながら新たな経済価値を生み出す「サーキュラーエコノミー」の考え方が、近年急速に浸透しつつある。

多くの日本企業がサーキュラーエコノミーの概念に基づいてサプライチェーンの見直しやイノベーションの創出に取り組んでいるが、その中でもひときわユニークな事業を展開しているのが、日本を代表するメーカー、ソニーだ。

ソニーは2019年1月、「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」というパーパス(存在意義)を掲げ、改めて企業としての社会的価値を明確に宣言した。そのパーパスを体現するかのように、同社の強みである創造性と技術の融合により誕生したのが、新素材「Triporous™(以下、トリポーラス)」だ。

「水や空気を磨く新素材」がキャッチコピーのトリポーラスは、廃棄される予定だったお米の籾殻から生まれた、天然由来の多孔質カーボン素材だ。籾殻が持つ独特な微細構造由来の吸着性能により、防臭や水、空気の浄化など幅広い用途への展開が期待されており、すでに男性用ボディウォッシュ製品やアパレル繊維への活用などがはじまっている。

余剰バイオマスであるお米の籾殻を原料とすることで、製造工程における環境負荷の低減に貢献しつつ、最終製品への活用により水や空気も浄化できるという、まさに二重の意味で地球に優しい循環型素材、トリポーラス。

このサステナブルな新素材はどのような経緯で誕生し、どのような可能性を秘めているのだろうか。IDEAS FOR GOOD編集部では、大手企業によるサーキュラーイノベーションの事例として、トリポーラスの開発に携わったソニー株式会社の知的財産センターに所属する山ノ井俊さん、田畑誠一郎さん、坪井隆展さんの3名にお話をお伺いしてきた。

左からソニー株式会社・山ノ井俊さん、田畑誠一郎さん、坪井隆展さん

きっかけはリチウムイオン電池の開発

ソニーといえば電化製品というイメージをお持ちの方も多いだろう。そのソニーがなぜお米の籾殻を活用した新素材の開発を手がけているのだろうか。山ノ井さんによると、トリポーラスの誕生はもともとリチウムイオン電池の研究開発がきっかけだったという。

「お米の籾殻を扱うきっかけとなったのは、リチウムイオン電池の開発です。リチウムイオン電池の電極には炭素材料が使われているのですが、より高出力で高速に充電が可能な電池を開発するという研究テーマがあり、そのなかで従来の電極とは全く違う穴の構造としてバイオマスを使ったカーボン材料ができないかを模索していました。」

山ノ井俊さん

「その中で籾殻が持つ独特な穴の構造を発見し、電池の急速充電ができるのであれば吸着も急速にできるのではないかと着想を得て実験をしたところ、その通りの仮説に基づいたデータが出てきました。そこで、電池の開発はいったんストップして吸着技術をコアにした開発を進めるなかで、籾殻の吸着性能が水や空気の浄化、ボディシャンプーなど様々な用途に使えることが分かってきたのです。」

自然素材の力を引き出すイノベーション

お米の籾殻が持つ独特な穴の構造と言われてもなかなかイメージしづらいが、トリポーラスは具体的にどのような技術とプロセスによって作られるのだろうか。

「お米の籾殻の細胞にはシリカと呼ばれるガラス成分がたくさん含まれています。籾殻をいちど炭にしたあとでシリカを取り除くことによって、大きい穴と中くらいの穴ができます。さらに普通の活性炭と同様に賦活という工程をへることで、小さい穴ができることが分かりました。イメージとしては、大きな穴の中に中くらいの穴があり、その中に小さい穴があるといった構造をしています。ソニーとしてはこの大・中・小という3つの穴ができるという技術で特許を取得しました。」

お米の籾殻から作られたトリポーラス

山ノ井さんによると、大きさの違う3つの穴ができることで、具体的に3つのメリットが生まれるという。

「一つ目は高速吸着性能です。大きい穴と中くらいの穴を水や空気が通るので、臭いが素早く吸着すします。例えば臭いの原因となるアンモニアガスの場合、従来の活性炭と比較して6倍の吸着スピードがあります。二つ目は、吸着性能の幅広さです。従来の活性炭にはない大・中の穴により、様々な汚染物質が吸着することが確認できています。例えば色素は活性炭の2倍、アレルゲン物質・タンパク質の場合は8倍、さらにウイルスや菌類の吸着も可能です。そして最後の三つ目が、高い薬剤保持能力です。穴がたくさん空いているため、薬剤を2倍以上長く保持することができます。例えば穴の中に有毒ガスを吸着する薬剤を詰めることで、工場用フィルターや空気清浄フィルターとしての活用が期待できます。」

一般的に、水や空気を浄化する目的でよく利用されており、ボディウォッシュ製品にもよく含有されているのは活性炭だが、トリポーラスは従来活性炭と比較して吸着スピード、吸着可能な物質の幅、保持の全てにおいて優れているのだ。

人工的に穴の構造をつくり出すよりも、籾殻という自然素材が持っている構造をそのまま最大限に活かすことで、より性能の優れた製品を生み出す。環境にも優しい理想的なイノベーションの形だと言える。

ボディケア、アパレル、世界遺産の保全まで。広がる可能性

籾殻の天然由来の構造を活かして開発されたトリポーラスは、すでに幅広い分野で活用が進んでいる。2019年1月にトリポーラスのライセンスを開始して以降、最初にトリポーラスが活用された製品が、ロート製薬の「デ・オウ薬用クレンジングウォッシュシリーズ」だ。

従来の活性炭と比較して臭いと臭いを発生する菌両方の吸着性能が優れていることが認められ、世界で初めてボディウォッシュ製品にトリポーラスが配合された。男性の清潔意識が高まり、男性用ボディウォッシュ市場が成長しつづけるなか、より高度な消臭機能を持つ素材を探していたロート製薬にとって、トリポーラスは従来の活性炭を代替する優れた新素材だったのだ。

また、ソニーは複数の企業と共同でトリポーラスを用いた繊維の研究開発も進め、2019年11月から繊維・アパレル業界に特化した「Triporous FIBER™」のライセンスを開始した。Triporous FIBERは汗臭や体臭の原因となるアンモニアやなどの臭気分子を素早く吸着し、消臭機能が長時間持続するだけではなく、洗濯により吸着した分子を脱着させて消臭能力を回復させる性能もあるという。さらに、生乾きの臭いの原因となる細菌類に対する抗菌・制菌性能も確認されているとのことだ。

左がトリポーラス。右がトリポーラスを含有した繊維

このTriporous FIBERは、ベイクルーズグループが展開する人気のメンズ向けアパレルブランド「EDIFICE(エディフィス)」に活用され、世界初の「Triporous FIBER」を使用したコレクションが限定販売されている。

世界初「Triporous FIBER」を使用したコレクション

ボディウォッシュ、アパレルとトリポーラスの応用分野は多様だが、空気質の改善についても非常にユニークな実験が行われている。その舞台はなんと、京都・宇治にある世界遺産・平等院だ。

平等院の倉庫では、貴重な文化財の劣化を防ぐために空気中を浮遊する汚染物質の除去管理が求められているのだが、その手段としてトリポーラスによる空気浄化性能の検証がはじまっているのだ。

写真提供:平等院

実際に米ソニーピクチャーズの美術館で行われた実験では、トリポーラスが文化財の劣化の原因となる酸性ガスやアルデヒドガスを除去効果が確認されているとのことで、今回の実証実験でも性能を確認できれば、今後は施設管理や建築・建材分野への活用も大きく広がる可能性がある。

サーキュラーエコノミーはオープンイノベーションから生まれる

話を聞けば聞くほどその可能性の大きさにワクワクさせられるトリポーラスだが、ソニーの田畑さんは、今回のプロジェクトにおける成功の鍵は、自社だけで製品開発を進めようとするのではなく、他社と協働しながらオープンイノベーションに取り組んだ点だと話す。

「今回のプロジェクトは、ソニーだけではなく他社も含めて様々な人を巻き込みながら進めていくという点が働き方としても新しかったと思います。製造においてもソニーだけではなく活性炭メーカーや化学メーカーのパートナーと協働していますし、販売においても最終商品メーカーと協働しています。

「ソニーもかつては空気清浄機や浄水器などを自社だけでつくろうとチャレンジしたこともあります。ソニーだけで進めるのではなく、ノウハウを持った様々な方と組み、オープンイノベーションによって事業を創り上げていくほうが広がりも生まれ、結果として事業が大きくなるということにここ数年で気付きました。」

田畑誠一郎さん

サーキュラーエコノミーを実現する上で重要なのは、まさに分野が異なる人々や企業同士のコラボレーションにある。異なる分野からの新しい視点がなければ、廃棄されているモノを何かの資源とみなすことは難しいし、バリューチェーン全体を循環させる仕組みを一社だけで完結させることも難しいからだ。それぞれが自社の強みに焦点を当て、その他の部分は他社との協働により循環をつくっていくのがサーキュラーエコノミー時代のビジネスの作り方なのだ。

その意味で、トリポーラスの製造過程や販売過程におけるコラボレーションはまさに循環型イノベーションの成功事例ともいえる。田畑さんは、ソニーの強みについてこう語る。

「世の中には水や空気によいという商品はたくさんあると思いますが、ソニーの強みは、その根拠となる技術をしっかりとアカデミアの方々とも共有し、議論しながら進めている点にあると思います。しっかりとした技術をもとに事業化を進めていきたいなと考えています。」

機能価値と環境価値への共感が、新たなコラボレーションを生む

製造過程と販売後の双方において環境価値を生み出すという非常にユニークなモデルを築き上げているトリポーラスのビジネスだが、その可能性を広げるのは、ソニーだけではなく、その価値に共感し、ともに事業をつくろうと一緒になって考えてくれるパートナーの存在だ。

ソニーの坪井さんは、「捨てられる予定だった余剰バイオマスを活用し、新たな価値に転換したうえで、事業や技術を通じて社会課題を解決するというのがトリポーラスの目指す姿です。この理念にご賛同いただき、共感いただける方と一緒に進めていきたいですね」と語る。

坪井隆展さん

また、田畑さんは、今後の展開について「世の中には水や空気で困っている人がたくさんいるので、中長期的には困っている方々の生活を豊かにするところで貢献できる材料や事業に育っていくとよいなと思います」と話してくれた。

トリポーラスを開発したメンバーの根底にあるのは、自らの技術や事業を通じて、社会課題の解決に貢献し、人々の生活をより豊かにしたいという純粋な想いだ。事業として成功するかどうかだけではなく、社会をよりよくしたいという共通の志をベースとして仲間探しをているからこそ、ときに競合ともなりかねない他社とも同じ方向を向いて協働することができているのかもしれない。

取材後記

お米の籾殻という余剰バイオマスを活用して作られた、水や空気を綺麗にする天然由来の素材。ソニーのパーパスには「クリエイティビティ」と「テクノロジー」という2つのキーワードが含まれているが、トリポーラスはまさにソニーの現場で働く社員のクリエイティビティとテクノロジーから誕生した産物だ。

トリポーラスの今後の課題について尋ねると、山ノ井さんは「いかに男性向けではなく女性にもアプローチしていくかですね」と楽しそうに話してくれた。広がれば広がるほど環境も顧客もみんなが幸せになる循環型のビジネス。その未来は明るいに違いない。

個人も企業も関係ない。トリポーラスが持つ可能性と価値に共感し、パートナーとしてソニーと共にビジネスを通じた社会課題の解決に取り組みたいという方は、ぜひ一度連絡をとってみてはいかがだろうか。

【参照サイト】ソニー株式会社「Triporous™(トリポーラス)」