街中で水筒を持ち歩いている人が随分多くなった。2020年1月に行われた意識調査によると、平均で4割以上の人が外出の際にマイボトルを持っていくという(※1)。さらに、最近ではリモートワークの影響からか家の中でも水筒を使う人がおり、今や水筒は暮らしの必須アイテムとなりつつあるようだ。
そんな中、魔法瓶で知られる水筒ブランドのタイガーが、自社製品のステンレスボトルについて「4つの約束」を宣言した。内容は、「NO・紛争鉱物」「NO・フッ素コート」「NO・丸投げ生産」「NO・プラスチックごみ」。プラスチックごみの廃棄や海洋汚染の問題は各所で大きくなっていることがわかるが、他の3つの問題については、聞きなれない人も多いのではないか。
タイガーは、なぜこの宣言を出したのか。4つの「No」に向けてどのように取り組んでいるのか。まもなく創業100年を迎えるタイガー魔法瓶株式会社のステンレスボトルブランドマネージャーの南村紀史さん、広報のソリューショングループ 広報宣伝チームの山本真梨子さんにお話を伺った。
製品の社会的価値を見直す「4つの約束」とその背景
NO・紛争鉱物
今回、タイガーは紛争鉱物をすべての商品で使用しないこと、そして15歳以下の労働者がいる企業には発注しないことを宣言した。紛争鉱物とは、アフリカ諸国など紛争が発生している地域で採掘されたすずやタンタル、タングステン、金などの鉱物のこと。鉱物による収入が紛争を助長するため、アメリカやEUでは購入が規制されている。もともと、タイガーは2015年から製品に含まれる化学物質の管理について調査を行っており、その一環で紛争鉱物・児童労働への関与についても調べるようになった。
2018年からは、炊飯器などの家電部門も含めて自社の全商品を対象に調査を行い、2019年2月に紛争鉱物の不使用についての方針を発表した。かねてから紛争鉱物からの脱却に取り組んでいたこともあり、今回の宣言にあたって特に大きく苦労した点はなく、「これまで誠実にものづくりに取り組んできてよかったと思えた」山本さんは語る。
紛争鉱物、児童労働は重要な課題ではあるが、サプライヤーへの確認が煩雑なこともあり、取り組みが進まない分野の一つでもある。タイガーの場合、「人権・健康・環境を大切にするものづくりをする企業として取り組むべき課題」という認識を持って早めに取り組んできたことが、今回の宣言を容易にしたようだ。
NO・フッ素コート
次に「NO・フッ素コート」。フライパンや炊飯器などでおなじみのフッ素は、匂いや汚れをつきにくくする便利さがあるが、環境残留性や健康への影響という懸念もある。タイガーでは、「使わなくてもいいところには使わない」という方針のもと、これまでステンレスボトルにフッ素が使用されたことはなかった。その代わり、ステンレス表面の凹凸を極限まで少なくしてなめらかな表面を作り出す「スーパークリーンPlus」という独自技術を開発している。
「過去にはフッ素を使おうと検討したこともありました。フッ素を塗らない場合、丁寧な加工技術が必要になるからです。しかし技術にこだわり、手を出さずにきたことが強みになりました」と南村さん。今後、2023年の創立100周年に向けてステンレスボトル以外の商品でもフッ素コート不使用に向けた技術開発に取り組んでいくという。
NO・丸投げ生産
そして、責任を持って製品の生産を管理する「NO・丸投げ生産」。タイガーでは年間約800万本のステンレスボトルを生産しており、発売開始以来、すべてを自社工場(日本・中国・ベトナム)内で行ってきた。自社工場で生産することが、どうサステナビリティと関連するのだろうか。
南村さんは、「自社工場で生産するからこそ、各工場に所属する労働者全員の人権配慮、そして環境配慮も可能になります」と述べる。こうした視点は、製品の品質を保つためにも重要だとし、「品質はブランドの生命線。どんな場所で、どんな人がどう商品をつくっているのかが分からなければ、品質やお客様の健康は守れないと考えています」と付け加えた。人を大切にしてこそのものづくり。そんな信念が根底にあるようだ。
NO・プラスチックごみ
最後の約束は、言わずもがな「NO・プラスチックごみ」。今や世界の大きな課題となっているプラごみだが、日本国内では1年間に約252億本のペットボトルが消費されている。タイガーは、ステンレスボトルの利用をすすめることで使い捨てプラスチックの削減に寄与したいと考えている。また今後、ステンレスボトルの売り上げの一部を人権・健康・環境保全に関する団体に寄付する取り組みもスタート。プラスチックごみを減らしながら、サステナビリティを高める仕組みづくりをめざす。
社内の不安 好反応をきっかけに自信へ
今回タイガーが「4つの約束」を打ち出すにあたっては、社内で大きな議論が巻き起こった。通常、ステンレスボトルの宣伝は、保温できることや軽さなどの機能性がメインとなることが多く、社会的なメッセージを出すことは今回が初めてだったからだ。
さらに、社内では「当たり前」なことをメッセージとして表に出すことにも抵抗感があったという。もうお気づきかもしれないが、「4つの約束」はいずれも、今回新たにはじめた取り組みではない。タイガーがステンレスボトルを発売した1981年から継続してきた取り組みを改めてサステナビリティの観点から見直した結果、生まれてきたメッセージだ。こうした背景から、「こんな内容を表に出して意味があるのか」「機能を打ち出さなくていいのか」といった不安があったという。
しかしCMを打ち出した結果は、上々だった。SNSでは「いいコンセプト!」「タイガーってこんなに尖った会社だったの?すごい!」など好反応が得られ、問い合わせも相次いだという。
南村さんは「今までの取り組みを認められた形となり、社員にとって良い影響になりました」と喜びを語った。山本さんによると、生産チームからは「自分の仕事が未来につながっていると思うと頑張れる」、営業チームからは「お客様から今回の宣言は企業姿勢として共感した!と言ってもらえて自信につながった」といった声が聞かれたそう。サステナビリティの推進はトップダウンでなし得るものではなく、社員一人ひとりの理解とモチベーションアップが欠かせない。その意味では「4つの約束」の宣言がもたらした効果は大きかったようだ。
タイガーのこれから
タイガーは、これから「4つの約束」を多言語に訳し、世界に向けて発信していくという。世界でどんな反響が生まれるのか、楽しみだ。
最後に、山本さんは「水筒は日々の生活を豊かにしてくれるもの。『4つの約束』をきっかけに、みなさんと一緒に課題にチャレンジしていければと思っています」と今後の思いを語ってくれた。
環境や健康を大切にするアイテムとして日々の暮らしに定着しつつある水筒。ぜひこれからも「4つの約束」を共通言語として消費者と積極的にコミュニケーションをはかり、サステナビリティへのチャレンジをさらに進めていくことを期待したい。
【参照サイト】タイガーステンレスボトル 「4つの約束」