モーリシャス座礁で海を守るために「髪の毛」を切る住民たち。私たちができる3つのこと

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※今回、本記事に関しまして不適切な引用がありました。配慮が足りなかったことをお詫びするとともに、訂正させていただきます。(2020年8月20日)

エメラルドグリーンに輝く、モーリシャスの美しい海。『トム・ソーヤーの冒険』の著者、マーク・トウェインは、その美しさから「神はモーリシャスを最初に創り、そしてモーリシャスを真似て天国を創った」と語ったとも言われる。

今、その透き通った海面に真っ黒な重油が広がり続けている──日本の大手海運会社、商船三井が運行する貨物船「WAKASHIO(わかしお)」が、日本時間の7月25日に、インド洋の島国モーリシャスで座礁(船舶が暗礁や浅瀬に乗り上げ、動けなくなること)した。そして8月6日に、燃料用の重油タンクが破損し、少なくとも1,000トン以上の重油が海に流れ出していると推測されている。さらに、8月15日には貨物船の船体は2つに割れ、より多くの重油が流出する懸念を引き起こした。

モーリシャスは2000年に砂の採取を禁止し、20年もの時間をかけて海の保護、再生に努めてきた場所だ。モーリシャスのジャグナット首相は、8月6日に「環境緊急事態宣言」を出し、国際支援を要請。「WAKASHIOの沈没はモーリシャスの危機だ」と語った。現地の環境保護団体「モーリシャス野生生物基金」によると、自然が元のように回復するには数十年かかる可能性もあるという。

美しい海を救うため、力を合わせる住民たちと新たな解決策

モーリシャス政府が、重油の流出を止めるために世界中に助けを求める一方で、美しいモーリシャスの海を愛する何千人もの地元民が島の各地から集まり、現在、昼夜を問わず重油の回収作業を続けている。

今回、対処法として使われているのが、美容院から回収した髪の毛と、子どもたちが畑から集めた藁、サトウキビを詰めた布やストッキングの袋で作られたオイルフェンスだ。

8月13日にVOGUEで公開された記事によると、偶然にもモーリシャス重油流出のわずか1週間前に、シドニー工科大学が最新の研究結果を発表していたという。人間の髪の毛や犬の毛が、高速道路などの固い地表面に流出した油をきれいにするうえで、合成繊維と同じくらい優れていることがわかった。研究を主導した環境学者のメガン・マレー博士(Megan Murray)は、「髪の毛は、これまでの型にはまらない持続可能な起源を持っているものです。」と、油対策としての髪の毛の有効性をこう説明する。

「考えてみてください。どのコミュニティにおいても、髪の毛は持続的に発生しますよね。だからこそ、世界中で再生産が可能な素材であると同時に、原油[流出]の対処にきわめて効果的な素材でもあるのです。また、使用後の分解速度もプラスチックに比べてはるかに速いため、長期的に見ても廃棄物処理のための負荷が大幅に少なくて済みます。」(※1

LAを拠点とするヘアスタイリストのクリステン・ショー(Kristen Shaw)氏は、VOGUEへの取材に対し、今回のモーリシャス座礁と未来の環境のために髪の毛を集めていると話した。

「環境災害が起きている時に、髪の毛を再利用して流出した原油を除染し、余計な廃棄物を増やさないようにすること。こうした持続可能な対策をとることは、私たちヘアスタイリストが、普段ならば『捨ててしまうもの』を『与えるもの』に変えることで、支援の輪に加わることのできる一つの方法です」(※2

現在、地元の人々は率先して切った髪を提供し、美容師もそうした人たちのカットに対して最大50%割引まで提供しているところもあるという。髪の毛で重油を吸い取る手法は、数百万バレルの石油に相当する量がメキシコ湾に流出した、2010年の「メキシコ湾原油流出事故」のときにも使用された。

▶ 髪の毛の寄付の受付を行う「Matter of Trust
余剰物を堆肥化するだけでなく、髪の毛、毛皮、フリースのクリッピングを対原油マットにリサイクルを行う非営利団体。

(8月20日追記)髪の毛の寄付に関しては、モーリシャス現地から下記のような見解もあるため、寄付を希望される方は適した方法をご検討ください。

モーリシャス座礁は、なぜこれほど深刻なのか?

問題なのは、重油の流出量ではなく「場所」

今回のような重油流出事故は過去にも様々な場所で起こっており、2010年のメキシコ湾原油流出事故ではなんと40万トン近くの膨大な石油が流出し、プランクトンからイルカまで数千種が死滅した。2006年には、同じ商船三井が保有する原油タンカーが、スリランカとスマトラ島の間の公海で海難事故に合い、4,500トンの原油が海に流出。今年に入ってからも、ロシアのノリリスクで、火力発電所の燃料タンクが損傷し、2万トンを超えるディーゼルが流出した。現在までに流出した重油が1,000トン以上のモーリシャス座礁であるが、ここまで環境への深刻な影響を引き起こすとされている理由は、事故が起こった「場所」にある。

今回のモーリシャス座礁で船が座礁したポワントデスニー(Point D’Esny)は、湿地や浅瀬の国際保全条約である「ラムサール条約」の指定地域であり、さらに壮大なサンゴ礁で知られるブルーベイ国立公園も近くに位置している。国連生物多様性条約によると、モーリシャスの海洋環境には、約800種類の魚、17種類の海洋哺乳類、2種類のカメを含む1,700種が生息しているという。米国国家海洋大気局によると、海の魚の約25%が健全なサンゴ礁に依存しており、嵐や浸食から海岸線を守るサンゴ礁と海洋生態系は、国の経済の大部分を占めるモーリシャス観光の主要な柱だった。

Mauritius

Image via unsplash

コロナショックへのさらなる経済打撃

現在、モーリシャス政府は世界に支援要請を求めているが、新型コロナの影響で国境を閉鎖し、空の便の受け入れも止めているモーリシャスでは、支援を受け入れるのはそう容易ではないという。

さらに、モーリシャスは国内総生産(GDP)の約25%を観光に、10%以上を漁業のような海洋活動に依存しており、130万人が観光産業で働く。そうしたブルーエコノミーを主な収入源としていたモーリシャスへの影響は計り知れないと共に、同国はすでに新型コロナのパンデミックの影響で経済不況に苦しんでいたため、この災害は国の財政をさらに悪化させることになるだろう。

人々の健康にも影響

現在多くの住民がボランティアとして重油の清掃活動に参加しているが、21歳のプロのカイトサーファーであるウィロー・リバー・トンキン(Willow-River Tonkin)氏は、清掃活動に参加した後、頭痛に悩まされたとニューヨークタイムズのインタビューで語っている。

今回の重油流出の影響は、モーリシャスの人々の健康にも被害を引き起こす可能性がある。生態系は人々の経済や食、健康ともつながっているのだ。

日本の長鋪汽船と商船三井の対応は?

国際条約上、燃料油の流出による環境汚染に対し、損害賠償責任を負うのは船の持ち主だ。今回の場合、WAKASHIOを保有・管理していたのは長鋪(ながしき)汽船(岡山県笠岡市)となる。商船三井は船舶をチャーター(定期用船)している立場で、船舶保有者の長鋪汽船に事故原因についての説明責任が求められる。

長鋪汽船は情報が更新されるごとに迅速にホームページで情報をアップデートしており、現在8月19日に公開された「当社支配船WAKASHIO 座礁および油濁発生の件 第7報」では船長の逮捕報告を更新し、引き続き、流出した油の回収と、環境へのダメージの最小化に取り組むと表明している。

同様に商船三井も8月19日に最新のプレスリリース「WAKASHIO 座礁および油濁発生の件(その5)」を更新している。もともと商船三井は、サステナビリティ事業にも力を入れており、環境先進企業を目指して積極的に温室効果ガスの排出や、大気汚染、生物多様性の阻害などの環境課題の解決に取り組んでいた企業だ。今後の対応に世界から注目が集まる。

日本にいる私たちができる3つのこと

01. 寄付をする

日本にいる私たちになにができるのか、もどかしく思っている人もいるかもしれない。下記から、寄付を募っている団体にアクセス可能だ。

モーリシャス野生生物財団(MAURITIAN WILDLIFE FOUNDATION)
モーリシャスで絶滅の危機に瀕している国の動植物の保護と保全に専念していたNGOであるモーリシャス野生生物財団のホームページでは、寄付先としてクラウドファンディングサイト「Justgiving」や「gofund me」そして銀行振込の口座などが記載されている。さらに、専門家の知識提供なども求めている。

Eco-Sud
モーリシャスの環境と生物多様性を保護するために、20年以上前に市民によって作られた環境NGO「Eco-Sud」が行うクラウドファンディング。

寄付サイト

Image via Eco-Sud

02. 情報を拡散する

今回のモーリシャス座礁には日本企業が関わっているのにも関わらず、海外メディアと比べると一大ニュースとして取り上げている日本メディアは少ない。日本でももっとたくさんの人がこの危機を知ることができるように、SNSやブログなどでニュース記事をシェアしたり #SaveMauritiusReef のタグをつけて投稿したりすることも大きな助けになるだろう。また、世界の海の3分の1を、国連の条約で海洋保護区にするための署名に参加するなどもできる。

03. 暮らしを見直し、化石燃料に依存しないものに

自宅の電気を化石燃料由来ではなく自然エネルギーで発電する電力会社に切り替えること、徒歩や自転車、飛行機ではなく公共交通機関を選ぶなど、自分の日々の暮らしを見直してみよう。少しでも化石燃料に依存しないものに変えていくことも、個人ができる取り組みの一つであり、こうした事故を繰り返さないための第一歩だ。

美しい海は、私たちの日々の選択によって守られる

海洋環境保全団体「Ocean Conservancy」代表のジャニス・ジョーンズ(Janis Searles Jones)氏はVOGUEへの取材で、今回の事故が化石燃料の使用からクリーンで再生可能なエネルギーへ移行する必要性を強くしていると語った。

「気候変動があるから、すみやかに移行する必要があるのではありません。化石燃料というものが、きわめて有毒かつ有害で、こればかりはいくら技術が発達しても、今回のように海や野生生物そして人間に影響を及ぼす重油の流出事故が起こり得るからです。」(※3

これまでモーリシャスでは絶滅危惧種を守るために、多くの財団やNGOが長い間努力してきたのにもかかわらず、今回の事故でその努力が一瞬で水の泡となった。今回のモーリシャス座礁は、島国に住むコミュニティが、気候変動だけではなく重油流出などの大規模な環境災害によって、日々どれほどの危険にさらされているかのリスクを浮き彫りにした。

果たしてこれは、遠い遠い海で起こった「なす術のない、関係のないできごと」なのだろうか。学び、関心を示し、意思表示をしていくこと、そして電力会社を変えたり、交通機関を変えたりと、日常の一つ一つの選択肢見を直すこと。私たちのその一つ一つの行動が社会の仕組みを変えることにつながっていく。美しい海は、私たちの日々の選択によって、守られるのだ。


【参照サイト】 Why the Mauritius oil spill is so serious
【参照サイト】 How Hair Salons Are Mobilizing to Help Clean Up the Mauritius Oil Spill※1〜3 翻訳引用・参照【英日対訳】 #髪の毛で支援 「世界中のヘアサロンがモーリシャスの海を油から守るために行っていること」VOGUE (2020.8.13)
【参照サイト】 ‘This Is Unforgivable’: Anger Mounts Over Mauritius Oil Spill

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