日本の自然災害の発生件数と被害はこの数十年で増加傾向にあり、自然災害の種類別に発生件数をみると最も多いのが台風で、地震、洪水がそのあとに続く。
令和2年7月豪雨の発災では、九州、中部、東北地方をはじめ広い地域で大きな被害をもたらしたのが記憶に新しい。熊本県阿蘇郡南小国町の「山鳥の森オートキャンプ場」も、7月に被害を受けた施設のひとつだ。
2000年に家族経営で創業したキャンプ場で、多くの人から20年もの間愛されてきたが、7月の豪雨ですぐ横を流れる川が氾濫して大量の木々が根こそぎ濁流に流された。およそ1ヘクタールあった敷地の半分以上が川にのまれ、キャンプ場の敷地内にあった温泉施設やバンガロー3棟は浸水。河川沿いの地形が変わるほどの甚大な被害となった。
そんなキャンプ場が今、水害の被害を免れた敷地の半分に施設を再建することに踏み切った。新しいキャンプ場のテーマは、自然との共存を目指す「防災体験キャンプ場」だ。その中の新しいバンガローを“みんなで”建てられる「仮設住宅バンガロー」とし、デジタルファブリケーションという工法を活用して地域完結型で進められる。
今回は、ご両親から山鳥の森オートキャンプ場を引き継ぐ予定の二代目オーナーである井聡也さんとありささんのお二人に、「防災体験キャンプ場」とは一体どのようなものなのか、そして被災体験を通して伝えたい「自然のあるべき姿」とは何なのか、話を聞いた。
家族会議で決まった「このまま終わらせることはできない」
山鳥の森オートキャンプ場の特徴として、温泉施設やプール、釣り堀があり、子連れのファミリー層が訪れる。聡也さんとありささんは、キャンプ場について「ただいま、おかえりを大事にする場所」だと話す。常連の家族が多く、中には年間10回近く、20年間継続して訪れてくれていた方もいたというほど。
そんな山鳥の森オートキャンプ場を襲った7月の豪雨は、二人にとっても家族にとっても衝撃的なものであったと、聡也さんは当時を振り返る。
「7月7日は雨の降り方が危険と判断し、家族みんなで避難をしていました。雨が止んだ次の日に、キャンプ場の様子を見に行って帰ってきた父の口から出た言葉が『もうキャンプ場は閉めるしかないかもしれない』だったんです。その後すぐに自分がキャンプ場に向かうと、敷地の半分以上に土砂や流木が流れてきていて、流木が建物に引っかかっていました。土地が川になっていて、ほとんど施設も使えない状態になっていた現場を見てやっと、父の言葉の意味がわかりました。」
現在、山鳥の森オートキャンプ場は一時的に閉鎖している。7月の被災時には、すでに10月まで予約が入っていたため、お客さまに「キャンプ場が被災したので予約を受けることができないこと」を伝えると、みんなが驚きの声を上げていたと、ありささんは言う。
「当時、キャンプ場周辺は局地的な被災で、メディアにもあまり取り上げられていなかったので、私たちが『キャンプ場が原型を留めない状態になっている』と話すと、『想像できていなかった』と、涙されるお客さまもいたほどでした。そのとき、本当に私たちと同じ気持ちになってくださっているのだと感じたんです。最後には『待っています』ということと、『一緒に何かお手伝いさせてください』という応援と期待の想いをお客さまからいただきました。そしてみなさんからいただいた言葉を、私から家族にも伝え、『このまま終わらせることはできない』と家族会議を設けて話し合いをしました。」
山鳥の森オートキャンプ場は、これだけたくさんのお客さまに愛され、レジャーだけの場所ではなく、人と人との深いつながりでできていた場所だった──もともとは林業関係で働いていたというありささんは、こうしたお客さまの熱い想いを受け、被災をきっかけにキャンプ場で働くことを決心したという。「キャンプ場を諦めずに立て直そうと思えたのは、お客さまからの声があったおかげです」と、語る。
自然との共存をテーマにした「防災体験キャンプ場」に
「このまま終わらせることはできない」。そんな家族の想いで、キャンプ場再開に向けた復旧作業が始まった。来年2021年夏のリニューアルオープンを目指し、まずは整地から始めているところだ。浸水の被害が大きかった温泉棟とバンガロー棟は、元にあった河川沿いから離れたエリアに移転することを決めた。
現在、災害から5か月経つが、キャンプ場には川が流れて崩れた場所が、未だ豪雨の爪痕として残っている。ありささんは、被災後に状況を見に行った際のことを改めて「本当に怖かった。自然の脅威が自分に突然降りかかってきて、これは人間がどうこうできるものではないし、どうこうするなんておこがましいとさえ思った。」と、話す。
「だからこそ、これに対抗するのではなくて共存する方法としての『防災』を改めて広めていく必要がある。被災しないとわからないけれど、被災してからだと遅い。たまたま私たちは怪我もせず、命も失わず、生かされています。お客さまの命を守ることはもちろん、どうしたら被災する領域を少なくできるかを考えたいと思いました。」(ありささん)
防災体験キャンプ場では具体的に、防災セットのキャンプ用品としてどういったものを揃えるべきなのかという勉強会や、防災を意識するワークショップを行うキャンプを企画。ただ売っている道具を持ってくるのではなく、身の回りにある竹や杉を切り出してテントを作ったり火起こしを学んだりする場をつくる。
また、今回のキャンプ場が被災した大きな原因となったのが、山が川によって削られたことによって敷地内に流れてきた流木だった。「防災体験キャンプ場」では、その流木を新たなキャンプ場のシンボルとして残そうと流木を活用してキャンプ場に設置する家具を作っている。取り組みは、デジタルデータをもとにしたものづくりであるデジタルファブリケーションを活用した木材加工をしている地元・南小国町の中学生の活動「FabClub南小国」と協力して行われている。
地域完結型の“みんなで建てられる”「仮設住宅バンガロー」
今回、キャンプ場内に再建されるバンガローは「仮設住宅バンガロー」と名付けられ、建設にはデジタルファブリケーションである「ShopBot(ショップボット)」が利用されている。
ショップボットはアメリカで誕生した、世界で初めて低価格で販売された木材加工専用のCNCルーターだ。大きさに限界はあるものの、これまでは職人さんの熟練された技術がないとできなかったものをデータ化することによって、加工技術がなくても短時間で寸法などを精密に切り出すことができる、ものづくりにおいて画期的な技術だ。また、木材を加工してものづくりをするとどうしても値段が高くなってしまうが、ショップボットを使うことで一度に大量生産ができるため金額を抑えることができ、仮設住宅などの災害時に理想的な機械であるといえる。
このショップボットを使い、地元の小国杉を加工して仮設住宅バンガローを設計する。従来は技術を持った大工がいなければ建てられなかった建物でも、この工法を使用すれば、中学生から大人まで自分の手でバンガローを建てることが可能となるのだ。また、カットされた状態の木材を備蓄として置いておくことで、あとは建てるだけという状態を作ることができるので、災害に備えることができる。
一般的な仮設住宅の建設は通常、多くの設計図を描き、大工さんが何度も加工する過程が必要になるため、工期が3か月ほどかかる場合もある。しかしショップボットを使った場合、災害で道が寸断されて技術を持った大工さんや重機の往来ができなくなるなどの特殊な環境においても、その地域に住んでいる人たちがまずはその地域にある材料とその人たちの手で仮設住宅を作る作業を始められる。地域完結型にすることで、災害時に小さな町や集落でも住む場所を確保することができ、コミュニティを失わずに済むのだ。
中山間地域や林産地での防災のモデルケースを、南小国町から発信したい
今回、山鳥の森オートキャンプ場の「仮設住宅バンガロー」にデジタルファブリケーションを取り入れたきっかけは、もともと南小国町に250年の歴史を持つ小国杉が地場産業としてあったことが大きかったという。油分が多く、木材としても優れている小国杉のブランドを積極的に国内で発信するために、町としてショップボットを導入していた。
キャンプ場の復活にあたって3棟あったバンガローを単純に建て直すのではなく、防災の機能を兼ね備えたコンセプトでバンガローを建ててみてはどうかというアイデアが町にあり、同じ木造の住宅を立てるのであれば、デジタルファブリケーションを活用しようということで今回の企画が実現した。
今回の仮設住宅バンガローの設計図は、最終的には全国の林産地、ショップボット所有地域で共有することを目標としている。「中山間地域や林産地での防災のモデルケースになればと思っています。」と、二人は話す。
デジタルファブリケーションによって設計図をデータで共有できるため、ショップボットさえあれば、データ化された設計図に応じてそのまま機械が木材をカットしてくれる。日本には、南小国町のように杉を特産としているところは多くある。そのため、仮設住宅のモデルとなる設計図を南小国町で作れば、その設計図データを他の地域とも共有し、地域完結型の防災システムを広げることができる。今後、被災を経験した南小国町だからこそ伝えられるメッセージとともに、災害時に欠かせない存在になるであろうデジタルファブリケーションの技術が日本各地のみならず世界で、広がっていくかもしれない。
最後に、山鳥の森オートキャンプ場から人々にどんなメッセージを伝えたいか聞くと、ありささんからこんな答えが返ってきた。
「絶対に災害はくるし、人間はその大きさには到底敵わない。でも備えをしっかり行い、自然とうまく付き合っていくことでもしかしたら命も家族も守れるかもしれない、と感じるんです。とはいえ、やはり実際に被災を経験していないと、どうしても防災は人ごとになってしまいがちなので、『備えの大切さ』をリアルに伝えていくことが、被災を経験したキャンプ場としての私たちの使命だと思っています。自然環境に生かされているという感覚、身の回りの自然に感謝するような気持ちを誘発する場所としての『防災体験キャンプ場』を作りたいと思います。どうかもう少しだけ、待っていてください。」
編集後記
「被災しないとわからないけれど、被災してからだと遅い」。被災を経験した山鳥の森オートキャンプ場だからこそ発信できる「備えること」の大切さを、聡也さんとありささんが何度も口にしていたことが印象に残っている。今後、ますます災害が増えていくであろう日本・世界において、被災した地域からのメッセージは私たちの防災への意識を自分ごと化させる力があるだろう。
また、もともと林業関係でお仕事をされていたありささんはデジタルファブリケーションに対して、「もちろん、大工さんの技術は失われて欲しくない。適材適所だと思っています。」と、ショップボットが災害時に適していることを強調していた。古くからある残したい技術とテクノロジーのバランスをとることが大切だということも感じた。
山鳥の森オートキャンプ場では現在、被災から立ち上がり新たな「防災体験キャンプ場」をつくるべくクラウドファンディングを実施している。少しでも活動を応援したいという方は、ぜひ参加してみてはいかがだろうか。
【クラウドファンディングサイト】 山鳥の森キャンプ場新しい形の空間作りプロジェクト
【参照サイト】 ShopBot