近年、森林破壊をはじめとしたさまざまな環境問題が私たちの身の回りで起きている。中でも森林火災などで大規模な損失が報道されている熱帯雨林。ブラジル国立宇宙研究所(INPE)によると、2020年7月までの1年間でアマゾンの熱帯雨林の森林消失面積が前年の同じ時期より9.5%多い11,088平方キロメートルに広がったという。前年の数値を上回るのは3年連続であり、消失面積は3年前から約6割増えた。温暖化による乾燥で森林火災が発生しやすくなったことや、違法伐採が相次いだことが要因だとの見方もある(※1)。
そうした問題がある中で、あらためて人間と自然環境の関係性を捉え直す議論が世界各地で展開されている。そして、そのような議論に大きな示唆を与えてくれるのが自然環境と密接に触れ合いながら生活を営む先住民族の姿だ。
失われていく自然環境の中で、先住民族の人々はどのような営みを続けているのだろうか。今回、人類学者として1年間アマゾンに入り込み現地の先住民族の暮らしに密着したドキュメンタリー映画『カナルタ 螺旋状の夢』を制作した太田光海さんに取材した。
話者プロフィール:太田光海さん(おおた・あきみ)
1989年東京都生まれ。神戸大学国際文化学部、フランス・パリ社会科学高等研究院(EHESS)人類学修士課程を経て、英国・マンチェスター大学グラナダ映像人類学センターにて博士号を取得した。パリ時代はモロッコやパリ郊外で人類学的調査を行いながら、共同通信パリ支局でカメラマン兼記者として活動した。この時期、映画の聖地シネマテーク・フランセーズに通いつめ、シャワーのように映像を浴びる。マンチェスター大学では文化人類学とドキュメンタリー映画を掛け合わせた先端手法を学び、アマゾン熱帯雨林での1年間の調査と滞在撮影を経て、初の監督作品となる『カナルタ 螺旋状の夢』(2020年)を発表した。本作は2021年10月2日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国で劇場公開される。
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フランスで異文化を見つめた学生時代
日本の大学を卒業後、フランスに渡り人類学を本格的に学び始めた太田さん。太田さん自身の人類学への関心は、日本社会への違和感にまでさかのぼる。
太田さん:日本という社会の中でずっと小さい頃から生きづらさを感じていました。学校でも、自由がないと感じたり、人間関係もみんなが監視しあっている雰囲気を感じたり。そうした生きづらさがありながらも、世界全体で考えたらいろんな生き方があるんだよなと思い、「異文化」というものに惹きつけられていきました。
そこで、太田さんは異文化について体系的に学べる人類学を専攻し、修士課程に進むタイミングで、人類学の伝統が長く、アートを取り巻く環境が魅力的なフランスへ渡った。進学先のパリ社会科学高等研究院(EHESS)では社会科学系の授業を中心に、セミナーだけでなく国際移民学やドキュメンタリー映像論など領域横断系の授業を履修したそうだ。
そして、修士課程入学前にもパリに1年間の交換留学生として滞在していた際に、太田さんのその後の活動に大きな影響を与えた出来事があった。それが2011年に起きた東日本大震災だったという。徐々に、太田さんは自身の関心の変化を無視できなくなっていった。
太田さん:福島の原発事故もあり、強い衝撃を受けました。この先自分が何をやっていけば良いのか、ゼロから考えざるを得なくなって。その時に、「人間が自然と、どうやって共生しているか」に関心を持つようになりました。
当時フランスで活躍していていた人類学者フィリップ・デスコラ氏のエクアドルのアチュアール族に関する研究にインスピレーションを受けた太田さんは、アマゾンの先住民の研究を通して自然と人間の関係を問い直していきたいと思ったそうだ。
映像を通して伝えるアマゾンの日常
太田さんは文化人類学を学ぶ中で、映像という手法を通してアマゾン先住民のありのままの姿を発信していきたい気持ちになったという。
太田さん:文化人類学にはフィールドワークが大切です。彼らの習慣や言語、考え方を参与観察していき、彼らと同じ気持ちに至るまでに自分自身をまわりの環境に適用し、そこから自分を客観視して、何かを論じる学問だと思っています。それってすごく貴重な体験だと思うのですが、そうした体験が世の中に伝わっていない感覚がありました。その体験を、ハードルを低くした上でより多くの人に届ける手段を考えた時に、「映像」が面白いと思ったんです。もともと私も写真が好きでカメラに親しみがあったので、そうした手法と融合させて何か伝えていきたいなと。その中で、「映像人類学」という分野に出会いました。
映像人類学は世界的にも珍しい学問であり、フランスに専門の学科がなかったため、太田さんはこの分野を牽引するイギリス・マンチェスター大学の博士課程に進んだ。そこで研究テーマの詳細を詰め、1年間アマゾンでフィールドワークをすることに。知人やエクアドル現地の人々との繋がりもあり、アマゾンに住むシュアール族の元へと訪問した。
実際に1年をかけてシュアール族の人々の生活に入り込む中で、太田さんは社会問題起点の発信や、撮影対象を美化するやり方ではない方法を意識しながら撮影したという。
太田さん:先住民族を扱う映像作品は、環境問題に警鐘を鳴らしたり環境保護を啓発したりと、「社会問題」を前面に出す傾向が強いと感じます。問題として伝える方法にも意義があると思いますし、自分もそうした作品を通して学んでいますが、それだけでは伝わりきらない側面があると思っていて。「問題」としてパッケージ化してナレーションを入れて伝えるより、視点をずらして「ありのまま」の彼らとの距離感や、自分がどう伝える立場にいるべきなのかを考えました。また、先住民族の生活を美化したものにもしたくなくて。映像での発信における第三の道を模索していきました。でも、つまらなかったら人は見てくれない。面白い映像にするけど、扇情的じゃないという加減が難しいと感じました。
実際に太田さんの作品『カナルタ』は、終始静かに淡々とシュアール族の日常生活が映し出され、場面が展開されていく。また、まるで現地にいるかのような臨場感のある音響は観る人をアマゾンの世界に没入させてくれる。ビジュアルや音響を誇張せずシンプルにありのままを映す太田さんの思想を感じさせる部分だ。
太田さん:エフェクトを入れたり奇をてらった細工をしたりしなくても、僕らのいる世界は音も景色も美しいと思います。僕自身にはミニマリズム的な感覚があって、楽しく生きるために必要なものは多くないと思っていて。これはアマゾンの世界にも通じます。森という自然の中で日々様々な発見をしながらクリエイティブに生きている。この作品でエフェクトを多く使っていないのは、彼らのシンプルな生き方が十分面白いと思っているからです。
すべてがつながり合う、円環の思想
1年間のアマゾンでのフィールドワークと撮影を通して太田さんが一番心に響いたのは、自身を取り巻く物事や世界に対するシュアール族の思想だという。
太田さん:シュアール族にとって、物質や自身を取り巻く全てのものが地続きです。例えば、一般的に私が持っているコップはただの「コップ」としか認識できないですが、シュアール族は「これは土からできている」というレベルから向き合っています。プラスチックや木のケースであっても、どう切り出されて加工されたか、何でできていてどこから来ているのか、どう作れるのかを常に考えている。「自然は綺麗なもの」に留めず、「この土を使ったら土器が作れる」、「この草を組み合わせたら健康になれる」など、あらゆるものがプロセスとして繋がっている世界観があるのだと感じました。
作品の中で印象的なシーンの一つに、幻覚作用を持つ植物・アヤワスカを使用し未来のビジョンを見ようとするシュアール族の場面がある。植物を媒介に自身を覚醒させ、時に内省する姿は、まさに自然と自分自身を地続きに考えているように見え、心に残るものがあった。
太田さん:彼らは、アヤワスカも地球上に存在している「普通のもの」と認識しています。彼らには様々な薬草に対する知識がある中で、他の薬草には他の役割があるように、幻覚作用のあるアヤワスカを特別視せず「そういう作用のある薬草なんだ」という認識を持っています。文献を読むだけではこうした彼らの感覚はわかりません。そうした感覚は、研究者として現地へ行って感じたことや考えを突き詰めた上でわかったことですね。
夢を通して世界を理解するシュアール族のまなざし
この『カナルタ〜螺旋状の夢〜』というタイトルには、シュアール族が大切にする言葉が込められているという。
太田さん:「カナルタ」という言葉には、「おやすみなさい」、「良い夢を」、「ビジョンを見なさい」という3つの意味があります。シュアール族の彼らは、寝る前やアヤワスカを使用して覚醒するときにこの言葉を使います。つまり、彼らにとって自分自身のビジョンを見ることと眠ることはイコールで、地続きの感覚です。彼らが夢を通していろんなものを理解していくプロセスを、「カナルタ」という言葉は象徴しているように感じました。
実際に、作品の中では「夢」をきっかけに部族初の女性リーダーになった女性や、先に述べたアヤワスカを用いて自身のビジョンを見ようとする男性の姿が映し出されている。
太田さん:もともとこの作品は、「Kanarta: Alive in Dreams」という英語のタイトルを先に考えていました。彼らの世界観の特徴として、何かが膨張していき自分が世界を支配している感覚よりも、同じ状態がずっと続く円環的な感覚が強いと思っていて。一方で、円環だからと言って同じものの繰り返しではなく、回っているけどどこか別の場所にも向かっている状態のような。これが、「螺旋状の夢」というタイトルに繋がっていきました。
太田さんは、タイトルだけでなく編集の仕方にも工夫を凝らしている。様々なシーンがループしているかのように、場面のサイクルを2、3周させてデジャブ感を起こすような編集にし、螺旋的な動きとして表現に落とし込んでいったそうだ。
太田さんは東日本大震災をきっかけに、これまでの消費主義的な生き方から抜け出すためのオルタナティブな可能性を求めて研究や制作を行なってきた。その中で、大切なのは私たち自身がよりしなやかに生きていくことだと話す。
太田さん:土台にある考え方は変わっていませんが、仰々しくその可能性をまわりの人たちに提案しても、人間誰しも急激には変われないと思います。たしかに変化する希望もあるけど、それ以上に伝えたいのはもっと自由にしなやかに生きていいのではないかということです。彼らの生活を想像するときには、いつも水のメタファーが思い浮かびます。水は、形はないけど必要なものです。水のようにあらゆるものに溶け込みながらこの世界を生き抜く感覚は、よりオルタナティブな可能性を切り開くことの必要性を思い出させてくれます。今後も、この世界の中でのよりしなやかな生き方、考え方を、撮ったり書いたりしていきたいです。
編集後記
今回の取材で印象的だったのは、シュアール族の人々の暮らしや価値観に対する、人類学者としての太田さんの視点だった。「先住民族」は、「古くからの伝統を守る人々」というように、ある意味で美化された対象として切り取られることが多いと感じる。一方で、太田さんは先住民族の生活や価値観に対して1年もの間、現地に密着し彼らの様子を映像に収めた。だからこそ、シュアール族の日常生活という「外面」だけでなく、彼らの心の奥にある「内面」に至るまでが映像に込められているように感じた。そして、視聴者である筆者自身もその世界に入り込む感覚になった。
また、「映像を見れば世界を分かった気になってしまう」というドキュメンタリーの持つカタルシスの作用に対しての太田さんの考えに、筆者自身もはっとさせられた。昨今様々な社会問題に関するドキュメンタリー映像を観る機会が増える中で、問題の現状を知ることができるのはメリットであるのと同時に、映像の中で語られていることが全てだと思わせる作用がある。太田さんの作品はミニマリズム的な感覚でアマゾンの世界の「ありのまま」の姿を映し出そうとされており、映像の中で完結した世界を知って満足するのではなく、映像を通してもっとこの世界を探求してみたいという気持ちにさせてくれる。まさに、今まで知らなかったアマゾンという奥深い世界の入り口が開かれた感覚があった。
人間と自然との関係を捉え直し、新たな視点を得たい方にぜひこの作品を視聴いただきたい。
上映スケジュール
10月2日(土)〜 シアター・イメージフォーラム(東京)
10月29日(金)〜 伏見ミリオン座(愛知)
11月6日(土)〜 横浜シネマリン(神奈川)
11月19日(金)〜 出町座(京都)
11月20日(土)〜 シネ・ヌーヴォ(大阪)、元町映画館(兵庫)
その他の上映スケジュールはこちらを参照
※1 日本経済新聞(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66837710R01C20A2EAF000/)
【参照サイト】akimi ota
Edited by Megumi