合理的で商売上手な気質の人が多いオランダには、一般的にスケール展開が難しいとされている社会貢献型ビジネスにおいても成功を収めている事例が多く見られる。
ダウン症のスタッフが活躍するカフェチェーン店「Brownies&Downies」もそんなオランダらしい手腕で注目を浴びる企業の一つだ。2010年に始まったこの企業は12年間で国内56店舗まで店舗数を増やした。また、コロナ禍ではインスタグラムやTikTokなどのSNSを通じて個性豊かな彼らの働く様子を赤裸々に投稿したことがきっかけで国内外からの注目は一層高まっている。
今回はアムステルダムからバスで1時間ほど南下した場所にあるアイトホールン(Uithoorn)にある店舗を訪れ、オーナー店長のFransさんに話を聞いた。
デイケアサービスとカフェの両輪で走る独自のビジネスモデル
Q. ここでは何人の従業員とダウニーズが働いているのですか?
3人の従業員と1人のシェフの4人が社員として働いています。そこに、パート雇用の子たちも3人ほど雇い日に応じて業務に入ってもらいます。ダウニーズ(ダウン症のスタッフのこと)は現在10人います。ダウニーズは農場や他の飲食店や施設でも働いているので、彼らの予定も合わせながら、5日間で分けて彼らのシフトを組んでいます。
Q. 持続可能な形で社会貢献活動を続けるためには、マネタイズも大事ですよね。Brownies & Downiesはどのようなビジネスモデルなのでしょうか?
我々は、実はカフェ営業を主な収入源としていません。この会社の主な収益源は、障害を持つ子たちが社会で働くためのトレーニング施設としてのものです。ダウン症の子たちのデイケアサービスの受け入れ先として、収益をあげているのです。オランダ政府の法律でダウン症の子どもを持つ親には補助金が出ます。その補助金で親たちはデイケア施設にお金を払い、私たちは受け入れ先として彼らのトレーニングやお世話を行います。そして親たちは日中仕事に出かけられるのです。なので、定期的に彼らの保護者とも面談を行います。
どの親も子どもたちに成長を求めますし、子どもたちに期待してより多くの業務を任せてあげてほしいと要求する人もいます。ただ我々は子どもたちをトレーニングし、彼らの成長も記録し、彼らが今以上の仕事をできるかどうかを慎重に判断します。
保護者も子どもたちがどのように働いているかを聞きたいので、「今日はこんな注文をとることができました」「タブレット端末を上手に扱えました」といった彼らの働く様子を保護者にレポートしています。つまり、カフェだけではなく、福祉施設としての利益が我々の事業を支える収入源なのです。
Q. 現在オランダ国内で56店舗にまで拡大していますが、国外に事業を広げることは考えていないのですか?
ベルギーに1店舗だけありますが、今はオランダ国内マーケットのみに焦点を当てています。というのも、この店はダウン症の親へ補助金を与える法律があるオランダ政府の仕組みの上で成り立っていると考えているからです。他の国になると、また事情が異なってきます。
Q. 仕事内容や働き方について、ダウニーズ本人たちの希望も聞きますか?
もちろんです。全員が彼らみんなが自分のやりたいことをわかっているわけではありませんが、私たちは「何をしたい?」「何を学びたい?」と彼らに問いかけながら働いています。ダウニーズたちは、ここで働き始め、カフェで働くこととはどういうことなのかを徐々に理解しながら、こうしようかな、こうしたいな、といった意志が芽生えてきます。
彼らはまさに「Leaning by Doing(やりながら学んでいる)」のです。
「ダウン症であっても、カフェで働けるんだ」という自信や、社会の一員として認められてる実感を持ってもらうことが、我々がこの事業を行う上で大切にしている最も大切なビジョンです。
ダウニーズが働きやすい仕事環境を作り出す
Q. 彼らが店舗業務をする上で難しいことはありますか?
まず、彼らが仕事の申し込みをしてきた段階で、自分でトイレに行けるか、食事を食べられるか、など最低限の条件を満たしているかを判断しなければいけません。さもなければここで働くことはできません。
他のデイケア受け入れ先では、キャンドルを作ったり、農業をやったりと文字が理解できなくても問題ない仕事もありますが、ここはカフェなので文字を理解できることも必須条件です。
私たちは、iPadを使用して注文を取ります。なので、この端末に表示されているお客様の番号や、「コーヒー」「ブラウニー」などのメニュー名などは少なくとも理解できなければならないのです。
ただ、ここでは一人だけ特別に文字を読めないけれど採用したダウニーズがいます。彼はもうすでに3年ほど一緒に働いていて、お皿洗いやテーブルセッティングを担当しています。
ダウニーズの能力に応じて、私たちが与える仕事内容も変えています。カトラリーやナプキンなどのテーブルセッティング、オーダーの注文、配膳などのサービス業務が基本ですが、例えば、ある女の子は私と一緒にレジに立って金銭のやり取りもできます。ある男の子は、キッチンに入ってリンゴや人参を切ります。
Q. 彼らをサポートするための専門的なケアマネージャーがいるのですか?
いいえ。僕らはダウン症の専門家ではないのですが、各店舗マネージャーが定期的に集まって、より良いサポートをするために知識や情報をシェアしています。
Q. ダウニーズが働きやすくするために工夫していることとして、どんなことがありますか?
例えばこの端末も彼らがより覚えやすいように、メニューカテゴリーごとに色分けをしています。赤はホットコーヒーやティーなどの温かいドリンク、青はソーダなどの冷たいドリンク、という感じです。
あるモロッコ出身の女の子は母国語がアラビア語なので、読む方向が英語とは逆でメニューを理解できません。ただ、彼女は本当にここで働きたいという意志が強かったので彼女が働けるように、私たちはお客さんにメニューを書いてもらう注文書を作りました。注文書をテーブルに持って行き、お客さんに注文したいメニューをチェックしてもらうようお願いします。そしてその注文書をそのままキッチンに持っていき、オーダーを通します。
ダウニーズがここで働くために最も重要なことは、業務の流れを理解することです。なので、毎朝9時に出勤したら、本日の業務をボードで確認します。そして一緒に業務内容のおさらいをします。途中で何をやるかわからずマネージャーの元に聞きにきた時は、再度ボードを確認して自分で何をするべきか、思い出すように促します。
料理が美味しいは大前提。クオリティには手を抜かない
Q. お客さんの層はどんな人々が多いですか?
若者からお年寄りまで幅広い年代が来られます。お客さんがここに来る理由は、食事が美味しいからです。私たちはホームメイドにこだわっていて、化学調味料も出来合いのものも使っていません。アップルパイも、ブラウニーも、全て店内で作り、クオリティの高いフードを提供しているので、お客さんも常連でやってきてくれるのです。
Q. お客さんとのやりとりで困ったことなどはありますか?
いいえ、お客様は我々のことを知ってから来るので、ダウン症の子たちがここで働いていることも、彼らにどこまで期待できるかも、よく理解してくれます。例えば注文したコーヒーが提供されるまでに時間がかかっても、理解してくれます。
ここに来る人々は、忙しいビジネスパーソンのような過ごし方をするよりも、コーヒーをゆっくり楽しんだり、おしゃべりをしたり、といった過ごし方をしています。また、ダウニーズたちとコミュニケーションをとることや、働く様子をみるのが好きという方も多く訪れます。平日日中はランチタイムに近くのオフィスで働いている人が来てくれたり、土曜日に家族連れで来てくれたり。
Q. Brownies and Downiesは地方や郊外に店舗が多いですが、なぜアムステルダム市内や都市部には展開しないのでしょうか?
物件の価格が高いことも理由の一つですが、アムステルダムにはたくさんのカフェやレストランがあります。またお客さんの数も多く忙しいので、ダウニーズたちにもプレッシャーになってしまいます。彼らがストレスなく働く環境としては、郊外の方が良いのです。
Q. ダウニーズが働きやすいように工夫するだけでなく、高い品質の食事を提供することも、Brownies&Downiesのコンセプトですよね。
はい、私たちはプロのシェフを雇っており、フードやドリンクの高いクオリティにも自信を持っています。私たちマネージャーは、ダウニーズたちの能力を見極めて、キッチン業務も任せる場合もあります。野菜を切ったり、りんごを混ぜたり、ブラウニーの生地を捏ねたりといった工程を教えながら一緒に行っています。
編集後記
この企業が拡大し続ける理由は、独自のビジネスモデルとマーケティング戦略の工夫に限らず、知的障害者でも個々の能力を発揮して働きやすくする各店舗における小さな工夫の積み重ねにあることがわかった。
そして、実際に店舗でお茶やコーヒー、ブラウニーを注文してみると、その美味しさに感動する。コーヒーもこだわりのあるプロデューサーから直接仕入れていたり、紅茶も厳選した6種類の香り高い茶葉を選ぶことができたり、ブラウニーなどの食事は全て店舗内でホームメイドだったりと、食事のクオリティが高いことも、成功の大きな要因となっている。また、店内の雰囲気もよく、常連も多いためかダウニーズとお客さんが仲良く話す様子が見てとれた。
ユニークなコンセプトで注目を引くことだけでなく、ビジネスとして成功を収めるためには、店舗運営の細部にまで手を抜かないこだわりと、地道な努力が重要なのだろう。
【関連サイト】Brownies&Downies
Edited by Motomi Souma