筆者が住んでいるウガンダ含め、アフリカのさまざまな国では、障害を持った人々が物乞いをしている姿を目にする機会がある。道端で自分の身体的な障害を見せることで、通行人からお金を得て生活する彼ら。その多くは適切な医療措置がとられていないだけでなく、適切な教育を受けられていない。
人によっては初等教育さえ、諦めざるを得ないことがある。1994年に国際文書としてされたサラマンカ宣言では「どんな特別な教育的ニーズを持つかにかかわらず、万人が教育を受けられるようにしないといけない」というインクルーシブ教育に関する記載があるものの、実態が追いついていないのだ。
そんな中、アフリカ東部のルワンダで、聴覚障害を持つ子供と持たない子供が一緒に学ぶ学校がある。2000年にルワンダの首都キガリで設立された、毎日の授業で手話を使う「GS INSTITUT FILIPPO SMALDONE(以下GS IFS)」だ。
GS IFSは、500人の全校生徒のうち半分が聴覚障害を持った子どもで、残りの半分がそうでない子どもで構成されている。クラスにも耳が不自由な子どもが半分おり、マイノリティとはならない。教師たちはみな、手話と発声の両方を使いながら授業を行うそうだ。
聴覚障害を持つ子どもにとって、学校内では満足のいく教育を受けられても、学校のない休暇中や卒業後に、「手話が通じないのが当たり前」の世界に放り込まれたときに適応できないという課題がある。GS IFSでは、当たり前のように手話を使った授業を行い、生徒たちが一緒に学ぶことで、聴覚障害者とそうでない子どもが、互いの世界を理解するきっかけにしたいと考えているのだ。
校長先生のジャンヌ氏は「生徒たちを混在させているのは、助けが必要な生徒が孤独を感じないようにするため」と述べる。
GS IFSの影響は教育現場だけでなく、聴覚障害者の家庭にまで及ぶ。普段は手話で会話をする子供が、学校の休暇中に家族とのコミュニケーションで困らないよう、同校は障害のある子供たちの家族に向けた講義も用意している。
ルワンダの教育省で特別支援教育を担当するマリー氏は「学校は、特別支援を必要とする子どもが他の子どもと同じように学校を卒業できるように、インクルーシブ教育を採用する必要がある」と言う。
ルワンダでは1994年、フツ族とツチ族の間でジェノサイドが起こり、約100日間で80万人の犠牲者が出た。こういった歴史的背景から、ルワンダでは人々をこれ以上分断せず、「共生」できる社会を目指そうとしている。GS IFSはまさに、特別なニーズな必要のある人とそうでない人が、共生できる環境をつくりあげていると言えるだろう。
筆者が学校を初めて訪問した際、筆者の外見から「耳が聞こえるかどうか」の判断がつかなかった生徒は、手話や発声、様々な手段を使って話そうとしてくれた。子供にとって、無意識のうちに互いの個性を尊重することを学べる環境に置かれることが、本当のインクルーシブ(=包括的)な社会をつくる人に育っていくのではないか。そう感じた経験だった。
【参照サイト】GS INSTITUT FILIPPO SMALDONE
【参照サイト】Are schools doing enough for learners with special needs?
Edited by Kimika