雑誌『Ethical Consumer』は、英国のエシカルシーンをどう作っているのか

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どの洋服を買うか迷っているとき、レストランでメニューを決めるとき、電力会社を選ぶとき……あなたは何を基準にしているだろう。また、どのように情報を集めているだろう。

「エシカル」という言葉が日本を含む多くの国で用いられるようになった今日。情報に溢れる現代社会で、何をもって「エシカルな選択」とするのか、判断はますます難しくなっている。エシカルとは本来「倫理的」という意味だが、どのプロダクトやサービスが倫理的であるかはどのように測ればいいのだろうか。

イギリスのエシカルシーンを牽引してきた雑誌の一つに「Ethical Consumer(エシカル・コンシューマー)」がある。1989年に設立されたこの雑誌は、生活者に対して持続可能で倫理的な商品やサービスに関する情報を提供することを目的としている。独自のエシカル指標を生み出し、「結局何を選べば良いのか」が生活者にわかりやすいと定評のある雑誌だ。

彼らは、どのような想いを抱えて活動しているのだろうか。イギリスの人々にエシカルな選択を促すなかで、難しさを感じるとしたらどのようなことだろうか。今回はエシカル・コンシューマーのShanta Bhavnani(シャンタ・バブナニ)さんに、組織としての「本音」を聞いた。

フラットな組織が生み出す、独自のエシカルの指標

イギリスのマンチェスターで3人の創業者によって設立された、エシカル・コンシューマー。現在22名のメンバーが在籍している。

「組織の目的は、創業当初から変わらず『エシカルなアイデアを広める』という極めてシンプルなものです。エシカル・コンシューマーは企業というよりも、組合のような形式を取っていて、フラットな組織構造を採用しているため、創業者も含めすべてのメンバーの給与は同額に設定されています」

エシカル・コンシューマーはWebサイトと紙面の両方で公開され、サブスクリプションのシステムを導入している。現在、1万5,000人のユーザーが登録しており、無料で公開されている一部のコンテンツも含めると、月に約10万人が雑誌を閲覧しているという。

シャンタさんの書いた「ビスケット」に関する記事。選ぶ際の基準やスコアリングが見られる。

2023年1・2月号の特集は「銀行」だった。誌面ではイギリスでよく使われる銀行が、「ポリシー」「投資先」などの項目をもとにエシカル度合いで評価されてランキングになっており、「良い」「平均的」「悪い」の3つに色分けされている。口座をつくるのに避けた方が良い銀行も明記してあるのが特徴だ。

「エシカル・コンシューマー」の誌面

選択ができないことを決して責めない。個人ではなく、システムの変革を問う

イギリスでも、まだまだ消費文化の真ん中にエシカルの考え方があるわけではない。多くの人が「エシカル」という言葉の意味はわかるものの、常に商品の倫理的観点を配慮して買いものをしている人の割合はわずか5〜10%に止まるという。ただ、イギリスにはエシカル消費を推し進める強い背景があるとシャンタさんは話す。

「イギリスは世界で初めて産業革命を起こした国であり、その代償として常に都市部の貧困問題と隣り合わせでした。さらには、ずっと帝国主義国家として様々な地域を植民地化し、奴隷制に依存した産業を許していた国でもあります。そうした歴史の反省を受けて、ビジネスの負の側面を見る視点が養われました。NPOやチャリティなど、市民社会のセクターが強い一因もそうした部分にあります」

そんなイギリスでは、ここ40年で一番の上昇率と言われるインフレが起きており「生活費高騰」が大きな社会問題となっている。エシカルな商品を選びたいが、経済的に難しいという人も多いだろう。エシカル・コンシューマーはそのような「値段設定」も考慮して、生活者の立場から変革を促す。

「エシカルやオーガニックの商品はたしかに高いものが多いです。ただそれは、そもそもラグジュアリーなものとして、マーケティングの観点から(必要以上に高い)値段設定がされている場合もあります。誰もがそれにアクセスできるようになるよう、企業側が変わらなければいけない部分も大きいでしょう」

「エシカル・コンシューマーが意識しているのは、雑誌の中で比較的手の届きやすい選択肢も提示することです。『最も良い商品には及ばないけど、悪くはない』選択肢が生活者のためになることもあるからです」

シャンタ・バブナニさん

「誰も完璧にこなすことはできません。私たちはエシカルな選択ができないことに罪悪感を抱かせようとしているわけではないため、困難がある場合は生活者と一緒に声を上げようと思っています。また、そもそもエシカル・コンシューマーは『買うこと』を奨励している雑誌ではありません。いい商品を長く使えるように促しています。目的は、ただ既存のシステムの中で『消費』を促すことではなく、生活者自身により良い『消費文化』を作っていってもらうことなのです」

例えば、環境負荷軽減のために公共交通を使わずに自転車で通勤したいと思っても、安全な道がなければそれは難しい。このように消費者の意識だけではなく、企業と政府によるシステムが変わらなければいけない場面は多くある。消費者の人がエシカルな選択をできる土壌を作っていくこともエシカル・コンシューマーの仕事なのだ。

最近のエシカル消費。注目の5つのキーワードとは

「エシカル消費」と一言で表現されるものの中には、様々なものが含まれる。近年エシカル消費に関心を持った人にとっては何がそのきっかけとなったのだろう。シャンタさんはこのように語る。

「ロンドンでは夏の最高気温が40℃を記録するなど、気候変動の影響を肌で感じることが増えました。そうして人々の関心が高まり、アクションを起こす人も多くなったように思います。また、新型コロナも人々の意識が変わる大きなきっかけになりました。国際的なサプライチェーンが途絶えたときはじめて『なんでこの商品は中国から来ていたのだろう?』と考えることにつながったのです」

人々の関心が高まる中で、最近エシカル消費に関してイギリスでホットなトピックはどんなものなのだろう。シャンタさんは、エシカル消費でポイントとなる5つのことを教えてくれた。

「新型コロナの影響でサプライチェーンが崩壊したことがきっかけで、やはり『地産地消』はホットなトピックになっています。さらに、コロナで時間ができたことで自分がすでに持っているものを長く使うための『修理』も注目されるようになりました。イギリスでは以前からそうですが、古着の価値も再認識されるようになりましたよね」

「あとは、様々なプロダクトやサービスの所有権ではなく使用権を販売する『サブスクリプション』は業界問わず様々な場所で見られるようになりました。また、最近話題になっているのは、『ヴィーガニズム』かもしれません。先日、ケンブリッジ大学の学生が食堂のメニューをすべてウィーガンにするかどうかの投票を行い、賛成が過半数に達したというニュースもありました。特に若い年齢層の関心は高いように思います」

「そして、最近エシカル・コンシューマーの雑誌でも特集したところですが、『銀行』の動きは非常に厳しく監視されるようになりました。生活者はお金を預け、それが銀行を通じて他の企業に融資されます。そのときに例えば化石燃料の会社への融資が行われていたとすると、間接的に環境問題に関与することになります。大きなお金が動くという意味でも、銀行の動きは常に注目の的です」

「グリーンウォッシング」の難しさにどう向き合うか

ここまで主に生活者・読者の視点で、エシカル・コンシューマーの活動に迫ってきた。それでは、実際にエシカル・コンシューマーに評価される対象である企業の活動についてはどうだろう。まずは、生活者・企業がともに気にしているであろう「グリーンウォッシング」についてシャンタさんの意見を聞いた。

「サステナブルなビジネスを始めよう、あるいは徐々にサステナブルなビジネスを移行していこうと思い、努力している最中の企業は多いと思います。そこで、『本当の意味で移行しているのかどうか』を判断するのは非常に難しいです。ただ『その企業が本気なのかどうか』は生活者が一番気にしており、エシカル・コンシューマーも最も関心を持っているところの一つです」

「企業にお願いしたいのは、『自分たちはここに取り組んでいるから良い!』と謳うよりも、難しさを素直に話すことですね。サステナブルなビジネスへの移行が簡単ではないということは、みんなよくわかっています。だからこそ、どんな困難を抱えているのか、はっきりと対外的にコミュニケーションを取ることが鍵になると思います」

企業の活動が環境・社会的な側面から見たときに良くない活動をしていたとき、あるいはサステナブルな情報を発信していながら内実がそれに伴っていなかったとき、エシカル・コンシューマーは独自のスコアリングをもとに、それをオブラートに包まず発信する。ときにはそれが企業にとってはネガティブなキャンペーンになることもあるだろう。そのとき、企業側の反応はどのようなものなのだろうか。

「指標や評価に納得がいかないなど、ときにクレームが入ることもあります。問い合わせをもらった場合、チーム内で協議し、間違っていた部分についてはもちろん直します。ほとんどの場合、それ以上のことはありません。大企業も我々のような小さい企業に向けて訴訟を起こすことこそが、彼らの印象を悪くするきっかけになるとよくわかっているからです」

評価対象企業と読者と、ともにつくる雑誌

このように、企業との「共同作業」も経ながら雑誌を作っていくエシカル・コンシューマー。話を聞いている中で、読者とも意見を交わし、意見を取り入れながら、内容を改善するプロセスにも重きを置いていることがわかった。

「エシカル・コンシューマーでは『商品の製造環境負荷』や『サプライチェーンの透明性』などのエシカル指標に基づき、『プロダクト・ガイド』という特集の中でスコアリングを発表しています。プロダクトの種類はさまざまで、例えば洗濯機を特集した回もありますし、ビスケットを特集した回もあります。読者は一般的にどこのスーパーでも置いているような大きなブランドのものに興味があるので、私たちはそれを重点的に調べるのですが、読者がおすすめの(エシカルな)ブランド教えてくれた場合などは新しく記事を追加することもあります」

「本当にエシカルなことをやっている企業は発信していないことも多く、マーケティングに力を入れていないこともあります。彼らを発見するためには、読者の力を借りることも多いです」

企業のプロモーションではなく、生活者の日々の判断をサポートするために存在するエシカル・コンシューマーという雑誌。そこには編集部・読者・掲載先企業の垣根を超えて、柔軟に意見を取り入れる姿勢があった。

これからのエシカル・コンシューマーの歩み

これからエシカル・コンシューマーはどのように歩みを進めていくのだろう。

「第一には、いまやっていることを続けることです。継続することが私たちの使命だと思っています。近い将来に改善したい点としては、システムをもう少しシンプルにすることですね。エシカル・コンシューマーの評価軸は、環境や人権など一定のカテゴリはあるのですが、産業界やNPOの意見も聞きながら、常に変えています。本当に企業が何をすべきかということを都度考えているのです。いまはその評価システムが複雑で、1企業を評価するのに2人の社員が6週間かけている状況です。なので、スコアリングの過程をよりシンプルにしていくこと、それが次のステップかもしれません」

最近は気軽に手に入る情報が多くなったからこそ、もっともらしい情報が書いてあるブログや、とりあえず商品に記載されている認証などに生活者の判断が惑わされかねない。そうした難しい状況だからこそ、エシカル・コンシューマーは多くの判断材料を生活者に提供しつづけていく。

編集後記

エシカル・コンシューマーが読者のことを思い、なるべく優れた判断材料を提供しようとする姿勢に触れて、日本でたまに手に取っていた雑誌「暮らしの手帖」のことを思い出した。「暮しの手帖」は、創刊者の美学で貫くため、また商品テストを厳正に行うため、創刊時から自社以外の広告を掲載しなかった。「残念ながら、おすすめできるものはこのなかにはありません」「〇〇円の価値なし」など、エシカル・コンシューマー同様、歯に衣着せぬレビューが印象的だ。

いまや企業のプロモーションを目にせずに街を歩くこともできなければ、インターネットで情報を検索することもできない。買ってほしそうに私たちを見つめてくる商品に囲まれた生活の中で、その商品の存在価値について本当の意味で考えることは難しい。

「何を売るか」ではなく「何を選ぶか」という生活者の視点で商品の価値を捉え直すこと。それはすなわち「私たちが本当に望むものはなにか」という視点でものを買うことについて考えることであり、生活者だけでなく企業にとっても価値のあることだろう。イギリスの「消費」ではなく「消費文化」を作っていくことを掲げるエシカル・コンシューマーは、今後も私たちに大きなインスピレーションを与えつづけてくれそうだ。

【参照サイト】Ethical Consumer
【参照サイト】Ethical Consumer YouTube
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