耕作放棄地が、みんなの“ちょうどいい場所”に。千葉・鴨川で「心を育てる」公園づくりに挑む

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目の前に広がる広大な土地。かつては黄金色の稲穂が踊り、野菜が所狭しと実っていたであろうそこに、今は何もない。長い間手入れされることなく放置された農地──耕作放棄地だ。

耕作放棄地

1961年に608.6万ヘクタールあった日本の農地面積は、2021年には435万ヘクタールにまで減少した(※1)。その要因のひとつには、農業者の高齢化や後継者不足によって農業人口が減ってしまったことがある(※1)。そして、使われなくなった農地の多くが、手つかずの状態となっている。

では、耕作放棄地の何が問題なのか。ひとつには、病害虫や鳥獣被害の発生、土砂やごみの無断投棄、火災発生の原因になる可能性。また、農地の持つ洪水や土砂崩れ防止機能がなくなることによる災害時のリスク上昇なども考えられる。さらに、農地の減少による食料自給率の低下も懸念される(※2)

「耕作放棄地の話になると、農業に興味がある人を探してきてやってもらおうと考える人が多いです。でも、現状の仕組みでは、『ちょっと農業をやってみたい』と思っても、気軽に農地を借りられるわけではありません」

そう話すのは、都内から千葉県鴨川市に移住し、エディブルフラワーとハーブの栽培を始めた井上隆太郎さん。高校卒業後に花屋の仕事をはじめ、造園の仕事やイベントで花を使用した装飾を手掛けてきた井上さんは、2018年、農地所有適格法人 株式会社「苗目」を立ち上げた。エディブルフラワーやハーブの栽培から、里山の整備、古民家を改修したカフェ、耕作放棄地を活用したシェアファームなど、自然を再生させながら、人と自然がつながる場所をつくってきた。

そんな井上さんは今、耕作放棄地から公園をつくろうとしている。

苗目井上さん

苗目の代表 井上隆太郎さん

「地球環境のことを考える人は増えているけれど、少し規模が大きすぎる気がしていて。もっと自分の身近なところからやっていかなきゃいけないと思うんです。私は8歳の息子が大人になるときに自然が残っている状況を作りたい。だから、小さい範囲からでも少しずつ、耕作放棄地を何とかしようと思っているんです」

なぜ、井上さんは耕作放棄地の問題に取り組むのか。そして、なぜ今、公園をつくろうとしているのか。その理由を探るべく、筆者は鴨川にある苗目の拠点を訪れた。

※1 農地の現状 AgriweB
※2 耕作放棄地の再生・利用に向けて 耕作放棄地対策研究会

「なぜ、花には農薬がたくさんついているのだろう?」という疑問から

naeme farmers stand

naeme farmers stand

東京生まれ、東京育ち。高校卒業までひたすらラグビーに打ち込んでいたという井上さんは、「たまたま雇ってくれたから」という理由で花屋のアルバイトを始めた。それから造園の仕事などを経て独立。その後は、企業やハイブランドのイベントやパーティで花を使った装飾の仕事を手掛けるようになった。

大量の花を使って会場を彩る──文字通り“華やか”な仕事を続けながらも、2014年、井上さんは週末に鴨川に通い始めた。「子どもが生まれるのを機に、自然豊かな場所で暮らしたい」そんな想いに加えて、ある出来事が移住を後押しした。

「仕事でかかわっていた企業やハイブランドのパーティでは、多くの場合、前夜祭が開かれ、そこで料理がふるまわれます。そのシェフの多くは外国人だったのですが、会場で花の展示をしていた私は、シェフたちから『日本ではエディブルフラワーは手に入らないの?』と訊かれることが多かったんです」

「日本ではエディブルフラワーは少なく、切り花の市場で買ってきたものは農薬がたくさんついているから食用には向かない。そう伝えていたとき、ふと『農薬さえかけなければ、食べられるのになんでかけるのかな』と疑問に思って。それで、無農薬で栽培しているものがないか探してみたところあまり見つからず、『じゃあ自分でやってみよう!』と思い、畑を借りられる場所を探し始めたんです」

耕作放棄地を目の当たりにして

ハーブやエディブルフラワーの栽培ができる場所を探すなか、知り合いから紹介された鴨川に通い始めた井上さん。少しずつ地域のつながりが生まれていくなかで、あることに気づいた。それは、耕作放棄地があまりに多いこと。担い手がおらず、放棄された農地がまちに溢れている現実を目の当たりにしたのだ。

「2021年にオープンしたカフェの敷地内の畑も、もともとは耕作放棄地でした。どう活用するか頭を悩ませるなか、シェアファームにすることにしたんです。有機栽培かつ在来種の作物を育てていて、一部を個人や企業に貸しています。借り手の多くが都内に住んでいる人たちで、お店で出す料理に使う野菜を育てている飲食店さんもいます。月に一度は来て畑仕事をしてもらいながら、自然に囲まれた空間でゆっくり過ごしてもらっています」

苗目のシェアファーム

苗目のシェアファーム

「最初は、ここで作物を生産してどこかの市場に出荷したりレストランに卸したりしようかとも考えました。だけど、市場に出回っている野菜の値段は安く、高い値段をつけることは簡単ではないし、できた野菜を買い取ることを国が保証するわけじゃありません。農家さんの多くが、跡継ぎとして自分の土地でやっているなか、その人たちと価格で競争するような大型農業をやることは難しいと思いました」

つながりが生まれる「公園」という居場所

耕作放棄地をどうにかしたいと思っていても、複雑な事情が絡み合ってうまく活用されていないのが現状。そう話す井上さんは、農地を宅地ではなく、農地のままどうにか生かせないだろうかと想いを巡らせた。そんななか、次なる耕作放棄地の活用法として思いついたのが「公園」だった。

プロジェクトの名前は、「SOIL to SOUL FARMPARK/子どもとつくる農園」。子どもが遊びながら自分たちで畑のデザインを考え、野菜をつくり、生き物と触れ合い、育てた野菜を食べる。それを大人たちが見守りながら、ときには一緒に遊ぶ。人も動物も、子どもも大人も、境目のない場所──そんな公園だ。

SOIL to SOULFARMプロジェクト

SOIL to SOULFARMプロジェクト。出来上がった公園のイメージ

「馬がいてヤギがいて鶏がいて、さまざまな作物が育っている。そこには、遊べば遊ぶほど農作物が育つ遊具や、楽しみながら環境のことを学べる仕掛けもつくる予定です。たとえば、植物を合わせる支柱がはしごになっていて登れたり、子どもたちが走ったら水が撒かれたり。片方の屋根が草屋根で上れるようになっていて、もう片方がソーラーパネルになっていたり。屋根の勾配で雨水がたまる仕組みも作れたら面白いなと思います。子どもたちが走り回るエネルギーを何かに変換できればいいですよね」

「鴨川に移住し、子育てを始めるなか感じていたのが、都会と比べて『とにかく公園が少ない』こと。息子が小さいときには、よく公園を調べていました。小学生になってからも、田舎だから子ども同士の家が離れていて、歩いていける範囲に友達がいるわけじゃないし、学校が終わったら放課後に友達と遊べるような場所もない。『あそこに行ったら誰かに会えるかも』みたいな場所がないんです。それで、『じゃあ公園をつくろう!』と思ったんです」

苗目のシェアファーム

苗目のシェアファーム

「農業を通して子どもの心を育てながら、農地を未来につないでいく。そんな公園を作りたいと思っています。楽しそうな公園が出来上がったら、地域の人も喜ぶし、それを見て移住しようという人も出てくるかもしれない。そうやってまちが盛り上がっていくと、行政も力を入れるようになっていって、公園をつくる人には補助金を出すようになるかもしれません。『鴨川で耕作放棄地を公園にした』という前例ができれば、他の地域もやりやすくなる。農地を宅地にする以外の選択肢のひとつとして、活動を広げていきたいなと思っています」

「ちょうどいいところ」を目指してやっています

エディブルフラワーとハーブの栽培を始めてからおよそ10年。有機栽培や在来種にこだわったファームとカフェ、里山の再生、そして公園づくり。活動の幅を広げるなか、井上さんはどのような想いで取り組み続けているのか。

「東京にいた頃は、自分自身が環境活動をしようとは思ってはいませんでした。若い頃に高層ビル群にぼんやりと違和感を抱いたり、イベントの仕事をしているときに花を大量に使って捨てることに違和感を持ったりしていましたが、なんとなく嫌だなと思っていたくらい。だけど、展示の仕事でシェフからエディブルフラワーについて聞かれたときに、『なんで農薬がかかっているんだろう?』と思ったように、疑問に思ったことを調べていくと、世の中は理不尽なことばかりだと気づきました」

本当は必要ないのに、お金稼ぎのために化学肥料や農薬を使わなければ育たない種子がつくられる。仕事柄、そうした話を聞くこともあり、徐々に環境のことに興味を持ち始めた井上さんは、「じゃあ自分の生活だけでも環境に悪いことはするのやめよう」と少しずつできることから始めるようになった。そんな想いから、カフェの内装や提供する料理の食材にもこだわるなか、ひとつ意識していることがあるそう。

「『無農薬』とか『オーガニック』という言葉を表に出しすぎないことです。あまり出しすぎると、とっつきにくい人もいると思うので。僕だって、食べたいものを食べたいし、遊びたいときは遊びたい。欲を我慢しないでもできることはいっぱいあるはずだと思っていて。だからこそ、幅広い人たちにふらっと来てもらって、自然のなかで遊び、自然と親しんでもらえるような場所を提供したいんです。そんな想いでこの場所をつくりました」

naeme farmers stand

naeme farmers standのエディブルフラワーを使ったスイーツ

「環境に対して興味があるし活動をしているけれど、あまり過激にならないように、ちょうどいいバランスを探りながらやっています」

もっと「本質」を大事にできたら世界はもっとよくなるはず

“普通の人”にもできることはある。そう信じて、自分にできることを続けてきた井上さん。最後に、今の世界にとって「特に大切だと思うこと」を伝えてくれた。

「すべてのことに言えると思うのですが、私たちはもっと、『本質』を大事にしていかないといけないのではないでしょうか。たとえば、育てている野菜や植物が病気になったり虫に食べられたりしたとき、多くの人は薬をかけます。でも病気になったり虫が来たりする原因は、周りの環境にあるんです。本当に必要なのは、木を切って風が通るようにしたり、水はけを良くしたりすること。もし古民家の湿気がひどいのであれば、山と古民家の境界に溝を掘ってジメジメするのを解消したり、南側の木を切って日を入れたりすることが必要です」

「『ここがだめになっているから、ここに働きかける』ではなく、一歩引いて物事をとらえないと。環境を再生した結果、ここが良くなる、というふうにしていかないと根本的な解決にはならないと思うんです」

苗目 井上さん

カフェがある広い敷地内では、子どもたちが笑い声をあげながら走り回っていた

表面的で一時的な「解決」ではなく、根本的な原因にアプローチすることが大事ではないだろうか……?そう話す井上さんの目の前では、子どもたちが走り回っている。

「このままいくと、土地もなくなるし、何より子どもたちにいいものを残せない流れになってしまう。それを食い止めたいんです。子どもたちが楽しく過ごせる自然、生態系を残さないと。そのためにも、みんなが楽しみながら自然や動物の大切さを感じられる。子どもたちが大人になったとき、その次の世代に自然や動物の大切さを伝えていける──そんな公園をつくりたいです」

編集後記

鴨川に来て、井上さんが手入れするようになった里山。週に一度、7年間整備し続けたところ、これまで育たなかった広葉樹の木が育つようになり、実がならなかった柚子ができるようになり、椿の花が咲くようになったそう。

「週に一度、数人でやるだけでも、山は少しずつきれいになります。小さい規模でやっても意味がないという人もいるけれど、できる範囲でやったほうがいい。10坪でも100坪でも、ちょっとずつでも」

鴨川の里山

鴨川の里山

たとえ一輪でも、多くの花が咲くようになった未来は、きっと今より美しく、そして平和な世界になっている──そう信じて、私なりの「小さいけどできること」を見つけてみようと思う。

▶苗目が挑戦する公園づくりプロジェクト 「耕作放棄地を公園であり農園に」子どもと一緒につくる遊び場へのクラウドファンディングページはこちらから

【参照サイト】農地所有適格法人 株式会社 苗目

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