新しい生活が始まる、春。新しい学校生活が始まる人、社会人として働き始める人、同じ職場だけれど新年度の始まりを心機一転迎える人──暮らしに変化が訪れる人は多いだろう。
だが、春に変化を迎えるのは人間だけではない。毎年3月になると、アメリカで何万キロもの大移動をする生き物がいる。渡り鳥だ。渡り鳥の主要な通り道となっているアメリカ南部・テキサス州では、約20億羽の鳥が、春には南から北へ、秋には北から南へと通過する(※1)。
しかし、その多くが旅を無事に終えることができない。毎年3億6,500万〜10億羽の鳥が人工物に衝突して命を落としており、これは渡り鳥の死亡要因において最も多い原因の一つとなっているのだ(※2)。
特に課題とされているのは、照明の向きや強さが不適切なために生じる「光害(ひかりがい)」だ。北アメリカの80%の渡り鳥は夜に移動している一方、鳥が光の方向に集まったり、光によって方向感覚を失ったりすることで、建物やタワーに衝突して命を落としているという。その多くは、アレンハチドリなどの小さな渡り鳥だ。
この課題に対処しようとアメリカで広がっているのが、Lights Out(消灯)プログラム。毎年、春は3月1日から6月15日、秋は8月15日から10月30日の期間、午後11時から午前6時まで建物の電気を消すことを呼びかける取り組みだ。個人でできることとして、消灯以外にも、夜遅くまで仕事をする人のための作業照明の設置や、自動センサーライトの使用、上向きと水平方向の光を止めるなど、多くの選択肢を紹介している。
同プログラムは1993年にカナダ・トロントで始まり、1999年にアメリカ・シカゴで米国初の実施、そして現在では州・地域レベルでは7ヶ所、都市レベルでは40ヶ所を超える組織が立ち上がっている。
多くの渡り鳥が通るテキサス州では、2017年にLights Out, Texas!という独自プログラムを立ち上げ、2020年以降そのコミュニティは急速に拡大しているという。またニューヨーク・マンハッタンでは、毎年9月11日にアメリカ同時多発テロ事件の追悼として2本のライトが上空に向けて伸びる。この光によって何百もの鳥が困惑し旋回し続けていたが、20〜30分だけでも消灯すると鳥の密集を防ぐことができるという(※3)。
コーネル大学鳥類学研究所が開設しているウェブサイト・BirdCastでは、渡り鳥の飛行ルート予測やライブ地図を公開。コロラド州立大学と共同で作成される、日ごとの予測マップには、鳥の「交通量」が色別で示されている。こうしたツールから、いつ自分のまちの上を渡り鳥が通っているのかを知ることができるのだ。
また、電気を消すことで電気代を抑えて環境負荷も軽減できるため、Lights Outプログラムは動物だけでなく人間にとっても良い影響を与えている。これは、あらゆる生命へのインパクトを踏まえてまちを作るマルチスピーシーズ・シティの実践の一つとも言えるだろう。
電気を消すという身近なアクションとはいえ、「環境保護のため」という理由ではなかなかその効果を想像しにくい。だが、そのスイッチ一つで渡り鳥の長い旅の一部を支えることができると想像すると、どうだろうか。「あの渡り鳥たちのために」という想いが、都市の光を和らげ、人と鳥が共に生きやすいまちを作ろうとしている。
※ 以下動画内では鳥の亡骸も映されているため、ご覧になる際はご留意ください
※1 TWO BILLION BIRDS ARE ON THE MOVE|Audubon Texas
※2 Scott R. Loss, Tom Will, Sara S. Loss, Peter P. Marra “Bird–building collisions in the United States: Estimates of annual mortality and species vulnerability,” The Condor, 116(1), 8-23, (2 January 2014)
※3 We Finally Know How Bright Lights Affect Birds Flying at Night|Audubon
【参照サイト】Lights Out Program|Audubon
【参照サイト】Texas’ skyscrapers are going dark to keep billions of birds safe|BBC
【参照サイト】Lights Out Texas|Audubon Texas
【参照サイト】Lights Out Texas|Texan By Nature
【参照サイト】環境省「星空を見よう」 光害について
【参照サイト】Lights Out Texas Project Overview|Cornell Lab of Ornithology
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