学校に“行かずに”学ぶ選択。英国で増加する「ホームスクーリング」のいま

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社会構造から個人の価値観にいたるまで、私たちの生活に大きな影響を与えた新型コロナ。ロックダウン中は先進国を中心にデジタル化が一気に加速するなど、教育のあり方にも変化をもたらした。筆者の暮らすイギリスではコロナ禍以降、正規の学校に通わず自宅で学習する「ホームスクーリング(Homeschooling)」を受ける子どもが急増している。こうした子どもたちの中には、オンラインで授業や課外活動を行う「オンライン・スクール(Online School)」の利用者も増えている。

イギリスにおいては、2023年に12万5,000~18万人の子どもがホームスクーリングを受けていたと推定されている。その数は2015年から2018年の間に40%増加し、さらに2019年から2023年の間に最大140%増の12万5,000~18万人に達した(※1)

イギリスの子どもたちに何が起こっているのだろうか。アメリカに次ぐ世界第二のホームスクーリング大国である、イギリスの教育事情を覗いてみよう。

欧米で定着している「ホームスクーリング」とは?

そもそもホームスクーリングとはどのようなものなのだろうか。また、なぜ欧米を中心に定着しているのか。ホームスクーリングへの理解を深めるために、まずその背景を見ていきたい。

現代版ホームスクーリングはアメリカで誕生

ホームスクーリングの起源は、アメリカの教育理論家ジョン・ホルト氏が既存の教育システムに異論を唱え、「アンスクーリーング(学校へ行かない)運動」を始めた1970年代に遡る。後に教育理論家レイモンド・ムーア氏が運動に加わり、ホームスクーリング・ニュースレター「Growing without Schooling(学校教育を受けずに育つ)」を発行するにいたった(※2)

「学校の暗記型教育は、子どもを従順な従業員に育て上げることを目的としており、それが抑圧的な教室環境を作り出している」「早期の学校教育は子どもにとって有害であり、8~9歳までは家庭で教育すべき」という両者の主張は多数の教育者や親から熱狂的な支持を得て、瞬く間に全米から世界へ広がった。

時代の変化と共にホームスクーリングが多様化する中、「子どもに教育の自由を与える」という信念は、時代や国境を超えて受け継がれ、現在オルタナティブ教育としての地位を確立している。

アメリカやイギリスなどでは珍しくない選択肢

日本においても、ホームスクーリングやフリースクールは存在する。しかし、特別な理由がない限り、子どもに正規の学校で義務教育を受けさせることが保護者に義務付けられているため、「学校に行かない=不登校や病気、事故」など、やむを得ない理由があるというイメージが強いかもしれない。

ホームスクーリングの発祥地であるアメリカを筆頭に、イギリスやフィンランド、デンマークを含む一部の国では、合法かつインクルーシブなホーム・エデュケーション(家庭教育)の一種として定着しており、義務教育期間であっても、家庭を拠点に自分のペースで学習する選択肢が子どもに与えられている。また、イギリスなどでは、ホームスクーリングと通学を組み合わせる「ハイブリッド・スクーリング」を選択する子どもも多い。

法的規制やガイダンスなどは各国により異なるが、基本的にはカリキュラムや授業計画、リソースの提供、学習評価に至るまで、保護者が子どもの教育に関する全責任を負い、「先生」の役割を担う。親が自ら教えるケースもあれば、家庭教師を雇ったり、オンラインプラットフォームを利用するケースもある。

ホームスクーリングが選ばれる理由

ホームスクーリングを選択する理由は様々だ。先進国でホームスクーリングが支持を得た初期には教育的理論が根底にあったが、近年は「学校に馴染めなかった(いじめを受けた・友人をつくれなかった・勉強についていけなかったなど)」「通学時間がなくなれば、その時間を他のことに使えるようになる」「自分のペースで学習したい」など、個別の理由でホームスクーリングを望む子どもも増えている。

また「家族で過ごす時間を増やしたい」「学校を信頼できない」「子どもの個性と自主性を育みたい」といった親側の意見もある。

ロックダウン中に学校が閉鎖されたことによる影響も大きいだろう。「義務教育期間中は学校に行く必要がある」という固定観念が崩れ、学習に対するアプローチが一気に多様化したのだ。一方で、デジタル教育やリモートワークの普及により、親にとっても子どもにとってもホームスクーリングを選択しやすい環境が生まれた。

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国境を越えて学べる、オンライン・スクール

ホームスクーリングの選択肢の一つとして注目が高まるのが、オンライン・スクールだ。これは、インターネットを利用して遠隔授業を行うデジタル学校のことを指す。

塾や大学などで行われているオンライン授業と異なるのは、オンライン・スクールの多くが週5日(月曜日~金曜日)の学習や時間割を導入し、教員免許を取得した教師を雇用することにより、正規の学校とよく似た形態を実現していることだ。正規の学校とよく似た形態である点だ。各国の中等教育修了資格や上級教育修了資格を取得するという前提で、学習指導要領に沿って授業を進めたり、アートや音楽、体育などの副教科を専攻したり、定期的に対面イベントを開催したりする、オンライン・スクールも多い。

正規の学校と比べると1クラスの生徒数が少ない点や、国境を越えたグローバルな教育を提供している点が魅力の一つである。例えば、インターネットを介して、日本にいながらイギリスの学校の授業を受けることも可能だ。

ホームスクーリング家庭の増加を受け、オンライン・スクールも多様化している。ここでは、公的・教育機関の認定を受けた欧州のオンラインスクール3校の取り組みを見てみたい。それぞれどのような特徴があるのだろうか。

1. メタバースを教育に取り入れる「ソフィア・ハイスクール」

2020年にイギリスの校長や経験豊かな教師たちにより創設された、「オンライン教育認定制度」の認定校。

世界中の4~16歳(授業料:年間9,099~12,750ポンド/約174万~243万円)と16~18歳(年間4,250~4,950ポンド/約81万~85万円)の子どもを対象に、メタバースによる授業を取り入れたデジタル学習モデルや、SDGsを根幹に掲げたカリキュラムなど、次世代の人材を育成するための教育を提供している。

2. 世界トップクラスの教育水準を誇る「ケンブリッジ・ホームスクール・オンライン」

イギリスで最も定評のあるオンライン私立校の一つ。欧州、アフリカ、中東、アジアに居住する7~19歳(授業料:年間5,450~9,950ポンド/約104万~190万円)を対象に、アート&デザイン、ドラマ、音楽を含むカリキュラムを提供している。

同校の強みは世界トップクラスの教育水準。全教師が各専門分野の博士号を取得しており、世界の一流大への進学を目指す学力や才能を伸ばすことを教育目標に掲げている。また、生徒は20以上の課外活動に無料で参加できるなど、レクリエーション面も充実している。

3. 生徒の個性に合わせたカリキュラムを展開する「インヴェンタム・インターナショナル・オンラインスクール」

ブリュッセルのフランダース・インターナショナル・スクールの姉妹校として、25年以上の実績を誇る。インターナショナルスクール評議会(CIS)やブリティッシュ・インターナショナルスクール(COBIS)の認定を受けているほか、世界有数の国際教育機関であるケンブリッジ・アセスメント・インターナショナル・エデュケーションの検定センターにも登録されているなど、国際的にも信頼が厚い。

対象年齢は11~18歳まで。ケンブリッジ認定カリキュラムに基づき、130科目以上の科目から興味のある分野を学習できる。また、テクノロジーからマインドセット、ウェルネスまで多様な分野をカバーすることにより、潜在能力を最大限に発揮できる学習環境を提供している。生徒一人ひとりのニーズや予算に合わせて、カリキュラムやサポートをカスタマイズできるシステムもユニークだ。

オンライン・スクールを実際に利用した利用者の声は?

オンライン・スクールが続々と生まれている中、実際の利用者の声も気になるところだ。

教育水準やサポート面に関しては概ねポジティブなフィードバックが多い反面、「対面式に比べるとクラスメイトや教師とコミュニケーションが取りにくい」「教師の目が行き届きにくいため、自主性や集中力が問われる」「長時間モニターを眺めることによる心身への影響が心配」「社交性を培う機会が限られている」といった懸念も指摘されている。

筆者の身近な例を挙げると、友人の子ども(12歳)が半年程前からオンライン・スクールで学んでいる。学校や友人と合わなかったなど、特別な理由があったわけではなく、「伝統的な学校制度にうんざりした」のだという。本人にオンライン・スクールの感想を聞いてみると、「毎週各教科の評価を受ける必要があるという点にプレッシャーを感じるし、クラスメイトと直接コミュニケーションがとれないのがもどかしいけれど、正規の学校よりストレスが少ないところが気に入っている」とのことだ。

一方、その母親も「他の生徒は授業に集中しているのに、うちの子どもは興味のない授業だとこっそりスマホを触りだすこともある」と不満を漏らす一方で、「ホーム・スクーリングを始めてから、精神的に落ち着いたし笑顔が増えた。学校側の手厚いサポート体制にも安心感を感じる」と満足そうだ。

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ホームスクーリングと経済格差の問題

オンライン・スクールの利用も含め、一見すべての子どもに「教育の自由」が与えられているかのように見えるイギリスのホームスクーリングだが、それがすべての人々に開かれたものではないと指摘する声もある。

経済的影響もその一つだ。基本的にホームスクーリングにかかる全費用は自己負担となり、学習の質が教材やリソースの確保、保護者の関与など、様々な要素に左右される。自己学習による平均費用は年間推定1,000~8,000ポンド(約19万~153万円)。親が全面的にサポートし、無料教材をフル活用するなどの工夫すれば、費用を最小限に抑えることもできるが、オンライン・スクールや家庭教師などを利用する場合は平均金額を大幅に上回る(※3)。つまり、カリキュラムやサポート体制が充実したオンライン・スクールや家庭教師は、経済的に余裕のある家庭の子どもだけに許されているとも言えるのだ。

その一方で、経済的な理由から学校を頻繁に欠席したり、ホームスクーリングへの切り替えを余儀なくされる子どももいる。義務教育期間の授業料は無料だが、制服や通学、ランチ(給食・弁当)、レクリエーションなどに必要となる金額は、中学校で年間平均1,756ポンド(約34万円)以上(※4)。低所得家庭には補助金が支給されるとはいえ、経済的な負担は大きい。実際、低所得家庭の子どもの約4割が継続的に欠席しており、その割合は中所得家庭以上の子どもに比べて2倍以上高いという政府の調査結果も報告されている(※5)

ホームスクーリングから考える、教育のこれから

ホームスクーリングという独自の空間で学習する子どもの増加は、将来のイギリス社会にどのような影響を与えるのだろう。「教育機会が増える」「学校でのトラブルがあったときの受け皿となる」「自主性の高い大人に成長する」といったポジティブな影響が期待出来る反面、「教育格差が広がるのではないか」「従来の対面式のコミュニケーションが苦手で、プレッシャーに弱い人が増えるのではないか」などの懸念もある。

また、イギリス全体の生徒数は現在ピークを越え、減少傾向に転じている。既に一部の地域では生徒数が著しく減少しており、今後学校閉鎖や生徒不足が深刻化する可能性が高まっている。ホームスクーリングの増加は、従来の学校のような学習の場を縮小させる可能性もある。

子どもの可能性を広げる新たな選択肢として注目されるホームスクーリングが社会に与える影響については、今後も多角的な視点からの議論が必要になるだろう。

※1 ※3 Teachers to your home – Facts about homeschooling in the UK. A guide for parents / How much does homeschooling cost?
※2 A Brief History of Homeschooling
※4 The minimum cost of education
※5 Almost 2 in 5 poorer pupils were persistently absent last year

【参照サイト】Coalition for responsible for home education – A Brief History of Homeschooling
【参照サイト】Markinstyle – 23 Homeschooling Statistics You Need to Read in 2024
【参照サイト】HSLDA – Legal status and resources on homeschooling in Finland
【参照サイト】文部科学省「別添3 義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律(平成28年法律第105号)」
【参照サイト】My Online Schooling – What is online schooling and how does it work?
【参照サイト】BBC – School absences: Boost sport to get pupils back in class – report
【参照サイト】House Of Commons Library – Home Education in England
【参照サイト】Sophia High School
【参照サイト】Cambridge Home School Online
【参照サイト】 Inventum International Online School
【参照サイト】School Weeks – Almost 2 in 5 poorer pupils were persistently absent last year
【参照サイト】Child Poverty Action Group – The minimum cost of education
【参照サイト】Gov.UK – National pupil projections
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Edited by Megumi

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