お金ではなく、想いでつながる“日本流”VC。鎌倉投信の「創発の莟」ファンド

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経済格差や貧困、少子高齢化、地球温暖化など、多くの課題が山積する現代。そんな中、「これからの日本に本当に必要とされる『いい会社』を応援したい」という想いから2008年に設立されたのが、独立系資産運用会社「鎌倉投信」だ。設立当初から、社会や地球にポジティブなインパクトを与えると同社が判断した上場企業を投資対象とした投資信託「結い2101(ゆいにいいちぜろいち)」を運用してきた。

投資の目的は、より良い出会いを生むこと。鎌倉投信が作る、”縁をつなぐ”金融

そんな鎌倉投信が2021年3月に組成したのが、10年後や20年後の社会に必要とされるスタートアップの想いやビジョンを丁寧に紡いで事業を育み、彼らを長期的に支援していくファンド「創発の莟(そうはつのつぼみ)」だ。

取材に伺うと、社員総出で和気あいあいと庭掃除をしている場面に遭遇。鎌倉本社の立派な日本庭園からかき集められた落ち葉は、裏庭のコンポストに運ばれる。

取材に伺うと、社員総出で和気あいあいと庭掃除をしている場面に遭遇。鎌倉本社の立派な日本庭園からかき集められた落ち葉は、裏庭のコンポストに運ばれる。

一般的な投資ファンド(ベンチャーキャピタル:VC)によるスタートアップ支援は、多数のスタートアップに多額の投資を行い、上場(IPO)で成功することを期待する手法を取っている。そのため、VCから出資を受けたスタートアップは、投資家へ利益を返すこと(リターン)を優先させるために急速な事業成長を求められる。そこで成果が出せなければ支援を打ち切られる可能性がある、いわば多産多死のモデルだ。

そんな中で鎌倉投信の「創発の莟」は、新しい秩序や構造変化をもたらすスタートアップに対し、それぞれの成長ペースに合わせた支援を行うことで会社を育み、みんなが生き抜いていけるファンドを目指している。

IDEAS FOR GOODでは、そんな鎌倉投信の魅力を深掘りする連載記事を、1か月にわたり3本お届けする。第一回目の対談では、鎌倉投信がどのように社会変革を生み出すスタートアップを発掘し、事業を磨き上げていくのかや、投資判断の考え方や描く未来について、鎌倉投信「創発の莟」メンバーの江口耕三さん、古場裕史さん、森達哉さん、佐間田侑花さんの4名に話を聞いた。

写真右から森さん、江口さん、古場さん、佐間田さん

写真右から森さん、江口さん、古場さん、佐間田さん

地域やコミュニティに根ざす「日本流VC」をつくっていく

Q. 『創発の莟』ファンドについて教えてください。

江口さん「一般的なVCのスタートアップ投資は、100社に投資して1社が上場するという多産多死のモデルとされています。しかし、会社が創業者の想いを持って生まれたものである以上、すべての投資先の成功を願うファンドがあってもよいのではという想いがあり『創発の莟』を創設しました。

このような『100社に投資して1社上場すればよい』という考え方は、米国のような超競争社会には適していると思います。そこでは、世界中から優れた人材が集まり、新しいビジネスが次々と生まれます。事業が失敗しても何度でも挑戦できる文化が根付いているので、多産多死のモデルが機能するのです。しかし、日本では一度失敗すると再起が難しいため、米国式のVCモデルが必ずしも日本で馴染むとは限らないと考えています」

古場さん「日本には元々、地域やコミュニティに根ざした金融システムである「模合(もあい)」(※)がありました。私たちは、経済性のみを過剰に追及するのではなく、地域やコミュニティに根ざした日本流の金融を体現したいと考えています」

佐間田さん「また場所も一極集中が続いており、スタートアップの約9割が東京に集中しているという現状があります。私は、東京以外の場所、例えば鎌倉などで、行政、VC、大学、地元企業などと協力して横の連携を作りながら、一つのスタートアップを応援できることにとてもやりがいを感じているんです。いわゆるビジネス上の契約やお金ではなく、『この会社、いいことをしているから応援したい』という気持ちを出発点にした、横の連携によるサポートがスタートアップにとって力強い後押しになればと思っています」

森さん「新たな秩序や構造変化を生み出すことは非常に困難で、時間がかかります。ですから、売上や利益を急速に伸ばすことよりも、会社の理念やビジョン、事業戦略を確立させて、プロダクトやサービスを練り上げていくことが重要です。数字はもちろん重要ですが、それよりも描くビジョンや社会像の実現に注力する会社が投資対象として魅力的なので、数字だけを追いすぎないように心がけています」

※ 模合(もあい): 複数の個人や法人がグループを組織して一定額の金銭を払い込み、定期的に1人ずつ順番に金銭の給付を受け取る金融の一形態

Q. 「創発の莟」が投資する「いい会社」とは、どのような会社ですか?

古場さん「資本主義社会において、『自分だけが利益を得れば良い』という自己中心的な考え方ではなく、『従業員、株主、取引先などの社会全体が共に成長していく』という価値観を持っていることがいい会社の1つの要素だと思います」

佐間田さん「鎌倉投信では、三方良しから生まれた『八方良し』という概念を大切にしています。八方良しとは、社員、家族、取引先、顧客、消費者、地域社会、自然環境、株主の8つ立場の方々をステークホルダーと捉え、これらの人々を幸せにしようとする考え方です。そんな会社がいい会社だと考えています」

投資事業部 佐間田侑花さん

投資事業部 佐間田侑花さん

じっくり対話を行い、投資を決めるまで1年半かかることも

「創発の莟」では、「いい会社」をどのように発掘しているのだろうか。投資先との出会い方や投資判断をする際の着眼点、対話の内容について聞いた。

Q. 投資判断をする際の着眼点について教えてください。

江口さん「鎌倉投信は、超長期的な視点で投資判断を行っています。投資先のスタートアップが仮に上場しても、上場後も経営を見守り、上場しない場合も長期間にわたり支援を継続します。長期的な視点を重視しているので、20・30年後の社会においてそのプロダクトやサービスが必要とされ、定着するかどうか、また、社会に受け入れられるかどうかを重視しています。最終的には、社会が少しずつ良くなっていく可能性を見極めることが重要です」

Q. 出資や支援をするスタートアップは、公募などで選ぶのですか?

江口さん「企業側から連絡をいただく場合もありますし、弊社からのアプローチ、または行政や地域の金融機関からの紹介など、さまざまなケースがあります。どの場合も、まず鎌倉投信の投資哲学を説明します。その後、スタートアップのプレゼンを聞いてディスカッションを進めますが、投資をする・しないを問わず、基本的には長期的な関係を想定しています。対話を重ねる中で、『価値観が異なる』と感じることも当然あります。考え方がお互いにフィットするかどうかは重要で、弊社の哲学を理解いただいた上で、支援が始まります」

Q. 対話を重ねて、どのようなタイミングで投資されるのですか?

江口さん「スタートアップの経営陣とは、十分な時間をかけて議論をします。その中で、長期的な視点が足りない経営者に対しては、段階的に課題を出すようにしています。例えば、『現在1万人の顧客がいるとします。将来的に顧客が100万人になった場合、どうなりますか?』という質問を投げかけたときには『そのとき、社会はどう変わっているのか』という視点を持ってほしいと思います。この対話を通じて、社会の変化や人々への影響について共通の認識を育んでいくプロセスが重要だと考えています。

また、投資のタイミングは一度だけではありません。その会社が上場を選択した場合、上場後も株主として関わる可能性があるため、長期的な関係が始まります。最初の対話からすぐに投資をするのではなく、タイミングは会社によって異なり、対話を重ねる中で決まります。中には、出会ってディスカッションを始めて1年半後にようやく投資をすることもあります。投資先の障害者のアーティストとのコラボレーションで新しい文化を生み出す企業・ヘラルボニーも、出会ってから投資までに、約10ヶ月かかりました」

投資事業部長 江口耕三さん

投資事業部長 江口耕三さん

対話によって引き出された世界を一緒に創っていくために、事業計画を練り、磨き上げていく

Q. ヘラルボニーとは、具体的にどのような対話をされたのですか?

江口さん「最初、ヘラルボニーは『障害のある方に対する人々の意識を変えたい』というビジョンを持っていました。そこを出発点に、その人々の意識が具体的にどのような状態になったら『変わった』と言えるのか、また起こしたい変化が何なのか、その変化をどのような数値で評価できるのかについて、初期段階から議論を重ねてきました。例えば、障害のある方に対する不安や理解不足から、人々が回避行動をとっているとしたら、その人々が逃げない社会を目指すのか、それとも困っている人々に助けの手を差し伸べる社会を目指すのかといった議論をしていました。

さらに、どのようなプロダクトやサービスを通じてその社会を実現していくのか、どこから始めるのか、それが人々に受け入れられたときに、描いているビジョンに近づけるのかという話をしていました。最後に、具体的な数字に落とし込む際には、目指す社会にするためにどれくらいの売上・期間が必要なのか、またそれを実現するためにどのようなチームを組織するのか。ビジョンから社会的なインパクトを可視化して数値に落とし込むところまで対話をして、事業計画を練り、磨き上げていきました。

創発の莟は、投資までに時間がかかることがありますが、その過程で経営者の成長を感じることがあります。最初はビジョンや事業計画がぼんやりしていることも多いのですが、対話を重ねることで徐々に解像度が高くなってきます」

Q. 社会的なインパクト(非財務の価値)はどのように可視化していくのですか?

江口さん「社会的なインパクトの具体的な数値や表現方法を一緒に考えていき、最終的に評価指標を決定していきます。ただし、厳密な指標の設定よりも、そのプロセスが重要です。事業計画を見て『面白そうだね、じゃあ投資しましょう』ではなく、『何がしたいのか。何ができるのか。これからどういう世界を創っていきたいか』という点に焦点を当て、その可能性を引き出すための対話を重視しています。そうした対話を通じて引き出された世界を共創していく考え方です。

例えば、ヘラルボニーの場合、私たちは『異彩』と呼んでいますが、あるプロダクトのデザインが障害のあるアーティストによるものであることを知ったときに感じるギャップや驚きがありますよね。そこから生まれるリスペクトをつくっていく、大切にしていくということで『リスペクトを生むようなプロダクトを開発する』という方向性が生まれました。それは、彼らの作品をTシャツにプリントして安く販売するのではなく、3〜4万円のネクタイなどの高品質なアイテムを作り、本物を理解する人々がそれを身に着けたときに、異彩が評価されると考えたからです。これがヘラルボニーの提供する価値で、そうしたストーリーを通じて人々の持つ偏見を変え、社会変革と事業を成り立たせることを目指しています」

経済性と社会性は、表裏一体の関係。インパクトが連動するビジネスモデルを支援する

Q. 社会的なインパクトと経済性のバランスについてはどのようにお考えですか?

江口さん「例えばヘラルボニーの場合は、プロダクトの売上に応じて障害のある人々に収益が還元されます。社会性と経済性が一体となり、社会性のインパクトが大きければ大きいほど、世の中が良くなって、人々の意識や社会そのものが変化していきます。それと同様に経済性が高まることで、売上や利益が生まれるという考え方です。このようなビジネスモデルを構築するお手伝いをしています」

古場さん「ファンドである以上、当然経済性も追求します。事業を行うことで成長し、売上を拡大することは、世の中にニーズがあるということだからです。それは裏を返せば、社会的なインパクトも大きいということです。したがって、経済性と社会性は切っても切り離せない表裏一体の関係にあります。美しいビジネスモデルを描くことは難しいですが、そのために努力し、アイデアを出し、投資先と良好な関係を築いていくことでそれを実現していきたいと思っています」

森さん「鎌倉投信ほど、社会性と経済性を分離させず一体と捉えるファンドは他にないと思います。投資の判断基準や事業計画の策定、そして投資後の支援においても、この独自のアプローチがファンドの強みとして生きてくると思います」

投資事業部インキュベーター 森達哉さん

投資事業部インキュベーター 森達哉さん

それぞれが目指す未来を一緒に実現していくことが、より良い未来への近道

鎌倉投信では、支援先スタートアップの投資回収(EXIT)について一般的な株式公開(IPO)や他企業への売却といった方法だけではなく、持続的な成長を優先的に考え、経営陣や会社による株式の買戻し、従業員や取引先、顧客などコミュニティーへの譲渡(Exit to community)など多様な選択肢を提供するユニークな方針がある。

Q. 投資回収(EXIT)の考え方について、詳しく教えてください。

古場さん「社会的な使命を果たすスタートアップは、必ずしも上場を目指しているわけではありません。むしろ、上場が適さないスタートアップも存在します。そのような会社の株を従業員持株会が取得したり、地方自治体が取得することで、その会社の経営を向上させる株主構成の選択肢があれば良いと考えています。これが『コミュニティへの譲渡』という考え方です」

投資事業部インキュベーター・公認会計士 古場裕史さん

投資事業部インキュベーター・公認会計士 古場裕史さん

江口さん「会社を長期間存続させるためには、株主の構成が重要な要素であると考えています。株式は単なる金融商品としてではなく『生き物』と捉えており、長期間停滞させることは会社にとっても望ましくありません。新たな株主を迎え入れることも重要ですし、迅速に経営の意思決定を行いたい場合は、株主を絞ることも効果的です。いつかは自社の株を出資者から買い戻すことで自己資本比率を高め、自社で経営を行いたいというケースもあると思います。

私たちは、金融という立場で人とのつながりや関係性を大切にしていきたいです。大手の銀行や証券会社と会社の関係は、一般的には会社が金融機関から借りた借入金の返済義務があるから保たれています。ですが、鎌倉投信はお金ではなくて、想いやビジョンで会社とつながっていきたいというのが考えです。想いやビジョンから事業が創られていくので、そこを丁寧に紡いでいくことが創発の莟の役割ではないでしょうか」

Q. 鎌倉投信の創発の莟が描く未来の社会とは、どのようなものなのでしょうか。

江口さん「未来像をひとつに絞らずに、複数の未来を描くようにしています。投資先それぞれが描く未来が多様であればあるほど、良い未来に向かうと考えるからです。それぞれが描く未来が実現するようにサポートするという鎌倉投信の考え方は、投資先の可能性を最大限に引き出すことにつながります。引き出された未来を一緒に実現していくという姿勢が、鎌倉投信らしさなのかなと思います」

佐間田さん「顔が見える関係性で、みんなで応援し合える社会が理想だと考えています。ビジネス上、鎌倉投信のようなVCにも支援が難しいことがあります。そのような状況で、さまざまなステークホルダーの横の連携によって鎌倉投信が持っていない機能を補完し合って、共に最善の選択を見つけていきたいと思います。みんなでお互いに支え合いながらより良い社会を築いていきたいです」

森さん「鎌倉投信は、社会的なインパクトの可視化や経済性と社会性の一体化など、これまであまり見られなかった挑戦的な投資方法を実践しています。この手法が新しい秩序の形成や構造変化を促し、社会変革につながってほしいと思います」

古場さん「現在の投資先が全て成長したら、私たちは今とは異なるポジティブな世界や社会を見ることができると思います。そのような良い変化の連鎖を、リレーでバトンを受け渡すように、次世代の子どもたちにつないでいき、彼らが自由に夢を描き、チャレンジできる世界を目指していきたいです」

創発の莟メンバー

取材後記

パンデミックにより社会構造や経済システムが問い直され、新しい秩序を模索するポスト資本主義の動きがはじまっている。それには、経済や社会の構造自体を変革することが必要であるが、人々の価値観や行動が変わり、新しい社会システムが世の中に定着するには時間がかかるだろう。

取材を通して、目先の成長にとらわれず、それぞれの会社のペースに合った成長を重視し、新しい秩序や構造変化をもたらすスタートアップの想いやビジョンを丁寧に紡いで長い目でそれを支援するファンドがあることに驚いた。

人とのつながりや縁を大切にする鎌倉に本社を構える鎌倉投信は「これからの日本に本当に必要とされるいい会社を応援したい」という気持ちを出発点に、人とのつながりや縁を大切にしながら、日本流の金融で新たなお金の流れを作ろうとしている。

今後私たちが大切に育んでいきたいもの、次世代につないでいきたいものは何だろう。鎌倉投信の取り組みが、より豊かで持続可能な社会を築くための一歩となることを願うばかりだ。今回の取材で感じたのは、未来への希望の兆しだった。

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Edited by Kaho Fukui, Motomi Souma, Erika Tomiyama
写真撮影:cicaco

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