フランス・パリにある、サステナブルなお店が立ち並ぶマレ地区。そのなかに、メイドインフランスの商品を集めた、コンセプトストアがある。お店の名前は『L’Appartement Français』。小さなブティックストアの店内には、過去にIDEAS FOR GOODでも紹介した日本発のコンポストバック「LFCコンポスト」が並べられている。
LFCコンポストとは、都市に住みながらも生ごみの堆肥づくりに取り組みたい人向けに開発された「バッグ型コンポスト」のこと。20年以上に及ぶ研究成果を反映した、悪臭や虫の発生しにくい作りになっており、ベランダや家の中にそのまま置けるスタイリッシュなデザインであるのが特徴だ。日本では2020年1月の販売開始以降、主に都市部を中心に累計参加人数は約1,3万世帯。2021年の生ごみ削減量は約986トン、CO2削減量は約484トンにものぼる。
そんな日本で盛り上がりを見せるコンポストバックの輪が今、パリを中心にフランス各地で広がりつつある。2022年2月、日本でコンポストバックを手がけるローカルフードサイクリング株式会社が、欧州地域への事業拡大を加速させるため、Local Food Cycling France EURL(以下、LFCフランス)と事業提携したのだ。
「LFCフランスでは、LFCコンポストを作る過程で環境面だけでなく、別のソーシャルインパクトを生み出したいというこだわりがあったんです」
そう話すLFCフランス代表の川波朋子(かわなみ ともこ)さんに、今回なぜ事業提携に至ったのか、日本のLFCコンポストとの違い、そしてバッグ型コンポストはフランス人にどのように受け入れられているのか、話を伺った。
1986年生まれ。2009年京都市立芸術大学美術学部卒業。卒業後、外食企業や広告会社にてWebマーケティング、事業開発を担当。2016年渡仏、現在パリ在住。2019年ボーダレス・ジャパンに参画、TOÏRO事業開始。2022年グループ内事業会社LFCと提携、LFC フランス事業開始。
フランスで2023年に生ごみの堆肥化が義務付け。背景にある、気候変動対策
家庭ごみの約30%の割合を「生ごみ」が占めているフランス。実はそんなフランスでは、2023年12月31日から全ての市民に生ごみの堆肥化が義務付けられている。
2023年に向けて、すでに街ではアパートの下にコンポスト用の木箱やボックスが設置されていたり、週末のマルシェに行くと堆肥の回収ボックスが置いてあったりと、その数に驚く。
こうした背景にあるのが2019年に欧州委員会が発表した気候変動対策、欧州グリーンディールだ。2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにすることを目指し、今欧州各国で先進的な政策が進められている。
フランスでは、市民からの政策提言を受けて2021年8月に気候変動対策・レジリエンス強化法が交付され、段階的目標として2030年までに温室効果ガス排出40%削減を目指している。これにはスーパーでの食品量り売り販売の面積を2030年以降、店舗全体の20%以上とすることや、消費者にとって影響の大きい消費・食品関連分野で、すべての製品・サービス消費によるCO2排出量の表示制度「CO2スコア」を2024年までに導入するなどの法案が含まれており、こうしたさまざまな施策が市民の環境意識を引き上げている。
フランスの現在のコンポスト事情は?「手間」や「匂い」が課題
2020年の10月にLFCフランスは、フランスで1年間のLFCコンポストのテスト販売を行った。その際に、川波さんが想像していた以上に、フランスだけでなく他の欧州の他の地域に住む人々からオーダーがあったという。
「最近はコロナの影響でパリ郊外に引っ越しをして家庭菜園を始める人も多く、コンポスター(composter、 堆肥箱)需要の大きさに気づきました」
川波さんはそうした事例や前述した法規制も相まって、フランスにコンポストの追い風が吹いていると話す。そんなフランスでのコンポスト事情はこれまで、どのようなものだったのか。川波さんに尋ねると、フランスではミミズコンポスターや、バケツに蓋がついたような「BOKASHI(ぼかし)」と呼ばれるコンポスターが主流だという。パリでは、コンポスターの購入が助成金対象となっているため、比較的コンポストを始めやすい環境が整っているといえる。
川波さん自身も、昔から「生ごみを捨てるのはダメ」という思いがあり、初任給で生ごみ処理機を買ったほど。大学時代の一人暮らしで、ぼかしを使って生ごみを堆肥化させていたという。川波さんのお話を聞いていると、現状フランスで行われているコンポストの手段には課題が多いことに気づく。
「ぼかしは、生ごみを土と混ぜるのではなく、閉じ込めてその中で堆肥化させるため、匂いが強力なんです」
コンポスターには、酸素を用いて菌を発酵・分解させて堆肥にする「好気型コンポスター」と、発酵に酸素を使わない「嫌気型コンポスター」の2つのタイプがある。密閉して堆肥を作るぼかしは後者の嫌気型。一方のLFCコンポストは前者の好気型タイプで、匂いがしにくい。さらに、ミミズコンポストの失敗談も、実は多いという。
「ミミズは繊細なので暑いと死んでしまったり、バカンス中に家を開けていたらミミズが逃げ出したりという話も聞いたことがあります。また、ミミズコンポストには、柑橘系やニンニクなどの刺激の強いものは入れることができません」
さらに、パリ市内でよく見かける木箱のコンポスターにも、手入れが難しいという課題がある。
「木箱のコンポスターは、生ごみだけを入れ続けても分解されないので、定期的に落ち葉を集めて混ぜたり、切り返しの作業をしたりしなければなりません。私が住んでいるアパートにも市が設置したものがあるのですが、誰も手入れをしないので、うちがやっている状況です。他のアパートでは、誰もメンテナンスする人がおらず、虫が沸いてしまって撤去したという話もあります」
こうした、現状のコンポスターに対して悩みを持っているフランスの人々が今、LFCコンポストを手に取っているのだという。
環境面と社会面のインパクトを考え抜いた、LFCフランスのこだわり
今回フランスで販売している「LFCコンポストセット PARIS エディション」は、都会でもできる簡単、便利でシンプルなコンポストを開発しているローカルフードサイクリング監修の下、製造されている。
バッグ本体と内袋には、ヨーロッパの気候を鑑みてコンポスト内が適温を保つよう厚さ2ミリの再生素材不織布を採用。バッグの上部はファスナーにより密閉できるようになっており、雨水や虫の侵入を防ぐ。
LFCフランスで展開しているLFCコンポストは、見た目のデザインこそ日本で販売しているものとほぼ同じだが、実は製造過程に違いがある。
フランスで販売されているLFCコンポストは、フランスにいる難民の就労支援施設で働く人々が作っているということだ。これにはそもそも、川波さんがなぜフランスに移り住み、今回LFCフランスを立ち上げるに至ったのかまで遡る。
もともと京都市立芸術大学を卒業後、新卒から大手企業でWebマーケティングなどに携わっていた川波さん。20歳の頃から抱いていた「クリエイティブなことをやりたい」という想いを胸に2016年、30歳になるタイミングで渡仏を決めた。
フランスに来てからは、パリの帽子ブランドで研修生として約1年間ものづくりに携わる。その後、洋服作りをしたいと思い立ち、2018年に個人事業主としてアルジェリアの女性の社会的地位の向上を目的に、現地の工芸職人と共同開発したエコフレンドリー素材のライフスタイルブランド『TOÏRO』を立ち上げた。
「きっかけは、2017年に出会った今のパートナーです。フランス人なんですが、父と母がアルジェリアのカビルという山岳地帯出身で、アラブ化する前の独自の文化や言語を持った少数民族でした。彼との出会いからカビルの文化について学ぶ中で、アルジェリアの政治的課題の影響が根深く男女の格差がまだまだあることを知りました。きちんと教育を受けていても、仕事にありつけない女性がいることを目の当たりにし、何か力になれることはないかと思ったのです」
川波さんが注目したのは、カビルの少数民族の魅力ある伝統的な織りの技術。これらをTOÏROの商品作りに取り入れながら、現地の雇用創出をしたいと考えたのだという。
「ゆくゆくはアルジェリアのアトリエでLFCコンポストを作りたいと思っていたのですが、コロナの影響で物を輸出するのが難しくて。しかし、ただ作るのではなく、社会的な価値を生む必要があると思ったとき、パリ近郊に中東出身の難民の人々やハンディキャップのある人々が、ゆくゆくはアパレル産業で働けるようにするための就業支援施設があることを知り、今は彼らにLFCフランスで販売しているLFCコンポストを作ってもらっています」
コンセプトは日本からきている「LFCコンポストセット PARIS エディション」だが、実はそのバック自体はフランスで製造されていたメイドインフランス商品だったのだ。新型コロナの影響により、パリの人々が口を揃えて話すのが、「外に行けないからこそ、ローカルの製品に興味を持つようになった」ということだ。メイドインフランスであることは、フランス人にとっても大事な要素の一つとなっている。
土に触ることが、コロナ禍のストレスを軽減してくれた
そんな川波さんと今回、事業提携したローカルフードサイクリング代表の平由以子さんの出会いのきっかけは、ソーシャルビジネスを通じて社会問題の解決に取り組む、ボーダレスジャパンへの参画だった。二人は、ボーダレスジャパンの同期だったのだという。
「親会社であるボーダレスジャパン代表の田口の取材をメディアで読んだとき、ビジネスで社会課題を解決するビジョンに共感しました。自分自身も、現地に入り込んでビジネスモデルを一人で作ることに不安があったので、2019年にボーダレスジャパンにジョインしたんです。当初は、LFCコンポストの事業に共感しつつも、私はTOÏROの事業をやっていました」
その後、川波さんはフランスに戻るが、そこで新型コロナが拡大。輸出輸入がストップした中で、遠隔でLFCコンポストのウェブマーケティングを手伝っていたという。
「ロックダウンも長引き、私自身も個人的にパリの狭いアパートの閉塞感に嫌気が差していて。コンポストの目的としては生ごみを減らすことでしたが、生ごみを堆肥化するために毎日土に触れて混ぜることは、実際はそれよりももっと精神的なところを助けてくれていたんです。初めて1年半以上になりますが、生ごみを捨てるストレスがなくなると、精神衛生上にも良いと感じています」
自身もLFCコンポストに助けられながら、社名を『TOÏRO』から『Local Food Cycling France EURL』に変更し、協業するに至った。
日本でもフランスでも共通する、コンポスト継続に欠かせないもの
LFCフランスが掲げるのは、誰もが簡単にコンポストを続けられるようにすること、だ。継続のためには、サポートが欠かせないと川波さんは言う。
「日本では、コンポストについての相談を受けるLINEサポーターがいます。フランスでもチャットやメールなどで毎日のようにコンポストに関する質問がきますが、そこは日本のエキスパートと連携をしています」
『匂いがしてきたが、どうすればいいのか?』『堆肥の熟成タイミングの見極め方がわからない』『続けられるかわからない』──そんな連絡にも、一つ一つ丁寧に返していくのだという。
「一人で作業していると、どうしても迷ってしまうことがあると思いますが、そこに寄り添っていくことに、LFCの役割があると思っています」
LFCコンポストをきっかけにパリで生まれる、小さな食循環
また、コンポストがコミュニケーションのタネにもなる。川波さんは、自身が作った堆肥を、近所の友人にあげることもあるという。オーガニックを好む、BIO先進国フランスでは、化学肥料に対して嫌悪感を持っている人も多い。「化学肥料が強すぎて、植物が枯れてしまったという声も実体験として人々にあるので、自分自身で作った堆肥の需要があるんです」と、川波さんは言う。
日本のローカルフードサイクリングでは、半径2キロメートル以内の栄養循環の仕組みを強化し、LFCコンポストでできた堆肥を地域の中で持ち寄れる場所を作っている。今後、LFCフランスでは、どのような展開を考えているのだろうか。
「全員がプランターがおけるベランダや庭があるわけではないので、たとえ堆肥の使い道がなくても、コンポストをやり続けられるような仕組みを作りたい」と、川波さんは話す。
現在はパリの郊外にある、週末農業ができるアーバンファーミングなどと連携し、作った堆肥を自分たちで使う場所を作ったり、できた堆肥の使い道のない人が持っていけたりするような仕組みも進めている。LFCコンポストをきっかけに、小さな食の循環ができつつあるのだ。
「野菜を育てる楽しみがある、出口を作りたいです。購入者は今のところ、8〜9割が女性。個人的には男性にも課題を持ってコンポストを始めて欲しいと思っています。まだまだ女性が料理をすることが多く、生ごみを出す当事者として課題を感じやすいのが女性なのかもしれません。男女が同じくらいのパーセンテージになるようなアクションを仕掛けていくことが、今後の課題です」
編集後記
コロナをきっかけにパリでも、庭にレモンの木を植えたり、ベランダ菜園を始めたりした人も増えたという。これはフランスだけではなく、日本でも起きていることだ。これまで人々にとって購入対象だったものが、意外と自分でも育てられることに気づいたといえる。
さらに、食の都とも呼ばれるパリには街のあらゆる場所に市民農園があり、人々が作物を育てることを楽しむ姿もよく見かける。
LFCコンポストをきっかけに人々がつながり、それを楽しみにコンポストをやるような輪が欧州でも広がるといい。パリ市民が、LFCコンポストでできた堆肥を持って、週末に近所の農園に出かける姿を見かける日も、そう遠くはないだろう。
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