住宅開発を推進する市民運動「YIMBY」は、公正なまちづくりを実現するか

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NIMBY」という言葉をご存じだろうか。「Not in my back yard(私の裏庭には置かないで)」の頭文字をとった言葉で、公共に必要な施設だということは認めるが、それが自らの居住地やコミュニティに建設されることには反対する住民や、その態度を言い表す。基本的には、廃棄物処理場や電気網、原子力発電所、工場、刑務所など、排気ガスや汚染、騒音、事故が起こった時の危険性など、建設されることで周囲になんらかの負の影響を及ぼすことが懸念される施設がその対象となる。

これに対し、「NIMBY」の「N(Not)」を「Yes」に転換した「Yes in my back yard(どうぞ私の裏庭に置いてください)=YIMBY」を掲げた草の根の市民運動がアメリカや欧米各国などで、「住宅」を対象に起こっている。

背景にあるのは、欧米で深刻となっている住宅価格の高騰だ。アメリカや、フランス、イギリス、オランダ、アイルランドといった欧州各国、またオーストラリアなどでは、厳しい自治体規制やインフレにより住宅供給が不足。これにより、特に都市部では住宅の需要に対して供給が追いつかず、住宅価格が慢性的に高騰し、「住宅危機」が深刻化しているのだ。

結果、若年層を中心に家を買うことも借りることもできない人々が増加し、ホームレス状態に陥る事態や、30代の若者が都市部で住む家がないために実家から出られない状態が続いている。

これに対しYIMBYは、「Housing for all(全ての人に住宅を)」を合言葉に、主に政治活動を通じて住宅供給を増やし、住宅不足と価格高騰に対処しようとしている。

主に行うのは、住宅についての勉強会や住宅推進派の政治家との会議、選挙の支援などだ。理念に賛同する市民は誰でもボランティアや寄付などを通して参加可能で、特に20代から30代の若い層が多く参加しているという。発祥は2010年ごろから雇用が急激に増加したサンフランシスコのベイエリアで、その後住宅不足が深刻な他の都市や欧州の国々にも連鎖的に広がった。

一部のYIMBYは、環境問題や気候変動に対処した開発を求めていることも特徴だ。例えばアメリカ各都市のYIMBY運動を束ねる団体「YIMBY Action」のページには、「なぜハウジング(住宅)なのか?」という問いの下に、「人」「平等」「経済」「環境」と4つのキーワードが並ぶ。環境の側面では、オフィスなど人々が集まる場所の近くに住宅が増えることで、長距離通勤を減らし、これが環境負荷を軽減すると主張している。

実際に、YIMBYが住宅を増やすことに成功した事例もある。例えばオークランドでは、YIMBY運動の推進により、地下鉄駅の隣に24階建ての住宅タワーの建設が承認された。また、シアトルでは、活動家たちが市に対して「アップゾーン」(より高密度の建物を許可すること)を推進し、地域での建設が促進されているという。

「California YIMBY」のウェブサイト

「California YIMBY」のウェブサイト

一方で、このYIMBYに対し、批判的な意見も存在する。それは、YIMBY運動は基本的には大きな資本を持つデベロッパーによる「開発」を支持する方向の主張を行うため、主張自体が結局はジェントリフィケーションを招くものであると懸念されているからだ。2017年のGuardianの記事には、YIMBY団体がデベロッパーから巨額の資金を受け取っているという記述もある。

また、一部のYIMBY活動家たちが、純粋に地域コミュニティを守りたいだけの人々をNIBMYとレッテル貼りし、批判していることもYIMBYへの反発が起こっている要因のひとつであるとされている。実は、これまでNIMBYは「社会の公益を考えない自己中心的な人々」といった意味で批判・嘲笑的に使われてきた言葉だが、近年では、開発などに反対する市民の中で本当に自己中心的な人々はごく一部であり、ほとんどの人々の主張には一定の正当性がある場合が多いとも言われている(※)

このようなYIMBY運動やNIMBYについて、あなたはどう感じるだろうか?

筆者が感じたのは、「全ての人に住宅を」というYIMBY運動の動機や目指している方向性は妥当であるものの、それが「どんなものでも良いからとにかく住宅の数を増やせば良い」という方向性であると、一定以上の所得層に向けた住宅ばかりが増え、本当に脆弱な立場にある人たちや社会的マイノリティのためのまちづくりにはつながらないのではないか、ということだ。

これを乗り越えていくためには、YIMBY運動に本当の意味で多様なコミュニティの人々が参加し、街の包括性や持続可能性が議論されていくことが必要だろう。自分の住む街が誰によって作られていて、その決定権を持つ集団から周縁化されている人々がいないかどうか、YIMBYの活動を通して改めて考えてみたい。

「NIMBY のどこが悪いのか」をめぐる議論の応酬(江戸川大学社会学部講師 吉永 明弘)

【参照サイト】What Is a YIMBY? (Hint: It’s Not Good)
【参照サイト】Rise of the yimbys: the angry millennials with a radical housing solution
【参照サイト】What Is YIMBY? The ‘Yes In My Back Yard’ Movement, Explained
【参照サイト】買えない、借りられない…深刻化する欧州の住宅危機
【参照サイト】Inflated rents, high interest rates and lack of supply create European housing crisis
【参照サイト】Could Vienna’s approach to affordable housing work in California?
【関連記事】NIMBY(Not In My Backyard)とは・意味 – IDEAS FOR GOOD
【関連記事】ラテン系移民による、NYのジェントリフィケーションへの「踊る」抵抗とは

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