ラテン系移民による、NYのジェントリフィケーションへの「踊る」抵抗とは

Browse By

アメリカ・ニューヨーク市のロウアー・イースト・サイドというエリアの、名前だけでも聞いたことがある人は多いのではないだろうか。1950~1970年代には、多くのラテン系移民の人が集まり、その後ジェントリフィケーションが進んだエリアだという。

ラテン系の人が多くやって来た時代、街には彼らが集まる社交クラブが数多く誕生した。社交クラブは、おしゃべりしたり踊ったりして楽しむ場であると同時に、人種差別が存在する街で連帯感を高めたり、人々が住まいや仕事を得られるよう助け合ったりする場でもあったそうだ。

ジェントリフィケーション、つまり街の高級化に伴う低所得者層の排除によって店舗の賃料が上昇するなか、ラテン系の人が集まる社交クラブの数は、大きく減ってしまったという。

2021年12月、そんなロウアー・イースト・サイドに、ラテン系の人のための社交クラブ「La Sala de Pepe」が新しくオープンした。


同クラブの目的のひとつは、かつて街に存在した文化の記憶が失われるのを防ぐことだ。社交クラブを立ち上げたホセ・ペペ・フローレス氏は、1951年にプエルトリコで生まれ、19歳のときにロウアー・イースト・サイドにやって来た。ジェントリフィケーションが進む前の街を、知っている世代と言えるだろう。

La Sala de Pepeは、お年寄り、若者、アーティスト、アクティビストなど、さまざまな人を歓迎。人々は楽器を演奏したり、展示された写真を見たりして過ごす。ペペ氏が所有する、約1万枚ものレコードを見に来る人もいるという。

社交クラブの立ち上げに携わったリン・ペンテコステ氏は、NACLAの記事「ロウイーサイダには不動産投資の波が押し寄せましたが、今でも力強いコミュニティが残っています」と話している。ロウイーサイダは、ロウアー・イースト・サイドのスパングリッシュ(英語とスペイン語が混ざった言葉)だ。

あなたも、好きな街の歴史を調べてみてはどうだろうか。もしかしたら、街が発展するなかで隅に追いやられた人がいたり、彼らの文化が消えかかったりしているかもしれない。

【参照サイト】La Sala De Pepe Y Foto Espacio
【関連記事】ニュースルームに、多様性はあるか。世界的メディアの失敗に学ぶ「別視点」の大切さ
【関連記事】差別問題から日常生活のヒントまで。黒人系のための「エスニック・メディア」

FacebookTwitter