医師が「アート体験」を処方?患者の心を癒すフランスの美術館

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多くの人がストレスを抱えることとなったコロナ禍で、メンタルヘルスの課題に対する認知が広がった。同時に、心のケアをするためのさまざまなプログラムも注目を集めるようになった。

2024年現在では、ウイルスの猛威が弱まり行動制限も撤廃され、多くの人が大型イベントや旅行を楽しんでいるように見える。しかし、日本ではコロナ以前と比べてメンタルヘルスが悪化しているという。世界11カ国を対象とした調査によると、2019年と2023年を比較して最もメンタルヘルスが悪化した国は、日本、ドイツ、オーストラリアであるのだ。パンデミックという混乱が落ち着いたとしても、私たちの日常生活においてウェルビーイングやメンタルヘルスと向き合う機会は必要とされている。

その機会を、医者と美術館が助けてくれるという意外な組み合わせのプログラムがフランスにある。同国北部にあるリール宮殿美術館は、地元の病院と連携して「美術館セラピー」を提供し患者の健康やウェルビーイングの向上を目指しているのだ。地元の病院で診察を受けて「美術館訪問」が処方された患者を対象としている。

1回あたり2時間のセッションでは、館内の展示をめぐり、テーマとして扱う作品の解説などを受けたあと、参加者自身がアート作品を制作する。作品の制作中も、美術館の専門家が付き添い、助言してくれるようだ。

これまでに、同美術館はアルツハイマー病患者や薬物使用者などに向けてセラピープログラムを提供してきた。通常は美術館訪問を処方された人が参加対象となるが、処方されていない市民が参加できるオープンセッションも1週間に一度開催しているそうだ。

同施設は、この取り組みを10年以上にわたって実践してきたという。そして2023年9月には、ユニヴェルシテール・ド・リール総合病院と正式な提携を結び、年間140のセッションを開催することに合意した。

このように美術館が市民へのアプローチを強化する背景として、フランスでは2020年4月から、美術館が市民に対して科学的および文化的プロジェクトを実施することが義務付けられたことが挙げられる。アートに精通した人々だからこそ提供できる教育や体験のプログラムが、多くの市民にとって価値があることを示しているのだろう。

このような取り組みは社会的処方と呼ばれ、医療従事者が患者の健康のために代替医療やコミュニティを紹介し、人とのつながりを提供するという手法を指す。アートに限らず、身体を動かすアクティビティや自然との触れ合いも処方箋の一つだ。

アートやサーフィンを“処方”する。メンタルヘルスをケアする「社会的処方箋」アイデア7選

日本でも、アートに触れることを「処方箋」と位置付けた取り組みは広がっている。2024年3月、千葉県の佐倉市立美術館では認知症当事者とその家族、介護者を対象に絵画鑑賞を通じて対話を促すイベントが開催された。これは医師からの正式な処方は不要であったものの、その根源には社会的処方の考えが根付いている。

今この瞬間は問題がなくても、いつ心のケアが必要になるかは予想がつきにくく、時にその必要性を自覚しにくい。だからこそ、周囲からのサポートも大切だ。医療機関が美術館と連携するなど、多様なアプローチが存在することで、自分の心の状態に気づき、一歩踏み出すきっかけが得られるのではないだろうか。

【参照サイト】A Dose of Inspiration: Why Doctors Are Prescribing Museum Visits|Reasons to be cheerful
【参照サイト】Palais des Beaux-Arts de Lille
【参照サイト】The scientific and cultural project of a museum in France
【参照サイト】講演会「アート×美術館×認知症」アートリップの概要と効果 を開催します!|佐倉市立美術館
【参照サイト】認知症・うつ・孤立にアートを 広がる「社会的処方」 アートとケア(上)|日本経済新聞
【関連記事】ベルギーの医師が美術館への無料入場を「処方」。コロナ禍の心のケアに
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