しばらく郵便受けを確認していない間にチラシが溜まり、開けると流れ出してしまった……そんな経験をしたことがある人は多いだろう。ただ、その中に重要な書類が入っているかもしれないので、一気に処分することもできないのが厄介だ。
そんなチラシ対策としてよく見かけるのが、「チラシお断り」と書かれたステッカー。これは法的に拘束力があり、東京ではそのようなステッカーや張り紙を無視してチラシを投函した場合、軽犯罪法に当たる可能性がある。多くの欧州各国やカナダでも、同様のステッカーが利用されているという。
しかし「本当はチラシを受け取りたくないけれど、貼ってもどうせチラシが届きそうだからステッカーは使っていない」という人もいるだろう。その結果、市民は不要なチラシを受け取り続け、チラシは紙ごみに回されていく。時間と資源が無駄になる構造になっているのだ。
この問題に一歩踏み込んだ対策を行なってきたのが、オランダ・アムステルダムだ。2018年から、チラシの無断投函を全面的に禁止し、チラシを受け取りたい人は「Ja-Ja(Yes-Yes)ステッカー」を貼るよう求めた。Ja-Jaステッカーを貼っていないのにチラシを受け取った場合、市民は役場に報告することができ、投函者は500ユーロ(約8万円)の罰金が命じられる。
一部企業からは批判の声も上がり裁判まで持ち込まれたが、2021年9月、上記システムは環境法のもと法律で認められると判決が出された。結果として、アムステルダムは約6,000トンの紙ごみを削減したという。
アムステルダムでは、同システムによって紙ごみを5.3〜11%削減、紙ごみの回収で排出していた二酸化炭素の量も削減でき、年間13万5,000~28万5,000ユーロ(約2,150万〜4,537万円)相当のコスト削減につながった(※)。
アムステルダムの事例がほかの国と決定的に異なっている点は、そもそも「チラシを投函してはいけないか、投函して良いか」という前提の違いである。
他の国ではチラシ投函が許可されている前提で、個人がそれを拒否する権利を認めるオプトアウト制を用いている。一方アムステルダムは、基本的にチラシ投函を禁止し、チラシを受け取りたい人が自身でステッカーを貼る「オプトイン制」をとることで、システムの逆転を図ったのだ。
この戦略は「デフォルト効果」という心理の特徴をうまく取り入れている。人間はデフォルト(初期設定)の状態からあえて変更しようとしない傾向にあるのだ。これをシステム化して不要なチラシの削減に挑んだこの取り組みは、ナッジの好事例とも言えるだろう。
筆者も、東京のマンションに住んでいた頃に「チラシ不要です」という小さな手書きの張り紙を貼っており、ある程度効果があった。一方で、ポストにステッカーを貼っている他の入居者は少なかったものの、毎日のように共用のごみ箱からチラシが溢れていた。つまり多くの人は、チラシは不要だけれどステッカーを貼ってはいなかったのだ。
日常的には、たった数枚のチラシかもしれない。しかしそれが積み重なり、心的ストレスや環境負荷につながっている。公的な機関だからこそ下すことができる、画期的な決断が、それを一掃することができたのだ。
アムステルダムの事例は、自治体が市民の視点に立ち、公共のウェルビーイングを向上させる土台を整えることの大切さを示しているだろう。
【参照サイト】Amsterdam’s Instant Fix for Getting Rid of Junk Mail|Reasons to be Cheerful
【参照サイト】Yes/Yes junk mail sticker gets high court approval|Dutch News
【参照サイト】軽犯罪法|e-Govポータル
【参照サイト】デフォルト効果 | 意思決定・信念に関する認知バイアス | 錯思コレクション100
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