近年、日本や世界で学校でのいじめに対する課題意識が高まっている。
子どもたちの未来に不安を感じ、加害者の責任を強く問うべきといった、「いじめ厳罰化」への思いを強くする方もいることだろう。
日本だけではなく、世界でも同様の問題が発生している。その中で本記事でご紹介したいのは、今世界で注目されている、学校コミュニティをベースとするいじめ解決プログラムだ。そのなかには「いじめ厳罰化」とは逆をいくやり方も存在する。その名も、No Blame Approach、直訳すれば「誰も非難しないアプローチ」である。1990年代初頭にイギリスで心理学者バーバラ・メインズと教育者ジョージ・ロビンソンによって開発されたものだ。
このアプローチでは、いじめの加害者を罰するのではなく、加害者自身がいじめられている被害者である生徒を助けるよう促される。つまり、いじめの解決プロセスにおいて誰かを非難したり罰したりするのではなく、関係している生徒を信頼して解決に導くというものである。
「誰も非難しないアプローチ」とは?3ステップでいじめに向き合う
No Blame Approachのステップは3つある。最初のステップは、被害者のためのコンフィデンシャル・トーク(秘密の対話)だ。被害生徒は、最も信頼できる教師やヘルプスタッフと2人きりで話し合い、胸の内を吐き出す。この内容は生徒の親にも知らされないという。
次のステップがこのNo Blame Approachの根幹である、サポートグループ・ディスカッションだ。被害生徒の信頼する生徒、中立的な生徒、さらに加害生徒というメンバーでグループ(6〜8名)を作り、教師やスタッフと共に「どうすれば被害者を助けられるか」について議論を進める。
加害生徒がこのグループに参加することには驚きがあるが、加害生徒はこのグループでの議論の中で重要な役割を演じるという。教師は、被害者に対する共感を促すために「〇〇さんがどう感じていると思う?」や、「どうすれば〇〇さんが安心できる環境を作れる?」といった質問をグループに投げかける。子どもたちは、いじめを解決する話し合いの経験のなかで様々な感情を学び取り、解決という一つの出口に到達する。
最終ステップは、フォローアップ・ディスカッション。被害生徒を含む全員に対して個別に教員やスタッフがフォローする。そして必要であれば介入を繰り返し、いじめを終わらせていくのだ。
No Blame Approachの目標は、短期間(14日以内)でのいじめ終結である。2008年の調査によれば、導入後87.3パーセントの確率でいじめを解決することができたという(※)。
なぜいじめを解決できるのか?ポイントは「被害者」「加害者」の問題に収束させないこと
なぜ、No Blame Approachは成功するのだろうか。スイスでいじめ対策のNPO・Hilfe bei Mibbing(いじめヘルプ)を主催し、No Blame Approachの普及に努めるBettina Dénervard氏は、ウェブメディアReason to be Cheerfulの取材で次のように述べている。
「目標は、社会的なダイナミズムを変えることです」
ここでは、いじめの根本原因を「社会集団の力学」にみているのだ。すなわち、加害者や被害者という個人に問題があるのではない。ある学校のいじめられっ子は他のコミュニティにいれば、別の立場になりうる。「典型的ないじめられっ子」などはいないという。社会集団の力学でいじめが発生するならば、解決するにはそれを変えるしかない。
さらに、No Blame Approachのポイントは、その教育的な視点である。社会集団の力学によっていじめは生じるものの、人々は社会なくして生きることはできない。加害者や被害者を排除せずに、社会のなかで問題解決に導いた経験は、大人になってからもきっと活きてくることだろう。
もちろん、No Blame Approachにも限界はある。いじめが長期間にわたって固定化している場合は、社会集団に深く根付いたパターンを変える必要があるため、効果は低いことがあるという。さらに、いじめが犯罪にまで発展している場合は、警察や司法機関といった法的な当局が介入すべき事案となるだろう。
いじめ対策は、世界的に見ても学校全体で取り組むことが主流となっており、今回紹介したNo Blame Approachのほかにも、フィンランドの全生徒を対象にした教育プログラム「Kiva」や、ノルウェーの教師や保護者のトレーニングを通じて学校全体のいじめ抑止を目指す「Olweus Bullying Prevention Program」などがある。日本でもこうしたアプローチを参考にしながら、専門家の養成や教員のトレーニング、エビデンスに基づいた対策を強化することで、より多くの子どもたちが安全な学びの場を得ることができるだろう。
※ Evaluation des No Blame Approach
【参照サイト】Hilfe bei Mobbing 公式ホームページ
【参照サイト】ドイツNo blame approach公式ホームページ
【参照サイト】Kivaプログラム公式ホームページ
【参照サイト】A Surprising Way to Stop Bullying
【参照サイト】CBR Evans, MW Fraser, KL Cotter(2014)The effectiveness of school-based bullying prevention programs: A systematic review, Aggression and violent behavior.
【参照サイト】Hannah Gaffney, Maria M. TtofiDavid P. Farrington (2019) Evaluating the effectiveness of school-bullying prevention programs: An updated meta-analytical review, Aggression and violent behavior.