ちょっと背伸びして買ったとっておきの服、大切な人が贈ってくれた時計、一人暮らしを始めたときから使い続けてきた家電。そんな思い入れのあるモノが壊れてしまったら、あなたはどうするだろう。部屋の片隅に転がしておいたり、引き出しや押し入れのなかにしまい込んだり……あるいはもう使えないからと、寂しい気持ちでそれらを手放すこともあるかもしれない。
「壊れたモノにもう一度命を吹き込めたら」そんな願いを叶えてくれる場所がある。それが、地域のボランティアがあらゆるものを修理してくれる場所──オランダ発祥の「Repair Cafe(リペアカフェ)」だ。
リペアカフェは、オランダ全体で500箇所以上、アムステルダムには40~50箇所存在している(※)。人々はここに壊れた家電や服、自転車など、ありとあらゆるものを持ち込み、地域のボランティアがそれらを無償で修理しているのだ。また、ここには修理をしたい人だけではなく、コーヒーを飲みたい人、ただおしゃべりを楽しみたい人など色々な人が集う。市民にとって心地よい居場所にもなっているのだ。
今回の記事では、そんなオランダのリペアカフェをテーマにしたIDEAS FOR GOODのオリジナルドキュメンタリー「『リペアカフェ』〜修理したいのはモノだけじゃなかった〜」にフォーカスを当てる。2024年11月11日に東京・港区にあるSHIBAURA HOUSEで開催された上映会では、ドキュメンタリー制作を行ったIDEAS FOR GOOD・クリエイティブチームの瀬沢正人と、IDEAS FOR GOOD創刊者である加藤佑のトークセッションが行われた。ファシリテーターは、IDEAS FOR GOOD編集部の伊藤恵が担当。本記事では、その様子をお届けする。
映画概要
「修理したいのはモノだけじゃなかった。」
お店では修理を受け付けてくれない壊れた家電や服、自転車など、あらゆるものを地域のボランティアが無料で直してくれる、オランダ発祥のリペアカフェ。実は彼らの役目は、モノを修理するだけではない。
離れ離れになった家族の「思い出」、疎遠になりつつある地域の「コミュニティ」、捨てることを前提に成り立つ消費社会の「システム」…
リペアカフェにはどのような人とモノが集うのか?壊れかけた「モノ以上のもの」を直す人々の物語がここにある。
瀬沢 正人(せざわ・まさと)
IDEAS FOR GOOD編集部/クリエイティブチーム。オランダ・アムステルダム在住。デンマークでフォルケホイスコーレ留学やNGO勤務を経験。現地の難民問題を取材した動画がきっかけとなり、現職で映像コンテンツの企画制作を主に担当。本作品ではディレクション、撮影、編集全般を行う。アムステルダム大学夏期コースCircular City修了。
加藤 佑(かとう・ゆう)
IDEAS FOR GOOD 創刊者。Harch Inc.の創業者。社会を「もっと」よくするクリエイティブなアイデアが大好き。キーワードはデザイン・アート・サステナビリティ・CSR・シェアリングエコノミー・サーキュラーエコノミー・ブロックチェーン。英国CMI認定 サステナビリティ(CSR)プラクティショナー/エストニア e-Resident。
リペアは「Re・Pair」。切れた線をつなぎ直すリペアの力
Q.「リペアカフェ」のディレクターを務めた瀬沢さんがこのドキュメンタリーを撮影したきっかけは何ですか?また、リペアの価値は何だと考えていますか?
瀬沢:オランダに移住する前、2022年の秋に1ヶ月ほどアムステルダムに滞在する機会がありました。その際にリペアカフェの存在を知り、初めて訪れたんです。
その日、僕はたまたま車椅子に乗ったおじいさんが壁掛け時計の修理をお願いしているところに立ち会いました。彼は、重りで動くタイプのとても古そうなその時計を、大切そうに鞄から取り出していました。
リペアカフェのスタッフがその修理をしている様子を見て、僕はふと「修理人たちはただ時計を直しているのではなく、時計にまつわる記憶や思い出を修復しているのではないか」と感じたんです。それがきっかけとなり、リペアカフェに強い関心を持つようになりました。
2023年夏にアムステルダムに移住してから、リペアカフェをテーマにショート動画を制作し始めたのですが、次第に短い尺には収まりきらないストーリーが出てくるように。それでドキュメンタリーという形で撮影することに決めました。
瀬沢:リペアの価値は、それが単にモノを修理することにとどまらず、人々の思い出や地域コミュニティ、さらには都市に存在する孤独を癒すことにあると考えています。現代社会では人と人とのつながりが希薄化し、コミュニティが崩れつつある現状があります。そのような中で、リペアという行為はコミュニティを修復しようとする側面を持っているのではないでしょうか。
また、リペアはサーキュラーエコノミーともつながっています。江戸時代には循環型社会が存在しましたが、現在では資源を取って、作り、それを廃棄するリニアエコノミーへと変わってしまいました。リペアは、その切れてしまった循環の円をもう一度つなぎ直す試みといえると思います。
リペアは「リ・ペア(Re-Pair)」とも捉えられると思うんです。そうすると、もともとペアだったものを再びつなぎ直すという解釈もできますよね。この言葉はリペアカフェの価値を象徴しているように思います。
Q.今回のドキュメンタリーでは、瀬沢さん自身がリペアカフェの一員となって撮影を行ったそうですね。自身もコミュニティに参加するなかで、オランダでリペアコミュニティが盛り上がっている背景にはどのような要因があると感じましたか?
瀬沢:背景としてまず挙げられるのは、「修理する権利」が欧州全体で広がりを見せていることです。この動きはオランダにも影響を与えており、リペアが盛り上がりを見せている一因だと感じています。
また、オランダ人の国民性も影響しているのではないでしょうか。「Go Dutch」という割り勘の表現にも象徴されるように、オランダ人は倹約的で合理的な考え方を持つ方が多いように思います。それが、新しいものを買うよりも修理することを選ぶ傾向にもつながっているのではないかと感じました。
さらに、アムステルダムは国際貿易によって発展してきた都市であり、現在でも住民の半数以上が外国にルーツを持っています。多様な文化的背景を持つ人々が共に暮らし、コミュニケーションを重ねてきた歴史が、社交性やつながりを重視する文化を育んでいるのではないかと思います。そうした土壌もリペアコミュニティの成長を支えている要因の一部なのではないでしょうか。
壊れているのはモノだけではない
Q.加藤さんは今年、視察で台湾のリペアカフェともいえる「修理小屋」を訪ねたそうですが、何か感じられたことはありましたか?また、同じアジアである日本のリペアカルチャーについて考えていることはありますか?
加藤:台湾の修理小屋では、単なる修復活動にとどまらず、修理することで元よりも良い状態に変えるような「修理以上の価値を持つ修理」を目の当たりにしました。
そこで感じたのは、「『リペアする』という動詞の目的語がたくさんある」ということ。リペアする対象──つまり壊れているモノって、世の中にたくさんあると思うんです。それは物質としてのモノかもしれないし、自分の心かもしれない。あるいは、忙しくて雑にモノを扱ってしまったことで自分とモノとの関係性が壊れてしまったのかもしれないし、生活リズムが破綻しているのかもしれない。はたまた、自分の属する都市や社会のシステムが壊れていることだってあり得ます。
そう考えてみると、修理という言葉は本当に広い意味で捉えられると思うんですよね。だからこそ、大事にしていたモノが壊れてしまっても直せるとか、自分の力で新しいものを作れるとか、そういうふうに自信を取り戻せる場所が必要だと感じました。
加藤:日本のリペアカルチャーに関して言うと、日本文化にはもともと「モノにも命がある」という価値観があると思います。例えば、「モノを雑に扱うとバチが当たる」など、私たちがなんとなく持っているような感覚もそうですね。こうしたモノとの関係の結び方は、日本らしいリペアの考え方につながっていくのではないかと思います。
Q.瀬沢さんは、オランダがリペアカフェを成功させているカギは何だと思いますか?
瀬沢:まず、オランダのリペアカフェは、サーキュラーエコノミーを「楽しく」実践しており、人々を巻き込むのがとても上手なんです。すごいなと思うのは、関わるフェーズやコミットのレベル感が多様であること。
リペアカフェは基本的に、修理を依頼しにくる参加者からの寄付で成り立っており、その寄付を使って飲み物やお菓子を無料で提供しているところが多くあります。ただコーヒーを飲みに来たり、おしゃべりをしに来る人も多いです。修理している人の様子が気になったら声をかけたり、作業を見ながら「これって解体したらこんな構造になってるんだ」と考えてみたり。そのうちに今度は自分が修理したいものを持ってきたり、気づいたら自分も修理にトライしてみていたり……。中には自ら修理ボランティアになる人もいます。リペアに興味を持った人たちへのサポートもあり、場所によっては、電気回路の知識や修理ツールの使い方を教える講習会が開かれることもあるんですよ。
最初は「そこにいるだけでも大丈夫」と、良い意味で放っておいてくれる。でも、自然に巻き込む導線がきちんと引かれているんです。それが、オランダにおけるリペアカフェの成功の一要因なのではないかと思います。
今の社会への「ささやかで楽しい」抵抗を
Q.最後に、お2人がリペアという行為やリペアコミュニティを通じて感じたことを教えてください。
瀬沢:修理人たちはリペアカフェでいろんなものを直していますが、彼らのやっていることは「市民のレジスタンス行動(市民による抵抗運動)」でもあると私は思うんです。
リペアカフェは、過剰な競争や消費に違和感を覚える人が、想いを共有し、悩みから少し距離をおいてほっとできる場所にもなっているのでしょう。
リペアは、モノだけではなく、それ以上のモノを修理する行為です。そして同時にモノづくりのあり方や大量消費社会などに対する「ささやかで楽しい」抵抗なんだと思います。
同時にリペアカフェは世界3,500拠点以上に広がっています。またリペアカフェを創設したリペアカフェ・インターナショナルでは、リペアカフェに持ち込まれたもののデータ(メーカー名、故障の原因、修理できたのかどうか、修理できなかった場合はその理由など)を集めて毎年レポートを作成しており、こうした活動が欧州での「修理する権利」の法整備を後押ししているんです。こうした「ささやかで楽しい」抵抗が世界に広がり、ルールメイキングにも影響を及ぼしている様子に希望を感じます。
加藤:今、「壊れちゃいけない」というプレッシャーが強く感じられる社会だと思うのですが、「壊れやすいものだからこそ大事にされる」という考え方もあるはずです。「壊れる」ということは、「直す」機会を提供できることでもあります。壊れやすさすらも受け入れること、そして強くなろうとするのではなくむしろ弱さが大事にされるきっかけとなる、という感覚ができていけば良いのではないかと感じました。
僕は、1人の完全な人よりも100人の不完全な人で一緒にやることが大事だと思うんです。それと同じように、リペアにとっても不完全さを許容することがすごく大切だと感じています。
上映会情報
「リペアカフェ」は、今後各地で上映会が予定されている。上映会の情報は、IDEAS FOR GOODのPeatixページで随時更新していくので、気になる方はチェックしていただきたい。
▼12月7日(土)19:30 「リペアカフェ」上映会 in パタゴニア 横浜・関内
パタゴニア横浜・関内ストアにて、12月7日、8日に開催される「ローカルリペアカフェ」の後に上映会を実施。横浜の循環経済を加速させるメディアCircular Yokohamaとのトークセッションも必見!
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IDEAS FOR GOODでは企業、行政、教育機関、地域コミュニティ向けに『リペアカフェ』の自主上映プランをご用意しています。上映会の主催を希望される方は特設ページの最下部「上映会を主催しませんか?」をご覧いただき、お問合せください。