あなたが所属する組織が掲げる目標は、何だろうか。その中に一つでも「必ずしも成長し続けなくても良い」とする方針はあるだろうか。多くの組織、特に株式会社では、そのように成長に反する目標を掲げていないことが主流だ。
しかし、これから「成長至上」の考えに対して批判的な目線も持ち合わせることが必要とされる時代が来るかもしれない。行き過ぎた資本主義に疑問を投げかけ、公正な社会に向けてエネルギーや資源の使用量を計画的に減少させる「脱成長」や、次なる社会経済のあり方を模索する「ポスト成長」が台頭し、一部の自治体ではこれらの考えを取り入れ始めているのだ。
では、企業はどうか。利益を求める企業と、成長以外の価値を重視する「ポスト成長」は、相入れないイメージを持つかもしれない。しかしデンマークのある企業は、営利組織でありながら重要戦略分野や社内プロジェクトにポスト成長の概念を導入し、企業がポスト成長社会へ貢献できる方法をいち早く模索している。
それが、デジタルデザイン企業・1508(フィフティーンオーエイト)だ。今回、同社のBusiness Development DirectorであるMathias Louis(マティアス・ルイス)氏を取材し、営利企業が重要戦略分野の一つにポスト成長を取り入れた経緯や現在の具体的な取り組み、実装から9ヶ月を経て見えてきた限界まで、プロジェクトの全容を聞いた。
話者プロフィール:マティアス・ルイス(Mathias Louis)
デンマーク・コペンハーゲンのデザイン企業、1508のBusiness Development Director。同社は、デジタルエクスペリエンスの設計を通じて、持続可能かつ再生型の未来に向けた移行を推進。その中で、ポスト成長の議論の醸成に携わっている。
営利企業が「ポスト成長」から我が身を振りなおすまで
デンマークを拠点とする「1508」は、責任を持って設計されたデジタル体験を通じて長期的な影響を生み、持続可能でリジェネラティブな未来に向けた体系的な移行の推進に携わる企業だ。特に低炭素、責任あるAI、デジタル倫理、システム思考、リジェネレーションなど、社会環境課題を踏まえたデザインを強みとしている。およそ40名が所属している。
低炭素なデジタルデザインにおいては、写真の代わりにイラストを用いたり、ユーザーのウェブ上の動きを調査してデータ量を最小に押さえつつも使いやすいデザインを作成したりと、デジタルの環境負荷と向き合いながらユーザビリティを追求した多様なデザインを創出している。
2024年1月、同社は戦略重点分野の一つに「How might we contribute to systemic shift towards post-growth and wellbeing economy(私たちはいかにしてポスト成長およびウェルビーイング経済へのシステム的な変換に貢献することができるか)」という問いを掲げた。以来、同社では多様なポスト成長の概念を仕事に取り入れる実験を行っているのだ。
とても野心的な目標に思えるかもしれない。しかしMathias氏によると、これは2023年から議論を続ける中で自然と取り入れられたものであったという。
「2023年の夏頃、私たちは全社会議で全員に脱成長の話題を紹介し、この概念が私たちにとって何を意味するのか、そして今後どのように取り組むことができるかについて議論を始めました」
1508は、成長義務を負う営利企業であり、北欧のITコンサルティング会社・Knowitグループの一社だ。営利目的かつ成長志向の企業で働いている場合、脱成長やポスト成長について話すと「インポスター(詐欺師)症候群」のような気分になる可能性もあるという。しかし、その感覚が障壁となるならば、現在経済においてこれらのトピックについて話せる人はほとんどいないだろう。今必要とされるのは、これらの概念を議論の場に持ち込み、現状を打開することだと、Mathias氏は語る。
だからこそ、どうすれば互いに非難し合って時間を無駄にすることなく、新しいパラダイムに目を向け、現状のシステムを見直すことができるのか──そんな観点から話し合いが重ねられた。この初期段階での学びや考えが、その後続くプロジェクトの基盤となっていったのだ。
「まずは、1508にとって脱成長がどのような意味を持ちうるかを調査することにしました。そして夏の終わり頃には、社内のほかの仲間たちとも脱成長について議論し始めました。毎週金曜日にイベントを行っていて、朝食をとりながら近況報告や情報共有をしているんです。
そのうちの一回で、私は脱成長に関するグラフやモデル、定義などを共有しました。ここから、すべてが始まったのです。ただし、普段からさまざまな内容を扱うため、あくまでも脱成長は私たちが注目する多くのトピックの一つに過ぎません」
それにしても不思議なのは、利益の最大化とは相容れない「脱成長・ポスト成長」の考えが上層部から提案され、社員の間で議論が広がったこと。ここには、どんな背景が考えられるのだろうか。
「初めは各部署のリーダー6人で話し合っていたことを、1508の他のメンバーにも共有する方法は、私たちのいつものやり方なのです。私たちはトップダウンで物事を進めることはあまりしません。アイデアを共有し、皆を巻き込んで、次のステップを見つけたいのです」
Mathias氏によると、デンマーク市民の間で脱成長・ポスト成長に対しては比較的ポジティブな反応があるそうだ。立場に関わらず、まずは共に議論してみよう──そんな開放的な姿勢が、次の一歩に繋がったのかもしれない。
議論の高まりから、いちアイデアが戦略重点分野に
一方で、社員の間での議論に上がることと、重要戦略分野の一つになることでは、大きく乖離がある。後者はかなりハードルが高いはずだ。そこには1508が、トップからの一方的な指令ではなく、社員の関心を反映して重要戦略分野を決定する姿勢があった。
「私たちは毎年6〜7つの重要戦略分野を掲げていて、すべて『How might we ⚫️⚫️?(どうすれば私たちは⚫️⚫️できるか?)』の形式です。どれも答えのないオープンクエスチョンで、誰かが命令するものではありません。2024年に向けても、社員の関心が高い取り組みを重要戦略分野に取り入れようとしました。その一つが『ポスト成長とウェルビーイング』だったのです。
このように社員の意思を反映することは、それほど大袈裟なことではないと思います。私たちが注目する事柄を精緻化させようとする、非常に創発的なものです。そのため、これは毎月集まって話し合い、厳しいKPIを設定するような戦略ではありません」
つまり戦略重点分野は、日々の業務に直接的な変化をもたらすことはない。それでも、協働パートナーの検討において判断のサポートとなる「ポスト成長ポートフォリオ原則」が作成されている。
同社では2024年1月以降、このポートフォリオを軸にして、クライアントともポリクライシスや永続的な成長の限界について共に議論し、ウェルビーイングやドーナツ経済も提示している。まだ具体的なプロジェクトにはつながっていないそうだが、デンマーク企業が成長至上主義に立ち向かおうとする兆候は見えているそうだ。
ここまでの取り組みと同時に、事業とは切り離した場においては、ポスト成長の実践の場を試験的に設けてきたという。具体的にどのような試みが行われたのだろうか。
ポスト成長の実践から見えた、成長至上経済における限界
2024年1月以降、同社では「毎月の売上チェックにおいて、一定レベル以上の利益が達成された場合、その度合いに応じて勤務時間のうち最大年間3,000時間をポスト成長関連のプロジェクトにあてる」という仕組みを試験的に導入した。名前はないそうだが、仮にこれを3,000時間イニシアチブと名付けよう。
たとえば、10月に目標を大幅に超える利益が達成されたら、11月には200時間を業務時間から確保し、国内でポスト成長に関連するプロジェクトを行っている組織をリサーチして共同プロジェクトを立ち上げたり、その団体に寄付をしたりするのだ。
「Knowitグループの4つの事業体とのコラボして、3,000時間イニシアチブを立ち上げました。利益目標が達成されれば、年間で最大3,000時間を確保し、ポスト成長およびウェルビーイング経済への体系的な移行に貢献する外部のプロジェクトにその時間を使うことができます」
取材時、3,000時間イニシアチブの導入から9ヶ月が経過していた。実際に、どのような社外プロジェクトが生まれたのだろうか。
「結局、この設定通りに私たちがイニシアチブの時間を得られることは、ほとんどありませんでした。実際に十分な利益をあげたうえで時間を確保する形で利益を循環させることはできず、別の予算から投資したということです。
具体的な活動としては、Planetary Impact Venturesという会社の物語の伝え方やデザインを手助けするために投資しました。その会社は、投資収益と同等かそれ以上に、周囲の生態系を促進するような投資を行おうとしていたからです。これは一部彼らから支払われ、私たちの側からも投資しました」
現実には、大きな壁があった。それでも、小さな成功の手応えも感じているという。
「脱成長やポスト成長について社内で議論できたことは、1つの成功だったと思います。私たちは、上層部のグループにおいて、それを話し合うことができたのですから。2つ目の成功は、実際に何かを試したこと、そしてそのメカニズムでは3,000時間を創出できないと分かったことです。これから、より安定した解決策を模索することになるでしょう。
つまり私にとっての成功とは、可能な限り直感に反する企業という場所でこのトピックを提起し、それでもなお建設的な話し合いを進め、真剣に取り組んだことです。それが最初の一歩となり身の回りの課題と向き合い始め、社会的な転換を引き起こすかもしれない。だから、始めること、そして続けることが大事なのだと思います」
この2つの成功は、1508だけではなく、社会全体にとって糧になる。企業によるポスト成長の実践において、先駆けて足がかりを生み出しているのだから。
初めの一歩は、気まずいものである
今、1508は率先して未知の世界に飛び込んでいる。同社が“一風変わった会社”とラベリングされず、同志が生まれていくためには、「気まずさ」を受け入れる姿勢が必要だ。
「企業における脱成長やポスト成長の議論は、丸い穴の中の四角形のようなもので、実際にはフィットしないのです。だから、難しい話や気まずい会話が多く、『こんな話をしていていいのだろうか』と思うような会話をすることになります。それこそが最初の一歩であり、私たちはまだその一歩を踏み出したばかりと言えるでしょう」
1508にとっても、これが初めての挑戦。2つの成果を手に、これからもポスト成長を会社に内包させる方法を模索していくという。その後押しとなっているのは、競争に置き換わる協調の可能性だ。
「ポスト成長や脱成長の重要な原則のひとつである『競争の代わりに協力する』という考え方に、私はとても勇気づけられました。競合他社が集まって『一緒にやってみようじゃないか』と言えるドアが大きく開いていることを、教えてくれたのです。
私たちはまだそれを実現できていませんが、そうなるかもしれない未来を見据えています」
今日という日の使い方が、どんな未来を形作っているのか。あるべき未来に向けて、気まずさを乗り越えた本質的な議論を重ねているのか。1508の実践は、そんな等身大の問いを投げかけている。
編集後記
「脱成長・ポスト成長を取り入れようとする企業がある」と聞いたら、どんな企業を想像していただろうか。かなり特殊な組織を思い描いた人も多いかもしれない。
しかし1508は、前向きな意味で身近に感じられる企業であった。だからこそ、初めての挑戦の中で直面した困難や成果も現実的であり、ほかの企業がそれに倣って実践する様子がありありと想像できる。決して、異端児による異例の取り組みではなかった。
その違いを生むのは、不確実性を受け入れ、答えのない問いを問い続ける力かもしれない。Mathias氏は、社内で「Face the trouble, stay with the trouble(課題と向き合い、課題と共にある)」という考えが大切にされていると語った。素早く手に入る心地よさに流れやすい中で、あえて成長の意義を問うには、流れに逆らって立ち続ける姿勢も必要なのだ。
一方で、彼らの学びある失敗に見られるように、社会と経済が根本的には「成長」に大きく依存したままの構造の中では、いち企業が「ポスト成長」を体現することは難しい。社内で実践できることを模索する動きと併せて、「ポスト成長企業」が生まれやすい社会システムがいかなるものであるのかという議論も、深めていく必要があることは明確だろう。
【参照サイト】1508
【参照サイト】Morgenbooster Goodbye, Growthism | 1508
【参照サイト】Knowit
【関連記事】ポスト成長型ビジネスのヒント、ここにあり。事業に“限界“を導入するハンドブック
【関連記事】消費を“減らす”ことを目指す、フランスの脱成長ファッションブランド「LOOM」