待つ──それは、現代において“ムダ”とされがちな時間かもしれない。たとえば、バス停での数分間。人々が足を止め、同じバスを待つ時間を共有しながらも、言葉を交わすことはない。ただただ同じ風景を見つめる、静かな交流がそこに生まれる。
スウェーデンのマルメ芸術大学(MAU)は、この「待つ」という行為、そしてその行為が行われるバス停という場に注目した。研究者のトラン氏によれば、バス停で待つことは一見、非活動的に見えるが、実際には人々が無意識のうちに空間と他者との距離を調整する、きわめて社会的なふるまいであるという(※1)。
MAUの観察からは、主に三つの「待ち方」のパターンが明らかになった。まず、バスに早く乗りたい人は、停車位置の前に立ち、落ち着かない様子でバスを待つ。次に、混雑を避けたい人は、バス停から少し距離を置き、他者との接触を避けようとする。そして、自分の空間を大切にしたい人は、ベンチに座っていても他人が隣に来ると立ち上がり、静かに場所を離れる──言葉を交わさずとも生まれる、こうした繊細なやりとり。私たちは、無意識のうちに小さなスペースでこうした「静かな駆け引き」をしながら、公共の場で他者と共存する方法を学んでいるのだという。
このように、バス停での「待つ」という行為の中には、人と空間との関係性や、公共性のあり方が反映されている。つまり、待ち時間はただの「時間の浪費」ではなく、そのデザインによって都市生活者の感情や身体的な快適さが大きく影響されるものである。そう考えると、都市の中でこの「待ち時間」をどうデザインするかということは、住民をどうケアするかを映し出す重要な要素となりうるのではないだろうか。
いま世界の都市において、「ウォーカブルシティ」を目指す動きが広がり、公共交通機関の整備が加速している。そんななか、バス停という空間は、単なる移動手段を提供するだけの場所ではなくなりつつある。
世界では、快適に「待つ」方法が模索されている
例えば、アメリカのボストン市で実施された「Browse, Borrow, Board(見て、借りて、乗って)」というプロジェクトでは、バス停にデジタルポップアップ図書館につながるQRコードが設置されており、これをスマートフォンで読み取るだけで、デジタル書籍を借りることができるようになっている。ただ「待つ時間」を過ごすだけでなく、日常の移動のなかに、小さな学びやつながりをそっと織り込むような取り組みである。
また、オランダのユトレヒトに設置された「Bee-Friendly Bus Stop」では、バス停の屋根に緑化が施され、ミツバチやマルハナバチが受粉できる「ハチ停」が設置されている。ここでは、都市生活者が待ち時間中に自然とふれあい、ストレスの軽減や気分転換を図ることができる。さらに、屋根の緑化は空気中のホコリや汚染物質を取り除き、雨水を貯める機能も果たし、熱波の緩和にも寄与している。

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台湾の新北市にあるのは、バス停「New Moon, Heart’s Delight」。流線型のアーチ橋のデザインにインスパイアされたもので、日中は日差しや風から乗客を守り、夜は明かりによって安全性を確保する。このようなデザインは、待つ人々にワクワク感を与え、待ち時間を心地よいものに変えている。

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バス停をパブリック・ラグジュアリーな空間にするために
アンケートとビデオによる観察を組み合わせたある調査では、人はバス停での待ち時間を、実際よりも平均して約1.2倍も長く感じていることが明らかになっている。特に、ベンチや屋根といった設備がない停留所では、体感時間が1.3倍以上にもなるという。さらに、同じ「待つ」という行為でも男女で感じ方に差があり、治安が不安な場所で10分以上待つような状況では、女性のほうがより長く、強い不快感を抱きやすいことが示されている(※2)。
待ち時間が長く感じられることは、住民のストレスや不安感につながる。効率性を追求する都市の中で生まれるわずかな“余白”──その空白に何を与えるかによって、人々の心のありようや空間との関係は大きく変わる。そこにあるのは商業的な広告なのか、あるいはアートなのか。待ち時間がストレスなのか、あるいは安心やぬくもりを感じる時間になるのか。それは、都市が人間の身体と感情にいかに寄り添っているかを物語っている。
イギリスのジャーナリストであるジョージ・モンビオ氏は、私的な消費や贅沢ではなく、公共の場や共有資源に重点を置くことで、社会全体が豊かさを共有できる状態を「パブリック・ラグジュアリー」と表現している。バス停の快適性に投資することは、単なるインフラ整備にとどまらず「誰もが尊厳をもって過ごせる時間と空間をつくる」という、静かで民主的な行為ともいえるかもしれない。
※1 The science and art of waiting for a bus
※2 Waiting time perceptions at transit stops and stations: Effects of basic amenities, gender, and security
【参照サイト】Transit places and the production of public spaces
【参照サイト】Affective atmospheres at bus stops
【参照サイト】Traveler’s Delight: Discovering Unique Bus Stop Art Installation in New Taipei City, Taiwan
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