家賃は「一緒に過ごす時間」。学生が高齢者の“暮らしの友”になるオランダの多世代シェアハウス

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近所の人に「いってらっしゃい」と声をかけられ笑顔で返す小学生、古い商店でおばあさんと世間話をする学生、夕方の公園でおじいさんの将棋をのぞき込む若者──こうした世代間の自然な交流がある風景は、極端に減ってしまった。

経済成長や都市化によって世帯構造が変化し、日本では1954年に44.6%を占めていた3世代世帯は2022年には3.8%にまで減少した。また、価値観の多様化や高齢化により地域の近所付き合いやコミュニケーションも希薄化し、高齢世代と若者が交わる場は数十年前と比べて極端に少なくなった。

※ 単独世帯、夫婦のみの世帯、夫婦と未婚の子のみの世帯、ひとり親と未婚の子のみの世帯など。

こうした変化は、高齢者にとっては孤独や孤立の原因となる一方で、若い世代にとっても、かつて当たり前だった異世代との学びや助け合いの機会が、失われつつあると言える。また、日頃から交わる場がなければ、相互理解も深まらず、お互いに距離感を覚えるようになる。こうした分断を超えて、両者をつなぎ直す方法はあるのだろうか。

そんななか参考にしたいのが、同じく高齢化に直面するオランダ東部・デーフェンターにある高齢者施設「Woon-en Zorgcentrum Humanitas (ウーン・エン・ゾルフセントルム・フマニタス)」の取り組みだ。

この取り組みは、地元の大学生が月に30時間以上高齢者と時間を過ごす“暮らしの友”となることで、学生が無償で同施設に住むことができるというもの。2013年ごろに導入され、2025年6月現在も続いている。

施設には、プールでのアクティビティやお祝いのイベント、コミュニティディナーなど学生と高齢者の交流が自然と生まれる機会が多くある。ただ、30時間をどう使うかについて、厳格な規定はない。

施設のウェブサイトに掲載されている学生へのインタビューによれば、「多くの時間はただ高齢者の横に座っておしゃべりをするだけで、特別なことをする必要はない。しかし、ただ話をして、お互いに興味を持ち合うだけで、大きな意味が生まれる」のだという。

実際に、2023年に発表されたイギリスの研究者らによる研究では、世代間交流が高齢者のストレスを軽減したり、うつ症状を和らげたり、自尊心を高めたりする効果があることがわかった(※2)

一方でこのプログラムは、学生にとっても良い面がある。オランダでは、10年ほど前から移住者の増加などが原因で、特に都市部では住宅不足と価格高騰が加速。このため、若者にとって手頃な住宅を見つけることは非常に困難で、実家に住み続けるしかない人も多いのだ。

また、世代間交流は学生の精神面にも良い影響を及ぼすようだ。ある学生は、交流した高齢者が自分に「少しスローダウンすること」を教えてくれたと話す。学生はそれにより、「人生をより深く感じるようになった」という。

こうした取り組みは国内外から注目を集め、近年、病院や大学などで様々な世代間交流プログラムが生まれている。例えば、2023年に同施設に視察に訪れたオランダ・ユトレヒトの修道女たちは、医学の学位を持つ学生(女性)数人が高齢の修道女たちの生活のサポートをしながら修道院で共に暮らすプログラムを翌年2024年に導入した

同施設のウェブサイトには、このような言葉がある。

居住学生制度が教えてくれるのは、世代はお互いに必要としているということです。分断された社会で、それぞれの“バブル”に閉じこもりがちな今だからこそ、この取り組みは、バブルを超えて人と人とがつながることの美しさを示しています。
Woon-en Zorgcentrum Humanitas ウェブサイトより

若者は若者ならではのエネルギーや新しい視点を、高齢者は高齢者だからこそ持つ知恵やゆったりとした時間感覚を──特別なことをしなくても、ただそこに一緒にいることで、お互いに何かを与え合うことができる。世代間交流の本質は、役割や競争が重視されがちな社会の中で、私たちが忘れかけていた当たり前の価値に気づかせてくれるところにあるのではないだろうか。

※1 2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況
※2 What is the effect of intergenerational activities on the wellbeing and mental health of older people?: A systematic review

【参照サイト】Dutch nursing home offers free rent to college students in exchange for their time and companionship
【参照サイト】the Woon-en Zorgcentrum Humanitas Deventer
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