即答なんてできなくて良い。五感で探る、未来への責任と真実の物差し

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本コラムは、2025年10月23日にIDEAS FOR GOODのニュースレター(毎週月曜・木曜配信)で配信されました。ニュースレター(無料)にご登録いただくと、最新のコラムや特集記事をいち早くご覧いただけます。
 
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2025年7月末、和歌山県の高野山で毎年開催されている「高野山会議」に参加した。科学や芸術、宗教などを掛け合わせた多岐にわたるテーマでトークセッションが繰り広げられるシンポジウムだ。そのなかで、ある話が筆者の心に強く残っている。それは、解剖学者である養老孟司先生が話していた「なぜ戦争は起こるのか?」という問いだ。

戦争の時代を生きた養老先生は、夏に戦争体験を語るよう求められたとき、子どもたちから「どうすれば、戦争はなくなりますか?」と問われたという。その問いを聞いたとき、「怖いと感じた」と振り返った養老先生は、それからこう続けた。「この情報化社会において、人々はすべての物事が、情報のなかで片が付くと思っているのではないか」と。

「どうすれば戦争がなくなるのか?」その答えは、決して簡単に導き出せるものではなく、むしろ、一言では表現できない複雑な背景を持っている。しかし、AIに聞けば一瞬で“答え”が返ってくる今、私たちは「わからない」状態に耐えることを忘れてしまった。そして、どんな物事も「答え」が導き出せると信じている。ネット上にありとありとあらゆる情報が溢れ、言葉に依存して生きている私たちは、自身で体験し、考える機会を失っているのかもしれない。

どうすれば世界は平和になるのか。どうすれば気候変動を止められるのか。どうすれば差別はなくなるのか。こうした大きな問いに対して、理論上の答えを出すことはできるだろう。しかし、世界を良くするためには、実体のない言葉の中に正解を見出すことよりも、自身で体験したり、体験した人の「想い」に触れたりすること。また、さまざまな立場や意見の違いを超え、人々が声を交わし合うことが必要ではないだろうか。

AI時代に失われた「対話の力」を取り戻す

SNSやネットニュースのコメント欄を見渡すと、私たちは一見、活発に「対話」しているかのように見える。しかし、顔が見えないコミュニケーションでは、互いの主張を激しくぶつけ合い、自分と異なる意見を排除する言葉も散見される。それらは対話ではなく、「分断を生む」コミュニケーションだ。

そんな今、本当に必要とされる対話とは、単なる情報交換や意見のぶつけ合いではなく、相手の背景や前提を受け入れ、互いに相手の言葉に耳を傾け合う時間ではないだろうか。異なる価値観を持つ人々と時間をかけて向き合うことで、新たな立場からの気づきを得たり、思いもよらないアイデアが生まれたり、思考が深まったりする。そうやって、世界は少しずつ良くなっていくのだろう。

BIKAS COFFEEでのイベントの様子

2025年9月末に開催した江戸川橋・BIKAS COFFEEでの食の価値を問い直す対話イベントの様子。フェアトレードのフェアとは何か、コーヒーは本当に必要なのかといった本質を問う話が繰り広げられました。

現在IDEAS FOR GOODは、クラウドファンディングを通じて新しいメディアの形を模索している。その背景には、この「対話」への想いがある。顔の見えない者同士の言葉が飛び交う画面上のコミュニケーションが当たり前になった世界では、人だけではなく、身近なモノや自然など、さまざまな関係性が分断され、その距離がますます遠くなりつつある。そんな今こそ、一度切れてしまった信頼の紐を固く結び直すために、私たちは「対話できる」メディアとして、オンライン上だけでなく、共に語り合える場をつくっていきたい。

五感を通して養う「本物を見極める力」

そんな対話と同じくらい重要だと考えていることがある。それは、「本質を見極める力」と、そのための「体験」だ。AIの出す答えが真偽不明なほど精度を高め、「まるで本物」の画像や映像が次々と生み出されるなか、デジタル情報に依存する私たちの思考力は衰え、本質を見抜く力が失われつつある。情報過多の社会の中で、私たちが本来持つ「本物を見抜く力」は鈍っていると感じる。

このような時代に、私たちは何を信じ、何を疑うべきか。どのように「本質」を見極めることができるのか。

真偽や正解がわからない世界で、唯一信じられることがあるとすれば、それは自分の五感を通して感じたこと。目で見る、耳で聴く、肌で触れる、香りを嗅ぎ、味わい、心で受け取る。情報が溢れかえる世界のなかで、生身の自分自身で受け取った感覚は、疑いえない真実だ。自然や人の手によって丁寧に生み出されるもの、人の想い……本物に触れ、生身の自分を取り戻し「五感の回復」させていくことこそが、情報を鵜呑みにしない「見極める力」の源泉となる気がしている。

ボルネオ島

もちろん、AIは効率的に情報を処理することに長け、そのアーカイブ能力は戦争の記憶や伝統技術といった貴重なものを後世に伝える上で大きな助けとなる。ただ、大切なのは、私たち人間がその賢いロボットと「良い関係性」を保ちながら付き合っていくこと。だからこそ、見極める力を鍛えることが重要なのだ。

そのためには、デジタル世界だけでなく、人のぬくもりが感じられる世界で、美しさや心地よさを感じること。そんな体験を通じて自分の物差しを持てるようになること。それこそが、AI時代において、誰かの答えに依存せず、未来の選択に責任を持つ生命ある「地球市民」としての第一歩ではないだろうか。

諦めずに対話を重ねていくこと、そして本物のモノや想いに触れ、見極める力を養っていくこと。IDEAS FOR GOODは、この二つの力を育む五感を使った時間と体験を「Experience for Good」の中で、生み出していく。そんな新しいメディアを共に形作る仲間になってもらえたら嬉しい。

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