卵の“見えない価値”を探る。循環型鶏舎で、人も動物も幸せになる食の未来を考える【イベントレポ】

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豊かな栄養と手軽さから、世界中で消費される食材の一つである「卵」。日々の買い物の中で、私たちが手に取る「卵」について、立ち止まって考えたことはあるだろうか?

卵の生産方法を巡っては、効率性、安全性、そして倫理観の間で、近年、国際的な議論が活発になっている。この議論の中心にあるのが、「アニマルウェルフェア(動物福祉)」という考え方だ。動物福祉とは、動物の身体的・精神的状態を科学的に捉えた概念。人間主体の動物愛護とは違い、動物が何を望み、何を必要とするのかを科学的に調査する、動物主体の考え方である。そんなアニマルウェルフェアという視点から「卵」を見つめたとき、どんな世界が見えてくるだろうか──。

2025年11月、「身体知×サイエンスで探ろう。循環型の鶏舎で、人も動物も幸せになる食の未来を考える」と題し、イベントを開催した。体験シリーズ「あなたの「おいしい」が続く値段って?~作り手との対話から、食の“価値”を問い直す旅~」の第三回目となる舞台は、東京農工大学・府中キャンパス内にオープンした動物福祉モデル鶏舎「Unshelled(アンシェルド)」だ。Unshelledで教育プログラムを企画・運営する新村毅先生、Lively合同会社との共催イベントとして実施した。

Unshelledイベント

Unshelledイベント

アニマルウェルフェア(動物福祉)の研究や普及を目的に2025年1月につくられた鶏舎であるUnshelledでは、4種類の方法で飼養されている採卵鶏を見ることができる。イベント当日は、ここで飼養されている鶏とふれあい、アニマルウェルフェアや動物行動学の専門家である新村毅先生の解説を交えながら、動物の心身の健康に配慮した場合とそうでない飼養方法との間で、鶏の行動にどのような違いが出るのかを体感した。さらに、鶏の餌となる昆虫が飼育される現場も見学し、循環型の鶏舎運営のあり方や栄養の観点も交えながら、鶏も人間も幸せになる飼育の卵の作り方・食べ方を考えた。

小さな卵ひとつを紐解けば、そこには動物や人の幸福、環境、健康、そして社会の持続可能性といった、さまざまな要素が絡み合っている。「卵」の未来を考えることは、これからの食の未来、そして私たちが次世代に残したい価値を問い直すこと。次に卵を買うとき、どんな選択をしたいか──そんな問いを胸に、ぜひ本レポートを読み進めてほしい。

鶏たちは恐怖を抱くのか?

Unshelledでは、世界で主流とされる4つの異なる方法で鶏たちが飼育されている。日本で9割以上が採用しているケージ飼育の一種「バタリーケージ」、バタリーケージよりも一羽が動けるスペースが広く、鶏が止まる棒や産卵場所、砂浴びのための材料が設置された「エンリッチドケージ」、ケージより広く、自由にニワトリたちが動ける「平飼い」、上下方向に多段構造がつくられ、平飼いと同じ面積でより多くのニワトリを飼養できる「エイビアリーシステム」の4種類だ。

今回は、バタリーケージと平飼いの2種類の鶏舎で参加者の皆さんと共に「認知バイアス」の傾向を観察した。それぞれの鶏舎内に人が入ったとき、鶏たちはどれくらいの時間で最初に接触するのかを計測し、馴染みの薄いもの(新しい環境)に対して感じる恐怖の度合いを比較・検証した。

Unshelled

人の足元に近づく平飼いの鶏。新村先生によると、これは『ポジティブな情動』の現れ。

すると、ケージの鶏たちは、子どもが手を差し伸べても、なかなか触れようとしなかったのに対し、平飼いの鶏たちは、積極的に人の足元に近づいたり、つついたりといった反応を見せた。参加者が鶏舎の中にいる間、彼らは近くを歩いたり、エサを食べたり止まり木に止まったりと自由な様子だった。

新村先生「ケージの鶏たちは、新しいものに対して『捕食者』のようなイメージを持ち、ネガティブな感情を抱く場合が多いのですが、もともと豊かな環境で育っている平飼いの鶏たちは、新しいものに対してポジティブに捉えます。『新しいものだけど、楽しそう』といった情動が起こるのです」

鶏舎による鶏の行動の違いを観察した後、鶏たちの餌になっている昆虫工場を訪れた。ここで飼育されているコオロギを、大学内で育てられている農作物や食品加工残さの粉末と混ぜ合わせ、鶏の餌にしている。今後は、鶏の餌の違いによる卵の栄養価の研究や循環の取り組みを進め、「循環型鶏舎」への取り組みを進めていく予定だという。

昆虫工場

鶏の餌となるコオロギの飼育現場。循環型鶏舎の要となる

食べ比べで実感した、鶏と人の健康のつながり

昆虫工場から戻った後、バタリーケージと平飼いの2種類の卵を使ったゆで卵の食べ比べを行った。「味が濃い方が平飼いかな?」「弾力がある方が平飼いの気がする」など、参加者独自の視点から卵の飼養方法を予想。実際、鶏が育つ環境の違いによって、味や栄養素に違いがあると新村先生は言う。

新村先生「ケージと平飼いで与えるエサは同じですが、行動の自由度、運動度が変わることで代謝がかなり変わります。注目しているのは、腸内細菌。腸内に棲んでいる菌の種類は飼育方法によって大きく違っています。

ゆでたまご

食べ比べをしたゆでたまご

たとえば、腸内細菌内でしかつくられないビタミンB12は、血液の中で高濃度になり、めぐって蓄積されます。そのため、平飼い卵ではビタミンB12の濃度が4倍ほどになります。他にも、骨が強くなるビタミンD3も4倍くらいに増加。ストレスを感じていない鶏の卵の方が栄養価が高くなることがわかっています」

何を選ぶのか?何を大事にするのか?

アメリカ7州でケージ飼育が廃止、EUでは2012年、バタリーケージを廃止した。一方で、日本では未だ9割以上がケージで飼育されている。背景には、感染症のリスクといった安全性と経済性の両立の難しさがある。特に、山が多く、広い土地が少ない日本では、地形的にも平飼い飼育は容易ではない。鶏の飼養システムを考えたとき、現状、動物の福祉と人間にとっての経済性・安全性はしばしば対立する。平飼いでは、より手間がかかることを考慮すると、動物と人の福祉も対立するかもしれない。

さらに、アニマルウェルフェアの視点からそれぞれの飼育方法を捉えてみても、そこに完璧な一つの答えはない。ケージ飼育では清潔な環境が維持され、空気の質が保たれ、木くずが舞うこともないが、爪がケージにひっかかり、怪我をしたり痛みを感じたりする可能性はある。一方で、平飼い飼育は自由度が高く、止まり木止まりや産卵前行動といった持ち前の行動欲求を発現できるものの、ときに鶏の間での闘争が問題となったり、環境が広く複雑になることで怪我のリスクも増加したりする。

Unshelled

外に設置された平飼いの養鶏場

つまり、どの飼育方法にも利点と欠点がある。そのなかで、新村先生が大切にしてきたのが、「ワンウェルフェア」という視点だった。卵の食べ比べ実験で見たように、私たちが口にするものは、健康に直結する。鶏が健康になれば、人も健康になる。さらに、気候変動や感染症、生物多様性の喪失など多種多様な課題に直面する今、動物と人のつながりだけではなく、地球環境を含めたすべての健康がつながり合っている。

Unshelledという場所は、鶏、そして卵という存在を通して、これまでの人間中心の営みを見つめなおし、人も、動物も、環境もウェルビーイングなあり方を模索していくためのきっかけを与えてくれている。

編集後記

イベント最後のディスカッションの時間、こんな言葉が交わされていた。

「平飼いの卵を選んでも、その鶏がストレスを抱えていたら、栄養価は高くはないのではないでしょうか?」

「たとえそうだとしても、平飼いで飼育を行う農家さんを支援したいから、私は平飼いを選びたい」

Unshelledイベントディスカッションの様子

鶏になるべく自由な生活を送ってほしい人、美味しくて安全、そして安価な卵に生活を支えられている人、農業や畜産に従事する人を応援したい人、関連する産業の環境への影響が気にある人──それぞれに、大切にしたい想いがある。

消費者である私たちには、選択の自由がある。何を大事にして、どんな未来の食を望むのか。小さな卵ひとつを手に取るその瞬間に、そんな問いが浮かべながら、次の食卓を迎えたい。

【関連記事】アニマルウェルフェアへの対話を始める場に。飼育現場を見せる“開かれた”鶏舎「Unshelled」
【参照サイト】Lively合同会社

※Unshelledの体験型教育プログラムは、来年の鳥インフルの時期を終えたら再開予定とのこと。関心がある方はLivelyに直接連絡お願いいたします。

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