防災という言葉を聞くと、多くの人はまず「何を備えるか」を思い浮かべるかもしれない。水、非常食、モバイルバッテリー、簡易トイレ。もちろん、どれも大切な備えである。しかし、災害が起きたときに本当に人を支えるのは、モノだけなのだろうか。
停電しても暖をとれる場所。断水しても衛生を保てる場所。困ったとき、顔の見える相手に助けを求められる関係。防災を考えるとき、私たちは「何を買うか」には目を向けても、「どんな日常をつくっておくか」には、案外目を向けてこなかったのかもしれない。
ここで手がかりになるのが、「日常時と非常時を分けない」というフェーズフリーの発想だ。その具体的な指針として、フェーズフリーデザインでは五つの原則が示されている。平時でも有事でも価値を発揮する「常活性」、日常の中で心地よく使える「日常性」、誰でも使い方がわかる「直感性」、安全や安心への意識を自然に促す「触発性」、そして多くの人が参加・活用できる「普及性」である。
これは単なる製品デザインの基準ではない。防災を特別な準備として切り離すのではなく、暮らしの中に溶け込ませるための思想でもある。
この考え方を広く捉えると、防災とは単なる非常用グッズの準備ではなく、暮らしそのものの設計に関わるものだと見えてくる。そして、この発想はモノづくりだけでなく、街や施設のデザインにも広がり始めている。
日常の場所が、非常時のインフラになる
フェーズフリーの考え方を都市に広げると、防災の見え方はさらに変わる。
北海道小清水町にある防災拠点型複合庁舎「ワタシノ」は、その象徴的な例である。この施設には、フィットネスジム、カフェ、ランドリーなど、地域の人が日常的に利用する機能が併設されている。
平時にはカフェやジム、コインランドリーのある交流の場として人が集まり、非常時には避難スペースや炊き出しの場、衛生環境を支える設備として役割を変える。つまり、防災のために特別な施設をつくったのではない。日常の施設が、役割を変えることで非常時のインフラになるのである。
ここで重要なのは、非常時の機能そのものよりも、そこにある「日常」である。ふだんから人が集まり、場所に親しみがあり、使い方が共有されているからこそ、いざというときにもその場所は自然に機能する。
言い換えれば、防災とは設備の問題であると同時に、「人と場所の関係性」の問題でもある。どこに集まればよいのか、どの場所が安心できるのかを身体感覚として知っている街では、災害時の行動もまた変わってくる。
フェーズフリーの五つの原則のうち、「日常性」や「触発性」が示すのも、まさにこの点だろう。防災は特別なものとして準備するだけではなく、日常の暮らしの中で自然に意識され、共有されることで力を持つのだ。
防災を「答え」ではなく「問い」から考える
防災はしばしば、「何日分の水を備えるべきか」「どんな防災セットが必要か」といった“正解探し”になりがちである。しかし、その問い方自体を変えようとする試みもある。
東京・六本木の21_21 DESIGN SIGHTで開催された企画展「そのとき、どうする?展 –防災のこれからを見渡す–」では、「安全な場所ってどこ?」「十分な備えってどのくらい?」といった問いが会場に散りばめられていた。
来場者は展示を見ながら、自分の答えを考える。そこに提示されるのは、唯一の正解ではない。むしろ、防災とは一人ひとりが状況を想像し、判断するための思考の準備なのだというメッセージである。
災害はいつ、どこで起こるか分からない。だからこそ、防災を「答えを覚えること」としてではなく、「問いを持ち続けること」として捉え直す必要があるのかもしれない。
防災とは、どんな日常をつくることか
防災を定着させることが難しいのは、無意識のうちに「日常」と「非常時への備え」を切り離して考えてしまうからだろう。押し入れの奥にしまい込んだ備蓄や道具、忘れられたマニュアル……生活から切り離された「特別な準備」は、時間とともに手入れが行き届かなくなってしまうことも少なくない。
しかし、日常を少し豊かにするものが、同時に非常時にも役に立つなら、その備えは生活の一場面となっていく。
災害時に必要なのは、水や食料や電源だけではない。安心して集まれる場所、役割を変えられる施設、助けを求められる関係性。さらに言えば、自分が暮らす街の場所や人と、日常のなかでどのようにつながっているかという「街との関係性」もまた、見えにくい備えである。
そう考えると、防災とは「何を持つか」という話である前に、「どんな街に暮らしたいか」「どんな隣人でありたいか」という問いでもある。
非常時にだけ取り出す防災ではなく、ふだんの暮らしのなかで育つ防災へ。モノをそろえるだけでなく、その土台となる関係性を見つめ直すことが、これからの防災に必要なのかもしれない。
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【参照サイト】フェーズフリーデザイン | フェーズフリー協会について






