諦めの悪さは、森の時間を生きる知恵だ。IPPON NIPPONがパリで問い直した「木を読む」ということ

2026.10.21

パリ6区、サンジェルマン・デ・プレの石畳の通り。1本のヒノキを大事そうに抱え、街角で写真を撮る日本人たちがいた。いったい何のために、と思った人もいたはずだ。

自分たちが大切にしている価値を、異なる文化や文脈を持つ相手にどう伝えるか。地域資源や伝統、企業文化を外へ届けようとしたことのある人なら、その難しさに覚えがあるかもしれない。

2026年7月26日から8月23日まで、この街にある日本のアンティークや伝統的な建材・インテリアを扱うショップ「BOLANDO」で開催されたのが、「IPPON NIPPON PARIS《Reading Wood|木を読む》」だ。主催したのは、岡山県西粟倉村を拠点に、森林や木材、地域文化に関わる合同会社887(ハチハチナナ)。日本で培われてきた木との関係を、異なる文化との対話を通じて捉え直すリサーチプロジェクト「IPPON NIPPON」の第1弾である。会場には建築家・美術家の佐野文彦氏による作品が並び、日本の大工による継手のワークショップなども行われた。

Image via IPPON NIPPON

いま、木は脱炭素やサステナビリティの文脈で、再び「使うべき資源」として注目されている。しかし、木材を立方メートルやCO2の量として数えるとき、その一本が育ってきた土地や時間、そこに関わってきた人々の存在まで、私たちは想像できているだろうか。

IPPON NIPPONがあえて「森」ではなく「一本」から始めたのは、そんな問いがあったからだ。一本の木を手がかりに、その背景にある文化や暮らし、人と自然との関係まで「読む」。そうして木をめぐる現場を見続けるなかで、この10年ほど、ある違和感が少しずつ膨らんできたという。

ところが、帰国した発起人の井上達哉氏と、約1か月を現地で過ごした山本望愛氏、古川優月氏に話を聞くと、最初に語られたのは、プロジェクトの“成功”ではなく、ある予想外だった。

「正直なところ、想像していたようには機能しなかったんです」──テーマに掲げた「木を読む」という感覚は、パリでは想像していたほどそのままには伝わらなかったという。

しかし、伝わらなかったからこそ始まった対話があり、日本にいるだけでは見えなかった自分たちの「木への執着」も浮かび上がってきたという。一本のヒノキをパリへ持ち込んだ1か月は、彼らに何を返したのだろうか。

話者プロフィール:井上達哉(いのうえ・たつや)

VUILD株式会社COOの井上達哉さん
2009年に岡山県西粟倉村へ移住し、地域林業に取り組む。現在は、デジタル技術で建築・ものづくりの変革に取り組むVUILD(株)COOとして事業経営に携わる一方、887代表として、ライフワークである林業・木材産業の新しいあり方を探究・実践している。「正しいより、愉しい」をモットーに、マイクロ六次産業化によるオルタナティブ林業を提唱し、「IPPON NIPPON」「ちょうどいい材木ラジオ」などの活動を行う。

話者プロフィール:山本望愛(やまもと・もちか)

山本望愛さん
合同会社887メンバー。大学在学中に木材流通について研究したことをきっかけに、林業・木材分野に関わる。現在は、地域事業者の支援や新規事業開発、メディア・プロジェクトの企画編集に携わる。IPPON NIPPONでは企画・リサーチを担当。「IPPON NIPPON PARIS」では約1か月パリに滞在し、展示を通じた対話や現地リサーチに取り組んだ。

話者プロフィール:古川優月(ふるかわ・ゆづき)

古川優月さん
合同会社887メンバー。デザインやアート、地域文化に関わるプロジェクトの企画・運営に携わり、国内外のクリエイターや企業、地域をつなぐコーディネートを得意とする。IPPON NIPPONでは企画・運営やコミュニケーションを担当。「IPPON NIPPON PARIS」では約1か月パリに滞在し、展示運営や来場者との対話、現地関係者との交流に取り組んだ。

結局みんなCO2が欲しいだけなのだろうか

井上氏は、2009年に西粟倉村へ移住した。現在は建築系スタートアップ・VUILD株式会社のCOOとして、デジタル技術で地域の木を建築に活かす仕事にも携わる。プロジェクトの出発点は、この10年ほどで膨らんできた違和感だった。

井上氏「身近な資源である木材を使おうという動きが強くなっていること自体は、すごくポジティブに捉えているんです。ただ、木材を使うこと自体が目的になったコミュニケーションが増えた気がしていて。木の先には森があって、森とともに暮らしてきた地域の人たちがいるんですよね」

違和感の正体のひとつは、木の数え方にある。木材は1本、2本ではなく、立方メートルやトンで取引され、CO2の固定量も、トンで換算される。

井上氏「ボリュームで語られると、どうしても産地の情報や、どこから来たのかが希薄になるんです。企業は一般の人には『〇〇地域とともに』とストーリーを語るのに、株主へのレポートではCO2のトン数で語る。話していても、この人は5年後、10年後の森の未来を一緒に考える人じゃないのかもしれない、と感じてしまうことがありました」

フランスの家具工房Atelier du Meuble Contemporain訪問時の様子。| Image via IPPON NIPPON

パリでも、同じ構図に出会った。現地で木材利用を推進する団体の担当者と対話したときのことだ。

井上氏「パリでも13区から15区あたりで、木造のビルが増えているそうなんです。でも最近、木よりも環境負荷の低い素材が出てきて、そうなると木材は使われなくなる、と。やっぱり大事なのはCO2なんですよね。結局みんな、CO2が欲しいだけじゃないかって」

だからこそ、プロジェクトは「1本」という単位にこだわった。

井上氏「CO2に換算したらごくわずかで、体積でもカウントできないレベルの1本を、愛せるか。そこに感情移入できるか。それを『IPPON NIPPON』でやってみたかったんです」

パリでの展示の様子 Image via IPPON NIPPON

パリでストレートには伝わらなかった「木を読む」という言葉

井上氏にとって「木を読む」とは、木質や産地を見極めることだけではない。その木がなぜ、どのような背景で使われるようになったのかを読むことでもある。そこには、言葉にされないまま受け継がれてきた習慣があるという。

井上氏「山で木を伐るときには、今でもお神酒をまき、祝詞を上げて、『伐らせていただきます』と祈ります。僕自身も、小さい頃から『お米一粒にも神様がいるから、残さず食べなさい』と言われてきました。上棟式で神様に祈ったり、木が山で生えていた向きを意識して柱に使ったりするのも、自然をただの資源として扱わず、敬意を払うという同じ感覚につながっていると思うんです」

だが、日本人なら説明なしに共有できるこの感覚は、パリには持ち込めなかった。開幕直後のオープニングレセプションには、知り合いがほとんどいないにもかかわらず、予定していた作品紹介を省くほど人が詰めかけた。それでも、古川氏の振り返りは率直だ。

古川氏「日本人同士なら『木を読む』と言われて、なんとなく想像がつくと思うんです。でも、それを切り口に日本の木の文化や背景にある哲学が伝わったかというと、そこは難しかった。共通の背景を持たない方にとっては、やっぱり異質なものとして受け止められるんだなと。行ってみて初めてわかった反応でした」

山本氏は、その理由をもう一歩掘り下げる。

山本氏「『木を読む』って、すごく一次情報の行為なんですよね。私たち自身が職人じゃないのに、それを伝えようとしても、確かに伝わらないよなと。でも、木を大事にしていることは、なんとなく感じてもらえた。わからないけど、とりあえずヒノキを大事そうに持っている人たちがここにいる、と。そこはほぼ非言語の領域で伝わったと思います」

ベルニサージュで来場者が鉋がけを体験する様子

「君たちは何をしに来たの?」パリで繰り返し問われたこと

滞在中、チームが気をつけていたことがある。

山本氏「日本の木の文化すごいでしょう、と押し売りするのは違うよね、と話していました。私たちもフランスから学びたいことがあるし、日本はこうだけどフランスはどうなの?という対話を意識していて」

商品を売るわけでも、日本文化を一方的に広めるわけでもない。そのため、現地の人々にとっては、このプロジェクトの目的をひと言で捉えるのが難しかったようだ。

井上氏「『何をしに来たの?』とよく言われたんです。ビジネスで木を売りに来たのか、日本の文化の啓蒙に来たのか、どっちなんだと。文化を伝えたいなら政府から金をもらうべきだろう、とも。僕らは民間の事業者として、補助金も助成金も使わずに来ていたので、その謎のこだわりとか執着のようなもの、行為自体が異質だったんだと思います」

総予算約650万円の大部分を自己資金でまかなった今回の展示では、現地の家具関係者との会話からも、日本との感覚の違いが見えてきた。井上氏たちが「この木はどこから来たのか」と産地を尋ねても、「東ヨーロッパのあたりかな」といった大まかな答えが返ってくることが多かったという。そうしたやりとりを重ねるなかで、井上氏は、木の産地や地域性にここまでこだわる自分たちの側こそ、むしろ現地では異質に映っているのだと気づいていった。

井上氏「日本には地域の材料のブランドがあるよと話すと、『それは面白いね』くらいの反応で。逆に、自分たちがこんなにもただの木に執着している、その異質さに興味を持ってくれたんじゃないかと思うんです。こんなにも君たちは木が好きなんだね、と」

その異質さに惹かれた人たちはプロジェクトに関心を持ち、何度も会場に足を運んだ。会期中にはフランスの大工の工房を訪ねて交流を深め、最終日のクロージングには約30人が集まった。

古川氏「1か月の間に出会った人同士がつながる場にしたかったんです。想定していなかったポイントで深くつながれた人たちが集まって、いろんなコネクションが生まれました」

Image via IPPON NIPPON

異文化との対話で見えた、「こだわり」の置き場所

木を「マテリアル」として扱う構造そのものは、日本もフランスも大きく変わらない。山本氏はそう感じたという。一方で違いが見えたのは、その木の背景や産地、使い方にどこまで意識を向けるかという部分だった。

井上氏が印象に残ったと話すのが、フランスの森林政策と木材加工の現場だ。フランスでは、50年、100年、さらにその先の気候まで見据えて森林の更新や管理が検討されている。将来の気候への適応に向けて、樹種の多様化や、森林の状態に応じた天然更新、より耐性のある樹種の導入などが進められている(※)。一方、木材加工の現場ではデジタル技術も積極的に取り入れられており、長期的な視点と合理的な手段を組み合わせる姿勢が印象に残ったという。

井上氏「地権者にとって短期的に利益が出るかどうかだけではなく、国として50年、100年先を見ながら、森をどうしていくかを判断している。その超長期的な時間軸は、すごいなと思いました。一方で、日本は民間の人たちがあえて合理的じゃない判断をする部分があると思っていて。『この森を守らなきゃいけない』『この地域は絶対に残さなきゃいけない』『絶対に手作業にこだわる』という。そういうこだわりが政府よりも民間の側にあるのが、日本の特徴かなと思いました」

井上氏は、そうした違いの背景について、一つの仮説を語る。

井上氏「僕の推論ですが、日本が島国で、簡単には外から資源を得られなかったことは大きいのかなと思っています。江戸時代には一度、はげ山になるほど木を伐った時期もあります。それでも森と付き合い続けてきた。水田には水が必要なので、お米の文化も、森との関係に何か影響しているのかもしれません」

Image via IPPON NIPPON

100年育てた木がチップになる日

井上氏は、工業化や近代化を否定したいわけではない。問題は、木と一緒に流通してこなかったものにあるという。

井上氏「林業ではよく『川上は愛、川下は金』と言うんです。愛情を持って長い時間育ててきた木でも、チップになって燃やされてしまうと、育てた側には悲しいという感情が芽生える。木材という資源は流通しても、産地側の気持ちや愛みたいなものは、これまで一緒には流通してこなかったんだと思います」

その断絶をつなぎ直す手段として、井上氏はデジタル技術に可能性を見ている。この夏、ロンドンの建築学校AAスクールの学生ら約20人がVUILDを訪れた。能登半島地震で使えなくなった古民家の古材をアームロボットで加工し、地域住民のための休憩小屋をつくったという。

井上氏「彼らがやったのは、このユニークな素材をどう扱うか、日本の伝統技術をどう応用するかということでした。これは、日本のクリエイターに結構足りない視点だと思っていて。日本では『使われていないから使わなきゃ』という課題解決から入りがちなんです。でも、日本にもともとある固有のものを、どう生かしてクリエイティブに落とし込むか。海外の人が日本に来ると、むしろそこに興味を持つんですよね」

規格から外れた木を均質化するのではなく、つくり方を一本一本の木に合わせていく。デジタル技術は、工業化のなかで見えにくくなった木の個性や産地との関係を、再びものづくりにつなぐ手段にもなり得る。

Image via IPPON NIPPON

諦めない気持ちを100年先へ

木を「読む」とは、木材利用の方法を考えることだけではない。森の状態やそこに暮らす人々、この先の環境まで想像した結果、「今は使わない」という判断にたどり着くこともあるだろう。

井上氏「使うことは、あくまで一つの手段だと思っています。使わない、貯める、育てる、別の用途で活用するという選択肢もある。経済か環境かという二項対立だけで考えるのではなく、10年、20年、100年先を見たときに、産業や暮らしがどうあるべきかを考えたいんです」

「読む」ことの目的は木を使う量を増やすことではなく、その木や森にとって、いま何を選ぶべきかを見極めることでもある。そして井上氏は、パリで見えた日本人のまなざしを、こう言い表した。

井上氏「自国にある木を、使いにくい状況でもどうにかして使い続けようとする。その『諦めない気持ち』は、日本固有の異質な文化の一つなんじゃないかと思っています。自分たちだけで続けていると、どんどん小さくなっていく。でも海外で見たときに、『それはすごい、応援したい』と言ってくれる人たちがいた。それが、諦めない気持ちの励みになりました」

チームは帰国後、拠点とする西粟倉村での報告会を皮切りに、10月末には東京・浜町での企画も予定している。パリで交わされた対話も、リサーチブックとしてまとめていく予定だ。

ブームは数年で過ぎ去っても、森はその何倍もの時間をかけて育つ。100年単位の時間と付き合い続けるには、その時々の採算や流行だけで価値を見切らず、試行錯誤を続ける粘り強さがいるのだろう。パリでIPPON NIPPONが見つけた「諦めの悪さ」とは、もしかすると、森の時間を生きるための知恵なのかもしれない。

デモンストレーション時の集合写真 | Image via IPPON NIPPON

編集後記

筆者自身、最初に展示を訪れたとき、「この先、何か販売するプロダクトもあるのですか?」と尋ねた記憶がある。商品を売るでもなく、木材利用を増やす明確なKPIがあるわけでもない。だからこそ、つい「この先に何を見据えているのだろう」と出口を探してしまった。

けれど取材を終えてみると、その出口の見えにくさも含めて、このプロジェクトの面白さだったのかもしれないと思う。一本の木を前に、その背景にある土地や人、受け継がれてきた感覚について語り合う。そうした対話を通して、自分たちにとっては当たり前だった価値が言葉になり、ときに問い返されながら、その意味が少しずつ捉え直されていく。文化とは、完成したものをそのまま伝えるだけではなく、誰かとのあいだで語り直すなかでもつくられていくのかもしれない。

「フランスの人たちがオーク(ナラ)を持って、いろんなところで写真を撮ってくれたら、このプロジェクトは成功だなと思っています。ヒノキを大事にしてほしいのではなくて、『自分たちが大事にしたいものは何だっけ?』と考えてもらえたら」

取材の最後、山本氏はそう話してくれた。日本から持ち込まれた一本のヒノキが、フランスの人にとっては、自分たちの土地にあるオークへ目を向けるきっかけになるかもしれない。そしてIPPON NIPPONのメンバー自身も、パリで何度も「なぜそこまで木にこだわるのか」と問われるなかで、自分たちが大切にしてきたものを言葉にし直していった。

日本にはヒノキがあり、フランスにはオークがある。では、自分たちの足元にありながら、当たり前すぎてまだ十分に言葉にできていないものは何だろう。一本の木を読むことは、自分たちの文化をもう一度読み直すことでもあるのかもしれない。

パリでの対話を東京へ。10月29日、浜町で報告会を開催

本記事で紹介した「IPPON NIPPON PARIS」の展示と対話を振り返る報告会「ーECHO from PARISー パリ展/報告会『イッポンのヒノキとニッポンの木と文化』」が、10月29日(木)に東京・日本橋浜町で開催される。

当日は、パリでの展示を手がけた建築家・美術家の佐野文彦氏と、IPPON NIPPON発起人の井上達哉氏が登壇。一本のヒノキをパリへ持ち込んだ先で、何が伝わり、何が問い返されたのか。現地での経験をもとに、日本の木と文化について改めて考える時間となる。

ーECHO from PARISー パリ展/報告会「イッポンのヒノキとニッポンの木と文化」
日時:2026年10月29日(木)19:00〜22:00
会場:トルナーレ日本橋浜町1階 特設会場(東京都日本橋浜町3町目3−1
定員:30名
参加費:無料
登壇:佐野文彦(建築家/美術家)、井上達哉(IPPON NIPPON発起人/合同会社887代表/VUILD株式会社 COO)
主催:合同会社887
問い合わせ:info@887.co.jp
詳細・申込:Peatixイベントページ

【展示クレジット】
IPPON NIPPON PARIS《Reading Wood|木を読む》
主催:合同会社887
企画:CDII
協力:VUILD株式会社

※ La forêt française, des défis multiples à la croisée des enjeux environnementaux, économiques et sociétaux
【参照サイト】IPPON NIPPON Instagramアカウント
【参照サイト】
フランス・パリから始まる、日本の木の文化リサーチプロジェクト(READYFOR)
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この記事を書いたライター

IDEAS FOR GOOD編集長。大学卒業後、日系不動産会社のベトナム支店で営業マネージャーを務めたのち、アーティクル株式会社に入社。2018年よりサステナビリティをテーマに国内外で取材・編集企画に携わる。現在はフランス・パリを拠点に、企業や起業家、研究者などを取材。Artiql Europeでは、欧州のサーキュラーエコノミーに関するリサーチや視察、イベント、教育プログラムを企画する。WCEFやISEE-Degrowthなど国際会議への参加・取材のほか、企業向けセミナーでの登壇実績を持つ。関心テーマは、人と社会、地球の豊かさを支える新しい経済のあり方。