カナダの病院が先住民の伝統食を採用。「ふるさとの味」で孤独を癒す、新しいケアのかたち

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日常の当たり前が、誰かにとっては困難になることがある。

たとえば、病院食。栄養やカロリーに配慮された食事は一見理想的だが、それがすべての患者にとって癒しや安心になるとは限らない。カナダ・ブリティッシュコロンビア州では、先住民の患者が自分たちの文化に合わない食事に違和感や孤独を感じてしまうという理由から、そうした病院食のあり方そのものを見直す動きが広がっている。

2024年、同州ベラ・クーラ地域では、ヌクソーク族の伝統的な暮らしに根ざした「ヌクソークBCGH伝統食品プロジェクト」が始められた。これは、ベラ・クーラ総合病院(BCGH)で提供される病院食に、サーモンやワイルドライス、ベリー類などの伝統食材を取り入れる試みだ。これらの食材は地域の風土や文化と深く結びついており、患者の精神的な安心感にもつながっている。

病院の厨房に先住民の料理人を招いたり、地元の長老たちの意見を取り入れたりするこのプロジェクト。内容は単なるメニュー開発にとどまらない。これは、医療の現場そのものを文化的に安全な空間へと変えていくプロセスなのだ。先住民の伝統的知識の継承や、持続可能な食の仕組みづくりにも貢献しており、医療と地域社会の両方に良い影響を与えているという(※1)

プロジェクトの背景には、「文化的安全性」という概念がある。患者や利用者が文化的に尊重され、安全だと感じられる環境をつくるという理念で、もともとはニュージーランドのマオリ民族の医療差別への対応として生まれた考え方だ(※2)。現在は医療や教育、福祉など幅広い分野で注目されている。

カナダでも、先住民が長年にわたり、病院での差別的対応や伝統的医療の軽視、文化や言語の排除といった制度的な差別を受けてきた(※3)。たとえば、先住民の患者が医療機関で無視されたり、症状を過小評価されたりするケースが報告されており、これが医療への不信やトラウマにつながることもある(※4)。だからこそ、医療の場で彼らの食文化に光を充てることは、彼らの尊厳と信頼を取り戻すための重要な一歩なのだ。

私たちのまわりにある標準は、誰かを無意識に排除してはいないだろうか。文化や言語、宗教、慣習──それらを尊重することなくして、本当に人に寄り添う医療は成立しない。ケアとは何か。それは身体だけでなく、その人の背景を含め「まるごと」大切にすることなのかもしれない。

※1 Exploring Indigenous-informed contributions to decision-making to support improved food security in Canada: a scoping review  PubMed Central
※2 FACT SHEET: CULTURAL SAFETY
※3 Anti-Indigenous racism in Canadian healthcare: a scoping review of the literature International Journal for Quality in Health Care Oxford Academic
※4 Anti-Racism & Cultural Safety EQUIP Health Care The University of British Colombia

【参照サイト】Indigenous Health Research Unit
【参照サイト】Nuxalk Nation
【参照サイト】Making space for Indigenous foods in hospital
【参照サイト】B.C. foods on the menu at hospitals and care facilities
【参照サイト】‘Indigenous food is health care’: symposium imagines future of hospital meals
【関連記事】患者にぴったりの野菜を“処方”。屋上農園で「食の薬」を栽培する、ボストンの病院

Edited by Megumi

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