フランス南西部、ドルドーニュ県の地方都市・ベルジュラック。駅の裏手、かつてのタバコ工場跡に広がる大きな空間で、少し風変わりな市場が開かれている。ここを訪れた人は、野菜やパン、チーズを「いくらで買うか」決めることができるのだ。
価格は一つではなく、「アクセスしやすい価格」「基本価格」「連帯価格」の三段階。誰もが無理のないかたちで地元の食にアクセスでき、同時に生産者の適正な収入も守ろうという試みだ。
この市場が開かれるのは、旧工場を活用したサードプレイス「La Traverse(ラ・トラヴェルス)」。周辺には低所得世帯が多く暮らす地区が広がり、INSEE(フランス国立統計経済研究所)の報告によると2021年には住民の36%が貧困ライン以下で生活している(※1)。良質なローカル食材ほど、こうした地域から遠ざかりがちだという現実に対し、市場は真正面から向き合ってきた。

Image via La Traverse
仕組みはシンプルだ。各生産者の売り場には、3色のビー玉が置かれている。黄色は「アクセスしやすい価格」、青は「基本価格」、緑は「連帯価格」。価格の幅は、生産者が整合性を保ちながら決定し、基本価格に対し下限はマイナス20%から、上限はプラス20%まで。
購入者は支払いの際にビー玉を一つを選び、そっとカップに入れる。ビー玉を介することで、価格を直接口に出さずに意思表示できる仕組みだ。この試みでは、多くの購入者が自ら「連帯価格」を選択し、地域の食の循環を支える側に回っていたという。

ビー玉 Image via La Traverse
このこの仕組みを支えるのが、連帯価格による上乗せ分を集めた「共同互助基金」だ。特筆すべきは、「生産者が決して持ち出し(赤字)にならない」設計になっている点にある。
毎週、各生産者は売上データを事務局へ報告する。例えば、5ユーロの商品が「アクセシブル価格(4ユーロ)」で多く売れ、その生産者の収支がマイナスになったとしても、差額の1ユーロ分は基金から100%補填される仕組みだ。逆に「連帯価格(5.5ユーロ)」で売れた分の余剰利益は、自動的に基金へと積み立てられる。
基金は14軒の生産者と11名のボランティアによるグループが自主管理しており、運営母体のLa Traverseは管理に関与しない。毎週水曜日までに集計表が共有され、翌木曜日には清算(支払いまたは受け取り)が完了する。このスピーディで透明性の高い運用が、生産者たちの安心感と信頼に繋がっているのだ。

Image via La Traverse
しかし、新たな課題も生まれた。市場が地域に浸透するにつれ、安価な価格を選ぶ人が増え、基金の残高は次第に減少。2025年秋には、初めて「連帯価格」より「安価な価格」が上回ったという。
似た仕組みを導入したフランス他地域でも、同様の壁が報告されている。価格の柔軟性はアクセスを広げる一方、支える側の参加をどう維持するかが難しい。ベルジュラックでは、基金の推移を可視化し、連帯価格を選ぶ意義を共有する試みが始まっている。
それでも、市場には小さな連帯が日常的に積み重なる。初めて訪れた63歳の女性は、迷わず緑の玉を選んだ。「1ユーロ、数十セントの支えでも、できるうちは続けたい」
と、Reporterreの取材に対して答えている。

Image via La Traverse
日本でも、同じ問いに向き合う実践がある。神奈川県で農園を営むSHO Farmは、2023年から「Pay it Forward」と名付けた独自の再分配モデルを導入している(※2)。これは農家と消費者を直接つなぐDtoCの仕組みで、野菜ボックスの定期購入者の中で通常価格より安く受け取る「麦コース」と、余裕のある分を上乗せして支える「豆コース」を設定。理由の申告は求めず、コミュニティ内の信頼を前提に、緩やかな再分配を行う。
SHO Farmのサイトページに書かれている言葉が象徴的だ。「同じ100円でも、人によって重みは違う」。良質な食が誰かの犠牲や無理の上に成り立つ社会は公平ではないという、切実な思いが込められている。
価格を選ぶという行為は、単なる支払いを超え、自分が社会にどう関わるかを表明するものでもある。価格を固定しないという挑戦は、食を単なる消費物としてではなく、お互いの暮らしを支え合う「つながり」として捉え直す一歩でもある。持続可能な食の仕組みは、制度や理想だけでなく、こうした現場からの問いかけと、私たちの小さな選択の積み重ねの先にあるはずだ。
※1 Dossier complet − Commune de Bergerac (24037)
※2 Pay it Forwardは、農園から公平な社会を実現することをめざすSHO Farmの新しい試みです。
【参照サイト】La Traverse
【参照サイト】Au marché de Bergerac, les clients choisissent le prix de leurs légumes






